極東英雄奇譚 第一話
あらすじ
東洋妖精と呼ばれるようになった妖怪たちは今や都会で普通に暮らしている……現代日本。
多種族国家故に人間と妖精のトラブルが常にどこかで起きている。そんなトラブルを解決する者たちがいた。
あらゆるトラブルを解決に導く彼らを総じて、ヒーローと呼んでいる。
ヒーローになる為に両親の故国である日本に戻って来た春暁誠志郎は、日本で人間を妖精から守るヒーローになるという大志を抱く。
これは人と妖精と神々が織りなす日ノ本架空歴史――極東、英雄奇譚である!!
シーン①
モノローグ:神話、童話、英雄譚……八百万の種族が暮らす日本では、その手の話に事欠かない。それは鬼や妖狐といった東洋妖精が都会で暮らすようになってからもそうだ。
現代では、国民の20%が妖精。
人と妖精の衝突や事件も少なくない。
そんなアンバランスな多種族社会を支える者たちがいた!!
そう――極東の、ヒーローたちである!!:モノローグ終
シーン②
上野の上空100m地点。
巨大な鋼の翼を広げて渋谷を威嚇する怪鳥がいた。
そしてその怪鳥に、鋼の具足を纏った回転蹴りで襲い掛かる少年がいた!!
誠志郎「だっしゃあああああああああ!!!」
怪鳥「GEEEYAAAAaaaa!!!」
気魄一閃。
鉄塊の蹴りを喰らった怪鳥は上野のアメヤ横町前の交差点に向かって凄まじい速度で落下していく。上野スクランブル交差点で怪鳥を見上げていた観衆は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように走り出す。
観衆1「うわあああ!?」
観衆2「落ちて来た!?」
ドガァン!! と、アスファルトに叩きつけられる鋼の怪鳥。
そしてその隣に降り立つ十五歳の少年――主人公・春暁 誠志郎。
一瞬だけ静かになる上野スクランブルだったが、すぐに観衆たちはスマホで写真を撮り始める。
観衆1「すげえ…10m以上あるぞ…」
観衆2「どんなヒーローが駆け付けたんだ!?」
ざわつく観衆たち。(※観衆のシルエットが絵で入ると予想してますが、この場は人間のシルエットだけにしておいてください。五人に一人は妖精なので妖精のシルエットも入らないとおかしいのですが、後のシーンの驚きを優先したいです)
観衆の波を割って入ってくる機動隊が、満面の笑顔で誠志郎に駆け寄ってくる。
機動隊1「いやあ、助かった!」
機動隊2「空には手が出せなくてね!」「ヒーローに出動願を出したばかりなんだ!」
誠志郎「そっか。怪我人が出なくてよかった」
機動隊1「全くだよ」
機動隊2「所属のヒーロー事務所を聞いてもいいかい?」「ぜひ感謝状を贈りたい」
誠志郎「いや、まだどこにも所属してないんだ」
瞬間――機動隊の空気が凍った。
機動隊1「…は?」
誠志郎「日本に来たばかりで」「今日から紹介を受ける予定なんだ」
機動隊2「つまり…無所属?」
誠志郎「うん」
機動隊は一斉にシールドを構え、臨戦態勢を取った。
機動隊1「総員、戦闘態勢!!」
誠志郎「うぇ!? なんで!?」
機動隊1「資格のない武力行使は問答無用で捕縛と決まっている!!」
他の機動隊員はトランシーバーを使って応援を呼ぶ。
機動隊2「対象は10m級の妖精を撃退!! 応援を求む!!」
