創作大賞2023【スターライト・ザ・ウサギ!】第二章・イラストストーリー部門
※コチラの作品は創作大賞2023・イラストストーリー部門の投稿作です。
初見の方は以下のリンクで一章からお読みください。
―本編―
二章 どうしてこうなった?
(どうしてこうなった!?)
その夜、兎喜子は初めて副業を休んだ。
八年間無遅刻無欠席だった彼女の信頼は厚く、エリアマネージャーも当日欠勤の届けを快く受け取ってくれた。
食事も取らずにベッドに逃げ込んだ兎喜子を姉弟たちは心配していたが、今日起きたことを整理できるのはベッドの中しかないと判断したのだ。
『それじゃ先生。明日の土曜12時、渋谷のハチ公前に集合で!』
それだけ言い残してログアウトした吉祥エリカ――もとい日輪アルカ。
彼女が何を企み、兎喜子に何をさせようとしているのかは、全くの未知数だ。しかし副業の件で脅迫……というわけではないらしい。
(もし脅迫するなら、リアルバレしてくるはずがない。リアルバレはバーチャルアイドルにとって最大の禁忌。そんな危険を冒してまで私と接触する意味って何……?)
本当に思い当たる節が無い。
いや、あるにはあるが……あの誘いを真に受けてもいいのだろうか?
『私と一緒に……バーチャルアイドルで、天下を取らない?』
「っ……!? い、いやいやありえない! ありえないわよ私!」
布団を被ってゴロゴロと悶える。
冴えない音楽教師を日輪アルカが誘うはずがない。
しかし二十八歳でバーチャルアイドルになることはそう珍しい話ではないのだ。
現代のバーチャルアイドルは二百万人を超える。
これは若い世代は十代から、最高年齢は八十代の老人までバーチャルアイドルとして活動していることに起因する。
仮想世界のアバターと最低限の配信環境さえあれば、老若男女すべての人がバーチャルアイドルに挑戦できる時代。
小太りの男性も、仮想世界ではムキムキのマッチョに。
天使に憧れる女性も、仮想世界では翼の生えたお告げ系アイドルに。
定年退職後の第二の人生や、仕事の合間のちょっとした趣味にバーチャルアイドルを嗜むのは決して変なことではない。
だが――トップアイドルは話が別だ。
時代を代表するトップアイドルの多くは一〇代で頭角を現し、その才覚を以って世界を照らしてきた。
三種の神器を極めて高いレベルで披露できる者だけがトップと呼ばれる資格を持つ。
日輪アルカの登場に世代交代を予感する者も多く、ジャパンナンバーズ――十人の日本トップゲーマーとのランクマッチには、絶大な期待が寄せられている。
(こんな大事な時に……どうして私なんかと……)
ファンとしてはランクマッチに集中して欲しいし、こんな危ない橋を渡ってたって欲しくない。リアルを他人に晒してもしものことがあったらどうするのだ。
ネット上の熱狂が全て敵意に変わる可能性を考えないのだろうか。
それとも――最推しがリアルバレを賭けるほどの価値が、望月兎喜子にあるというのだろうか?
(うう……ね、眠れない……!)
考えれば考えるほどドツボにハマって思考が鈍くなる。
結局その日は一睡もできないまま、寝不足の腫れた顔でハチ公前に向かうことになってしまった。
渋谷といえば二百年前から変わらない若者の街として有名で、日本一のサイバータウンとして栄えている。
二十三世紀では最新の複合現実――現実に仮想世界の情報映し出す地域――を楽しめるスクランブル交差点として有名で、最新技術が街を鮮やかに彩ってる。
空にはモニターを持った妖精が飛び交い、客引きをするジャック・オー・ランタンが現れ、音楽に合わせてトランプの兵隊が動き出す。
サイバータウンとして渋谷区は今も進化し続けている。
(まあ……楽しめるのは最新式のBCIを持ってる人だけよね……)
ハチ公前でふっと遠い目をする兎喜子。
美しい妖精も、ダンディな声のジャックも、トランプの兵隊も、彼女には見えない。届かない。
BCIを通じて脳に映像を受信しなければ、彼らの存在を認知することはできないのだ。
兎喜子の目に映るのは慌ただしい人の波。
耳に届くのは雑踏の騒音と若者の黄色い歓声。
最新鋭のサイバータウンの良さを全く体感できないまま、兎喜子は渋い顔になる。
(今の子供は複合現実が当たり前なのよね……コミュニケーションツールとして確立しつつあるし……うちの子たちにも買ってあげないと、流行に取り残されるんじゃないかしら……)
同年代でコミュニケーションが成立せずに孤立化……というのは現代でも起こり得る現象だ。何時の時代でもコミュニケーションツールのアップデートは円滑な友好関係を育むために必須である。
(最新式の小型BCIは17万……型落ちでも9万……! 私以外の姉弟全員に買い与えたら54万!? いやいや無理無理学費と生活費だけで瀕死なのにそんな大金無理無理! だけど姉弟が孤立化して友達が減ってコミュニケーションが苦手な子になったら社会に出て苦労するし、わ、私が推し活控えて副業を増やせばギリギリ買えないこともないんじゃ)
「先生ってば!!」
ぎゃあ!?
