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#180 ミャンマーを覚える祈り会 振り返り

世話人の原田さんのお話です。
 第一回目の祈り会に参加しました。自分にとってはミャンマーは行ったこともない、知り合いもいないところです。けれども、この祈り会に参加していました。回を重ねるうちにいつまで続くのかと考えることもありました。
アトゥトゥの設立に際して世話人会を結成すると言われ、加えていただきました。祈り会への参加は、もしかしたら惰性なのか?と思うこともありますが、何か大きな手で背中を押されている気がします。

全国の皆さんと一緒に祈るとき、この祈りの行動、祈ることができる、この手段があることにとても感謝をします。

今、私の集う教会には、ミャンマーから来た女性が来ています。技能実習生として数年前に来日したそうですが、その後、首に拳ほどの腫れが生じて、悪性腫瘍と診断されました。アトゥトゥからも支援をしました。その後、手術を受けることができ、祈りの中で守られ、今は、寛解しています。

一昨年、教会のそばに引っ越し、元気に自転車で教会にやってくるまでになりました。最初は日本語も英語も通じない状況で、身振り手振りで大変でしたが、明るく皆で接しあって、共に助け合ってきました。あっという間に生活会話に困ることがなくなりました。ご家族はミャンマーにいて、従兄弟がCDM参加をして逃げているということでした。今はミャンマーに帰れないと悲しそうに言っていました。
墓前礼拝に行く道すがら、一緒に海へ行こうと言って楽しい時を過ごしました。彼女が作るたまごカレーは絶品です。
 みんな料理がうまいなあと思いながら一緒にいただきました。こうして近くにミャンマーの友人ができ、祈りのたびに彼女の顔が浮かびます。クーデターの後、不当な暴力を受けて苦しんでいる人、考えられないような圧力に苦しむマイノリティの人々、戦うか、海外に出るかしか選択肢がない若い人たち、その中でも諦めないで前を向いて歩む人たちの話を聞いてきました。
けれども、日本は難民、移民にとても冷たく、本当の平和ってなんだろうとわからなくなってしまう自分がいます。

私たちは、自分たちの自由な意志でここに集められています。
祈ること、小さな支援を続けることしかできない自分ですが、先週、報告されたようにこれしかできない、の「しか」を逆に大切に心に留めて祈り続けたいと思います。

この後、ラショーから逃げ延びている人々について報告がありました。

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