機動隊3「総員、かかれえええええええ!!!」
誠志郎「マジかあああああああ!?」
上野スクランブルに、誠志郎と機動隊の絶叫が響き渡った。
シーン③
その後――ビルを飛び回りながら、新宿駅西口まで逃げて来た誠志郎は、ベンチに座って愚痴をこぼしていた。
誠志郎「なんだよもう」「悪い妖精を倒してなんの問題があるんだ」
唇を尖らせて拗ねる誠志郎。
丁度その時、新宿駅の前にあるビルの街頭テレビで、ヒーローTVが始まった。
MC妖精(男)『はぁい! リスナーのいい子たち!』『元気にしてたかな!?』
MC人間(女)『ヒーローTVの時間よ!』『今日は日本のヒーローの歴史を説明するわね!』
誠志郎「…ふぅん?」
誠志郎は興味深そうに街頭テレビに視線を向ける。
MC人間とMC妖精は源頼光四天王の絵巻を開き、歌舞いた物言いでヒーローの歴史を語る。
MC妖精『あぁ~元号を遡ること長保の時代!』『源頼光が八幡大菩薩の力を借りて鬼神・酒呑童子を倒したことがヒーローの起源と謳われてぇ、おりまする!』
MC人間『べべんべんべん!!』
MC妖精『それ以来! 神の威を借りて悪鬼羅刹を斬る者が英雄と呼ばれ』『やがてヒーローと呼ばれるようになったのでぇ、ございます!!』
MC人間『つまりヒーローってのは、神様にヒーローとして太鼓判を貰って』『力を借りる者を呼ぶのね!』
誠志郎「へえ」「日本じゃそんなシステムなんだ」
相槌を打つ誠志郎。国外から来た彼には斬新なシステムに見えただろう。
絵巻を閉じたMCは軽快な笑い声をあげて現代のヒーローシステムについて語る。
MC妖精『そして現代! ヒーロー事務所は必ず氏神様を祀り』『氏神様に認められた者だけがヒーロー活動を許可されている!』
MC人間『昔と違って、鬼や巨人もヒーローになれるわよ!』
MC妖精『その通り! 共栄の時代に種族なんて関係ない!』『種族の壁を越えて今こそヒーローに――』
チィ!!
…と、誠志郎は痛烈に舌打ちし、街頭TVに背を向けた。
誠志郎「…何が共栄だ。裏では人間を喰ってるくせに」
誠志郎の憤怒は誰に聞かれることもなく、雑踏に消えた。
新宿を歩く誠志郎は、自分の育ての親である翁・マーリンの言葉を思い出す。
マーリン老『誠志郎。お前の両親は、人間と妖精が仲良く暮らせる世界を目指すヒーローだった』『しかし妖精に裏切られ、志半ばで命を落としたのだ』
モノローグ(誠志郎視点):そうだ…俺の両親は、妖精に裏切られて死んだ。死体は妖精たちに喰われて、骨の一つも残らなかったらしい。
妖精は笑顔で共存を謳いながら、平気で人間を騙す。
だから決めたんだ! 俺は善良な人間を妖精から守るヒーローになるって! そのために両親の故郷である日本に来たんだから!:モノローグ終
拳を握りしめ、東京の空を仰ぎ見る。
大志を抱くその瞳には、人間たちを護って見せるという強い誓いが宿っていた。
誠志郎「よし! 爺さんが紹介してくれたヒーロー事務所に向かおう!」「目指せ№1ヒーローだ!」
拳を振り上げた誠志郎は紹介されたヒーロー事務所を目指して歩き始めるのだった。
シーン④
―――が。
事務所で誠志郎を出迎えたのは。
鬼!
妖狐!
ダイダラボッチ!
ヒーロー事務所内は、妖精たちのオンパレードだった!
