見出し画像

さつきちゃん【小説】

時系列で申し訳ないのだが、僕の推しが燃えている。
布団をかぶり暗闇の部屋でいかにも"病んでますよ"ムーブを出しながら、あるかわからない情報に目をつける。

「さっさとグループからいなくなれ」
「グループのお荷物なんだ」

叩いてるのはほとんど他メンのオタクだ。
「お前の推しとさつきちゃんが絡んでたら湧くくせにォ。」もうこいつに怒りなんてでてこない、ただただくやしいのだ。
大量のブルーライトを毎日毎晩浴びて、僕は泣いていた。


さつきちゃんの報道から1週間たった朝。僕はカップラーメンとたこさんウィンナーしか食べてなく、惨めにも腹が減っていた。

棚を漁る。何もない。母が買った青汁だけが奥底に放り投げられていて、30本入りの青汁パックは
減る気配などない。

冷蔵庫を漁る。弟の手作りの焦げたたこさんウィンナーが冷蔵庫にはあった。最近家庭科でお弁当を作る授業があるそうで弟は毎朝たこさんウィンナーを作っては僕の部屋の前に焦げてないたこさんウィンナーをお供えしてくれる。
「今日は9個中、5個焦げたんだなあ。」
初めて声を出したかのような感動がそこにはあった。

「よぉし。コンビニ行くかな」
僕は外に出る気になった。えらい。今日はなんでも買っていいぞって気持ちだ。
もっと気分を上げるために食後のデザート※さつきが所属するアイドルグループ※の新曲をかけた。

さつきちゃんのクールな声が耳に届く。
あーやっぱりさつきちゃんはかわいい。
どうしようもなくかわいいんだ。

僕は平凡な街角で絶対的なさつきちゃんの声を聴きながら、さつきちゃんをずっと愛したいと思った。


コンビニに着き、ジュースとナポリタンとスナック菓子を手に取った。「なんでも買っていいと自分を甘やかしたもののあんまりほしいものなかったなあ。」とか思いながらレジの列に並んでいた。
前のひまわり柄のシャツを着たおばさんが荷物の受け取りをしていてなかなか遅いので、僕は隣のレジに案内された。

レジ袋ご利用ですか?

「はいお願いします」

フォーク入れときますね。ナポリタン温めますか?

「あー、、」
と薄目で店員の顔を見た瞬間僕は死ぬかと思った。

店員がさつきちゃんそっくりなのだ。
耳にかかるくらいの黒髪ボブがピンで止められていて、アーモンド型の目がとっても似ていた。

さつきちゃんではないことは確かなんけど、でもさつきちゃんに似ていてなんて伝えればいいんだ
えっと僕さつきちゃんに伝えたいことあったっけ
えっとやっぱりさつきちゃんはあの男と付き合ってるんですかじゃなくてツアー中もその男と会ってたんですかさつきちゃんは路チューするくらい非常識でばかなおんななんですかとかじゃなくてえぇとこないだスタンド席で僕のこと見てくれたの覚えてますかやっぱり隣の席のオタクにファンサしていましたかこないだの歌番組のビジュアルが好きで録画してたくさんみていますえぇっと、


僕は気がついたら平凡な街角を曲がっていた。
心臓がドクドクしていて死ぬ体制を自作自演でとっていた。惨めだ。
「あぁもう死にたい」

人が僕を避けていく、キチガイだといい避けていく。

妄想に引っ張られながら重たい足取りで家に帰り、僕は卑怯にも「さつきちゃんの顔なんかもう見たくない」 と思った。

僕の自意識過剰さが布団にしみつく。もうとっくに布団は水色のシミでいっぱいでさつきちゃんのメンバーカラーに染まっていた。
もう忘れよう忘れよう忘れよう。コダマするように僕は布団のそこに潜って暗いシーツを掻き分けて眠った。


いいなと思ったら応援しよう!