と、美人が出してはいけない奇声を上げて飛び上がる兎喜子。
これには声をかけた吉祥エリカも驚いた。
「おっとっと~? 出会ったときからそうだけど、先生って奇声癖ある?」
「そんな奇特な病は患ってません!」
「なら良し。今日は来てくれてありがと♪」
ニッコリと愛想よく笑うエリカ。
その愛らしい声に思わず眩暈がする。アルカのときよりも素に近いしゃべり方なのがまた素晴らしい。
未収録の音声を独占している気分になる兎喜子に、エリカは苦笑いする。
「やっぱりというかなんというか……先生、私のファンだな?」
「じ、自称古参の一人です! デビュー戦でジャパンランク28位のブラックガイアを瞬殺した時から〝この子は来る!〟って確信してました!!」
「お、おお……思いのほか熱いね……他にはどこが好き? やっぱり超絶美少女の金髪兎アバター?」
「 声 が ! ! !
好 き ! ! !」
人目も憚らずに大声で告白する兎喜子。
出会いが出会いだったので今まで明後日の方角に爆発していたが、本人と向き合って話せる機会を得た今、荒ぶる獣を抑えられる防波堤はない。
エリカの両手を握りしめた兎喜子は、脳内に彼女のMVを展開して熱い息を吐く。
「僅かな混濁もない透き通るウィスパーボイスで繰り広げられる小悪魔トークを披露した直後の生動画配信で、打って変わって期待を超え想像を裏切る力強い高音のミックスボイス!! 胸に響くチェストボイスと耳に深く刻まれるファルセットを一度も外すことなく使い分け、歌い上げた地力の高さ! そして誰もが放心している中、日輪アルカの決め台詞!!」
「「私、努力してませんので♪」」
そんなわけアルカ!!!
……と、全フォロワーから総ツッコミを入れさせた決め台詞だ。
十六歳とは思えない歌唱力とゲームテクニックをもつ彼女だが、どんな時代でも天は二物を与えないもの。少なくとも凡人はそう信じたいのが心情だ。
しかし彼女には、本当に努力していないと思わせるオープンソースが存在している。
それが日輪アルカというバーチャルアイドルに議論を呼び、熱狂させ、神秘性を増し、炎上スレスレの盛り上がりを見せているのだ。
「ち、ちなみに……本当に努力してないの?」
「ん? 知りたい?」
「知りたい! けど怖い!」
「はは~ん私のこと大好きだな? じゃあその辺も追々ね。
着いて来て」
踵を返すエリカ。
促されるまま歩き出す兎喜子。
つい熱中して長文語りをしてしまったが、兎喜子の秘密を握られているという状況は何も変わってない。
鼻歌交じりに先頭を歩く吉祥エリカはご機嫌そのもの。
即座に副業をばらされる心配はなさそうだが、油断はできない。
ハチ公前から歩き続けて一〇分。
古ぼけたビルの前に立ったエリカは、親指で入り口を指す。
「ハイここ」
「へ?」
「入って」
笑顔で再度入り口を指さすエリカ。
しかし目の前の古ぼけたビルは人の気配すらしておらず、渋谷のお洒落オフィスとは到底思えない。
相手が日輪アルカということもあって半ば無警戒に着いて来てしまったが、途端に犯罪の匂いが漂ってきた。
「こ、ここで何を……?」
「不安?」
「はい……」
「そっかー。まあ素人をボロビルに連れ込んでナニすんだって話だし。でも先に説明すると怒られるしなあ」
顎に指を当てて考え込むエリカ。
どんどんキナ臭くなる話に、兎喜子の警戒心が高まる。
「じゃあこうしよう。黙って従ってくれれば、先生の大好きなアルカ声で好きな台詞を生収録して」
「お い く ら 万 円 で す か!?」
「おっと? 予想以上の喰い付きだぞ?」
「食費削ります!! 生活費削ります!! 副業増やします!! 学費……と姉弟の交際費は許してくださいそれ以外ならなんだってやります!!」
「アルカは鬼かな? でも学費に手をつけないの偉いね。そういう金銭感覚は大事にしてね。
さあ入った入った!」
欲に目が眩んで自我を失っている兎喜子の背中を押していく。
何もない廊下を少し進むと真っ白なエレベーターに行きつき、無理やり押し込まれる兎喜子。
ボタンを押さないまま扉が閉まると、エリカは監視カメラに視線を移す。
「コハル。声紋認証と虹彩認証をお願い」
『YES――声紋・虹彩を確認。ユーザーを『アルカ』と認識。アンダーオフィスに向かいます』