誠志郎「!!!???!?!?!」
予想外の事態に、誠志郎は下顎が大地にめり込むほど愕然とする。
そして事務所の外に出て、改めて地図と〝アイアン・フェアリーズ〟の看板を確認する。
誠志郎「え!? あれ!!? あるぇ!!?」「地図は間違ってないよな!!?」
事務所の前で誠志郎が戸惑っていると、同じ年頃でツーサイドアップの似合う少女――朝比奈 彩姫が事務所の入り口を出て声をかける。
彩姫「どうしました? ご依頼です?」
誠志郎「いや、あの、ヒーローになるための紹介を受けてきたんだけど…!」
誠志郎がしどろもどろに説明すると、彩姫は華が咲いたかのような可愛らしい笑みを浮かべた。
彩姫「わあ、嬉しい! 人間の志願者なんて久しぶり! みんな歓迎するよ!」
誠志郎「で、でも、何で妖精ばかりなんだ!?」
彩姫「? だって私たち」「妖精のためのヒーローだもの」
誠志郎「妖 精 の た め の ヒ ー ロ ー !!?」
誠志郎は愕然とした。彼が目指すヒーローとは真っ向から相反する事務所だ。拳を握り、マーリン老に怨念を飛ばす。
誠志郎(あのクソ爺…!)(なんて事務所を紹介しやがったんだ!!)
しかしそんな誠志郎の思いなど知らない彩姫は、誠志郎の袖を掴み、さっさか事務所の中に案内する。
彩姫「ささ、どうぞ中に!」「氏神様は三階にいるよ!」
誠志郎はハッと、ヒーローTVを思い出す。
誠志郎(そ、そうだ! ヒーローは氏神が契約を交わすシステム!)(神様なら、俺の話を聞いてくれるかもしれない!)
拳を握りしめ、覚悟を決める。
妖精の巣窟である事務所を抜け、階段を上がり、氏神が待つ祭壇へ足を運ぶ。だがそこで誠志郎を迎えたのは、部屋の最奥の玉座に腰掛ける――
日本三大妖精。
鬼神・大嶽丸。
だった!!
誠志郎「いや待って!!」「神は神でも妖精の神様じゃん!!」
彩姫「ふふ、凄いでしょ!」「坂上英雄譚の」「大鬼神だよ!」
大量の汗を流しながら、悪化していく状況を嘆く誠志郎。
祭壇の中心の玉座に腰掛ける鬼神・大嶽丸は、巨大な二本角と並々ならぬ神威を漲らせ、肘置きに片肘を着いた状態で、億劫そうに誠志郎を見る。
大嶽丸「そのガキはなんだ、彩姫?」
彩姫「ヒーロー志望の子です! しかも人間の!」
大嶽丸「あァ? そんな話は聞いてねえぞ?」
訝る大嶽丸。誠志郎はゴクリと生唾を呑んで腹をくくり、大嶽丸の傍まで歩み寄り、マーリン老から預かった紹介状を手渡す。
誠志郎「これが、俺の爺さんから貰った紹介状です」
億劫そうだった大嶽丸だが、紹介状の封蝋を見て表情を変える。
大嶽丸「ほう? ワールドヒーロー協会本部の封蝋じゃねえか」
彩姫「え!? 協会本部の紹介なんですか!?」
大嶽丸「間違いねえ」「ふむ…?」
鋭い爪で封蝋を切り、中の書状に目を通す大嶽丸。
一読した大嶽丸は、大きな口を開いて呵々大笑をあげた。
大嶽丸「ガッハッハッハ! なんてこった!!」「貴様、マーリンの弟子か!?」
マーリンの弟子――その言葉の影響は大きかった。
静観していた事務所の面々は驚嘆して次々と声を上げる。
妖精1「マ、マーリンってあの!?」
妖精2「ワールドヒーロー協会の創始者!」
妖精3「数多のヒーローを育ててきた伝説の魔法使い!!」
大嶽丸「おうよ、そのマーリンだ」「…面白い」「お前、歳は?」
意味深に笑いながら問う大嶽丸。
誠志郎は警戒を払いながら神妙な顔で応える。
誠志郎「…十五です」
大嶽丸「元服してんだな」「ウチは来るもの拒まずだが」「妖精を助けるのが主軸だ」「しかしこの紹介状によると」「お前さんは妖精が大嫌いな」「差別クソ野郎だと書かれてるが?」
誠志郎は心臓がはち切れそうなくらいドキリとした。
妖精ばかりのヒーロー事務所の、妖精を助けるヒーローたちの前で、妖精を毛嫌いしていると明かされたのだ。生きた心地ではいられない。
事務所の妖精ヒーローたちも、ギロリ! と誠志郎を睨みつけている。
マーリン老の嫌がらせのような紹介の数々に、誠志郎は拳が震えるほどの怒りを貯めた。
誠志郎(そうかよ…!)(周りは全部敵ってわけだ…!)
ヒーローとして、世の為人の為に尽くす為に、日本に来た。その志に対する扱いがこれでは、あんまりではないか。
怒りに震える誠志郎は絞り出すように、その場の全員を睨みつけて吼える。
誠志郎「それの、何が悪いっていうんだよ…!」
大嶽丸「あン?」
誠志郎「俺の両親も、ヒーローだった」「人間と妖精が仲良く暮らせるように尽くした」「立派なヒーローだった」「だけど妖精の裏切りで殺された!!」「お前らに骨も残さず食い殺されたんだ!!」
大嶽丸&妖精たち「!!?」
誠志郎の悲痛な叫びに、一同が瞳を見開いて驚いた。
大嶽丸の瞳も憂いを帯びたものへと変わる。
大嶽丸「…そうか」「人間と妖精の協和の為に、か」
大嶽丸を含めた妖精たちは静まり返る。すると事務所のソファに寝転がっていた人間の男が声を上げた。
泰弘「面白ぇじゃねえか」「そういうことなら話は別だ」
身体を起こして楽しそうに笑う、深紅のショートジャケットを着た人間の男――天道泰弘は、その場にいた誰よりも真っ直ぐな瞳で誠志郎を見る。
ソファを乗り越えて歩み寄りながら、誠志郎をゆっくりと値踏みする。
泰弘「ボス。俺にコイツを預からせてくれねえか?」
大嶽丸「…どうするつもりだヤス?」
泰弘「俺の今の仕事にコイツを同伴させる」「試金石には丁度いいだろ?」
ニヤリと悪どく笑って誠志郎を見下ろす。
泰弘「賭けをしようぜ」「お前に俺の仕事を手伝わせてやる」「それに合格したらヒーローとして契約してやるし」「ウチが気に入らなきゃ他所に紹介状をくれてやる」
誠志郎「!?」
泰弘「どうだ? 悪くない話だろ?」
泰弘の提案を、誠志郎は思案する。
誠志郎(他の事務所に移籍できるなら…)
誠志郎「わかった」「それでいい」
泰弘「OK」「じゃあ早速、俺の指示で動いてもらおうか」
シーン⑤
モノローグ:その後、横浜――:モノローグ終
誠志郎は一際大きなビルの、地下の天井裏に潜り込んでいた。
蜘蛛の巣を掻い潜りながら、誠志郎は心の中で盛大に愚痴をこぼす。
誠志郎(って、あんな前振りしておきながらこんな役目かよ!)
暗闇の中でほふく前進しつつ、潜入前の泰弘の命令を思い出す。
泰弘『俺の命令があるまで何もするな』『何があっても動くなよ?』『命令違反は問答無用で不合格』『どうしても駄目だと思ったら、俺を頼れ』
誠志郎「何の仕事か知らないけど」「こんな仕事しか回ってこないヒーローなんてこっちから願い下げだ!」
ほふく前進で進み続けると、やがて通気口から明るい光が見えた。
渡された見取り図を確認する。どうやら目的の場所へ着いたらしい。
通気口から覗き込む直前に、部屋から下卑た男たちの笑い声が聞こえてきた。
拉致犯1「ハハハ!! 笑いが止まらねえな!!」
拉致犯2「人魚一匹で二千万だぜ!」
拉致犯3「人魚の肉に不老の力があるなんて伝承は」「とっくの昔に否定されてるのにな!」
ゲタゲタと笑う男たちの隣には、今まさに俎上で捌かれそうになっている、美しい人魚たちが並べられていた。
両腕を鎖に繋がれている人魚たちは、涙目になりながらも気丈に拉致犯たちを睨みつける。
人魚1「こ、こんな事をして許されると思っているのですか!?」
人魚2「人魚の拉致は一級犯罪です!!」「国が黙ってはいません!!」
下卑た拉致犯たちは一転、鬼のような形相になる。
椅子を蹴り上げた拉致犯は荒々しく声を上げた。
拉致犯1「あぁ!?」
拉致犯2「魚類が生意気言ってんじゃねえぞ!!」
拉致犯3「これは漁猟だ!!」「拉致ってのは人間様にしか使わねえ言葉だ!」
人魚1「そ、そんなことはありません!」
拉致犯1「ハッハァ! おかしいと思わなかったのか!?」
拉致犯2「人魚が住む小笠原諸島には海軍の基地がある!」
拉致犯3「なのに俺たちが狩りを出来ている理由…わかんだろ?」
含みを持たせた笑みを浮かべる拉致犯。
人魚たちは血の気が引いたように真っ青になる。
人魚1「ま、まさか…!」
拉致犯1「そのまさかさ!」
拉致犯2「人魚の密漁は、国が黙認してんだよォ!!」
人魚たちを、底知れない絶望が襲った。
例えここから生き延びたとしても、国が黙認している以上、人魚たちに逃げ場はない。仲間を護る者たちは誰一人いない。
長包丁を取り出した拉致犯たちは、絶望顔の人魚が見れて満足げに笑う。
拉致犯1「ま、そういうことだ」
拉致犯2「安心しろ」「人魚は全員…」
拉致犯3「骨も残さず人間様が喰ってやるからよォ!!」「ギャハハハハハ!!!」
次の瞬間――鋼の装具を両手両足に纏った誠志郎が、天井を突き破って突撃した。
灼熱の怒りに身を焦がす誠志郎には、命令違反も、妖精への嫌悪もない。
瞳は龍の逆鱗に触れたかのように金色に光り、拉致犯たちを威圧する。
拉致犯たちは突然の乱入者に混乱した。
拉致犯1「な、なんだお前は!?」
誠志郎は答えない。真の鬼畜と交わす言葉は持たない。
一瞬で敵の懐に潜り込み、一人、二人、三人を殴打して蹴散らしていく。
人魚たちも驚嘆の声を上げた。
人魚1「あ、貴方は!?」
誠志郎「ヒーローだ!」「君たちを、助けに来た!」
人魚たちの手を取る。
しかし気を失わなかった拉致犯の一人が、震えながら受話器を手に取る。
拉致犯1「や、やばい!」「ヒーローが嗅ぎつけた!」「そっちの残りは今すぐ捌いちまえ!」
誠志郎「!? ここ以外にも捕まっているのか!?」
誠志郎は男の胸倉を掴む。
拉致犯の男は冷や汗を掻きながら嫌味ったらしく笑う。
拉致犯1「ざ、残念だったなヒーローさんよぉ!」
誠志郎「言え!」「どこに捕らえてる!?」
拉致犯1「もう遅い!」「今頃は仲良く刺身になってらァ!」
口を割らない拉致犯を、誠志郎はその場で叩きつける。
誠志郎「くそ!」
時は一刻を争う。しかし土地勘のない誠志郎ではどこを探せばいいのか分からない。
人魚たちは慌てて誠志郎に訴える。
人魚1「お、お願いです!」「他の仲間たちも助けて下さい!」
人魚2「横浜港の青い縞柄の貨物船です!」
誠志郎「わかった!」「必ず助ける!」
誠志郎は地下室から飛び出した。
階段を走って上りながら、誠志郎はこのままでは間に合わないことを悟る。
誠志郎(港だと!?)(ここからじゃ遠い!!)(どうする!?)(どうする!?)(どうする!?)
見張りをしていた拉致犯たちは突然地下から出てきた誠志郎に銃を向ける。
拉致犯4「な、なんだお前は!?」
誠志郎「どけええええええええ!!!」
一瞬の躊躇なく、拉致犯たちを薙ぎ倒していく。
焦りのあまり思考がままならない。それでも走らずにはいられない。
如何するべきかわからない誠志郎の脳裏に、泰弘の言葉が過ぎる。
泰弘『どうしても駄目だと思ったら――』
誠志郎(そ、そうだ!)(もう手段を選んでいられない!)
拉致犯を凄まじい勢いで蹴り飛ばし、ビルの外に出る。
スマホを取り出した誠志郎は泰弘の番号にかける。
泰弘『おう、どうした?』
誠志郎「今どこにいる!?」
泰弘『ビルの中に潜伏中だが?』
誠志郎は奥歯を噛み締める。
誠志郎「それじゃ…間に合わない…!」
泰弘『うん?』
誠志郎「お願いだ! 俺は不合格でいい!」「人魚たちを助けてくれ!」
泰弘『落ち着け』『状況を説明しろ』
誠志郎「横浜港の青い縞柄の貨物船で」「人魚たちが殺されそうになってる!」「俺が…俺が命令違反をしたばかりに…!!」
悔いても悔やみきれず、誠志郎は声を上げる。
誠志郎「ここから港までかなり距離がある…!」「どうやっても、もう…!」
間に合わない。
悔し涙を浮かべた誠志郎の言葉尻を掴む様に、泰弘は言う。
泰弘『よくやった、誠志郎』
誠志郎「!?」
泰弘『敵船の情報、感謝する』『お前が掴んでくれなきゃ動けなかった』
誠志郎「で、でも!」「今からじゃ間に合わない!」「どうやっても…絶対に救えない…!」
臓腑から絞り出す悔恨の声。
だがその声を、泰弘はニヒルに笑い飛ばす。
泰弘『何を言い出すかと思えば、そんなことかよ』
誠志郎「っ!?」
泰弘『どうやっても間に合わない?』『絶対に救えない?』『馬鹿を言うな』
泰弘「それを救い出すのが、俺たちヒーローだろうが!!」
泰弘はビルの頂上の更に先、避雷針に捕まりながら横浜港を睨みつける。
そして契約している神の祝詞を口ずさむ。
泰弘「掛けまくも畏き 建御名方神に 畏み畏みも申す!!」
泰弘が祝詞を口ずさむと、戦神・建御名方神の虚像が顕現。
両足に力を込めたヤスは、全力で叫ぶ!
泰弘「神風よ! 飛べえええええ!!!」
さながら艦砲の如き大跳躍を見せる泰弘。
目指す先は横浜港に停泊する、縞模様の貨物船。
腰に下げた日本刀の鯉口を切った泰弘は、貨物船を一刀両断。
斜めに切られた貨物船はズルリと歪んで沈む。
拉致犯たちは何が起きたのか分からず、次々と海に沈んでいく。
拉致犯5「ぎゃあああ!!」
拉致犯6「船が! 船が斬られた!!」
捕まっていた人魚たちも海に投げ出されながら、泰弘の業に驚嘆する。
人魚3「す、凄い…!」
人魚4「これが…ヒーロー!」
その様子を眺めながら、泰弘は納刀する。
泰弘「一件落着、だな」
シーン⑥
その後、横浜港にて。
拉致犯を警察に引き渡し、助け出された人魚たちに向かい合う誠志郎と泰弘。誠志郎はホッとした顔で彼女たちに笑いかける。
誠志郎「助けられてよかった」「これで無事に帰れるよ」
人魚1「…どこに帰れと、いうのですか?」
不思議そうな顔をする誠志郎に、人魚の一人が吐き捨てるように言う。
人魚1「国は人魚の拉致を黙認していた」「家に帰っても、また拉致に怯えるだけ…!」「国の保護なんて口だけだった!」
誠志郎「そ、それは…!」
人魚1「私たちは日本を愛して信じたのに!!」「日本は私たちを愛してくれなかった!!」「そんな私たちに!」「どこに帰れというのですか!?」
生き地獄――そんな現実に、叫ばずにはいられなかった。
国に裏切られた人魚たちの絶望は深い。未来に希望を持てなくなるのも無理はないだろう。
誠志郎は返す言葉も無く、奥歯を噛み締めるしかない。
そんな中、泰弘が一歩前に出て人魚たちに笑いかける。
泰弘「大丈夫」「俺に救出依頼を出したのは」「他でもない首相様だ」
人魚たち「!?」「首相が!?」
泰弘「首相は人魚の拉致について陰ながら動いている」「人魚の想いは日本に届いてる」
国のトップ自らが事件解決に動いている。
それは微かながらも、確かな希望だ。
人魚1「ほ、本当に…?」
泰弘「ああ」「それでも不安だってんなら…」
刀を大地に刺し、嘘偽りのない誓いを立てる。
泰弘「俺たちヒーローが!」「地獄の底からでも、人魚を救いに行く!」「…約束だ」
右手を差し出し、力強い笑みを浮かべる。
感極まった人魚たちは、もう一度だけ信じてみようと、涙ながらにその手を握った。
人魚1「はい…!」「ありがとうございます…!」
泰弘「ほら、帰って家族に顔を見せてやりな」「人魚の里は電波が届かねえし」「事情聴取は後日な」
人魚1「は、はい!」
人魚2「貴方(※誠志郎の方を見ながら)もありがとう!」「貴方がいなかったら、私たち食べられてたわ!」
ズキン、と誠志郎の胸が痛む。
今日の戦果を鑑みれば、彼女たちの感謝を正面からは受け取れなかった。
人魚が海に飛び込んで姿を消すと、誠志郎は己を咎めるように胸を鷲掴みにする。
誠志郎「……」「俺は…知らなかった…!」「妖精が、人間に喰われる事件があるなんて…!」
泰弘「………」
誠志郎「人間の方が正しくて! 人間の方が弱いって!」「人間を護ることしか考えてこなかった!」「俺は! 俺は…!!」
差別クソ野郎だ――
悔し涙とともにその言葉が脳裏に過ぎった瞬間、泰弘が断ずる。
泰弘「違う」「お前は、立ち上がったじゃねえか」
誠志郎「!?」
泰弘「目の前の邪悪に」「振り上げられた凶刃に」「〝我、種を超えた正義の刃とならん〟と飛び出した」「その瞬間のお前に、人間だ妖精だなんて」「クソくだらねえ壁はなかったはずだ」
誠志郎「で、でも…!」
泰弘「百万の言葉より」「行動は何時だって雄弁だ」「俺はその結果を全肯定してやる!」
泰弘「…だから安心しろ」「お前は、差別クソ野郎なんかじゃないよ」
わしゃわしゃと、半泣きの誠志郎の頭を撫でる。
その手を離すと、泰弘は底意地の悪い笑みを浮かべた。
泰弘「とはいえ、不合格は不合格!」「さてどうしたもんかなあ!」
誠志郎「うぐ…!」
泰弘「しかし誠志郎が掴んだ情報も有益だった」「これも事実!」「だからまずは俺のバディになって腕を磨く…で、どうだ?」
泰弘「妖精の側から、両親の夢を追ってみないか?」
その申し出を、誠志郎は真っ直ぐな瞳で受け取る。
誠志郎「はい!」「よろしくお願いします、泰弘さん!」
泰弘「馬鹿」「相棒に堅苦しいっての」「俺の事はヤスでいい」「んじゃ戻ろうぜ」
誠志郎に背中を向けるヤス。
その背中を見つめながら、誠志郎は新たに誓う。
誠志郎(父さん)(母さん)(今度こそ間違えずに目指すよ)(人と妖精が、仲良く生きていける世界を!)
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