ガコン! と横にスライドし、ボタン一覧にない地下へと進み始めるエレベーター。驚いた兎喜子がエリカを見ると、悪戯が成功した子供のような笑みを見せる。
「そうそう、そういう顔が見たかったの」
「え!? え!!? 何処に向かってるの!?」
「ウチの事務所」
「事務所!? コズミックプロダクションがどうしてボロビルの地下に!?」
「ボロビルは偽装。バーチャルアイドルのリアルバレを防ぐためのね。芸能事務所を出入りしてる無名の子って、高確率でバーチャルアイドルでしょ? そんな子を襲う悪質なファンやパパラッチから身を隠す為には、事務所の所在を公から隠す必要があったの。受付用・来客用の事務所は他にあるけど、トレーニング室や生放送のモーションキャプチャーとか社長室は、渋谷アンダーオフィスにあるってわけ」
「な、なるほど……なら来客用の事務所に向かうべきでは……?」
「? 社長室はコッチだよ?」
唐突な胃痛が兎喜子を襲った。
やはり昨日のエリカの言葉は本気らしい。いやそもそもの話、こういう話は間にスカウトマンやプロデューサーを挟むものではないのか。
この無理も無謀もすっ飛ばして最短ルートをかっ飛ばすやり方は実に日輪アルカなのだが、いざ当事者になると身が持たない。
この様子だと、今から会わせる社長にも説明していない可能性がある。
(か、帰りたい……!)
戦々恐々としたままエレベーターを降りると、オフィスビル顔負けの清潔感ある綺麗なフロアが視界に広がった。
虚空を見上げるエリカは、社内の管理AIに問う。
「コハル。社長はどこ?」
『現在の青春院社長は』
「青春院!? 何それ想像の三倍凄い名前!」
「うんうん、そうなるよね。私もそうだった。……で、社長は?」
『青春院社長は現在、プログラミング室で技術長と打ち合わせ中です』
「都合が良いね。私も行くって伝えて」
『YES』
逃げ腰の兎喜子の腕を掴み、アンダーオフィスをズンズン進む。
顔面蒼白の兎喜子を見かねたエリカは、苦笑いして首だけ振り返った。
「大丈夫。社長優しいから」
「ほ、本当に……?」
「ウチの事務所ってお金も設備もコネも無い子を救い上げるアイドル支援機構に登録してて、社長はBCIに触ったことすらない私を全面支援してくれたの」
「え!? BCIが無いなら学校は!?」
「ローカルローカル。もう超田舎。それまでバーチャルアイドルもVRでしか視たことなかったし。BCIで仮想世界に触れた時は二十一世紀からタイムスリップした気分だったよ」
楽しそうに過去を語るエリカだが、もしその話が本当なら日輪アルカを取り巻く最大の謎が一つ解ける。
オールジャンルプレイヤーでありながら「私、努力してませんので!」と公言する日輪アルカだが、当初はよくあるキャラ作りの一つでしかないと失笑されていた。
その流れを変えたのは、アルカの脳波に紐づけられたゲーム履歴をオープンにした時。
日輪アルカは十六年の人生で――たった一つのゲームしかプレイしていなかったのだ。
これは異常だ。
無差別級ジャパンカップでアルカはFPSや格ゲーなどの互換性の無いプレイヤースキルに頼るゲームを七つプレイし、決勝以外の全てで勝利したにも関わらず、それらのジャンルは全て未経験だったというわけだ。
(議論は議論を呼び、様々な憶測を呼び、アルカの認知度は瞬く間に広がった。同時に多くのアンチも生んだけど、彼らは未経験というオープンソースの前には沈黙するしかなかった)
煽りスレスレの決め台詞に怒り狂ったアンチが炎上させようにも、炎上させる理由がない。少なくとも未経験であることは確かなのだ。
熟練プレイヤーの煽りプレイと認めるには根拠が足りない。
彼女はただ努力していないことを公言しているだけで、相手の努力やプレイを否定していたわけではないからだ。
最終的にはアルカを擁護する声が多数派になり、認知度はそのままファンの数に直結した。
「これがアルカの謎の一つ。納得した?」
「な、納得はしたけど……また別の謎ができたというか……」
「全部教えたら人参にならないでしょ。知りたければほら、社長室まできびきび歩く!」
まだ不安のある兎喜子だが、今の話が本当なら、青春院社長は可能性のない子供にも支援を惜しまない人格者であり、アルカの才覚を見出した慧眼の持ち主ということになる。
(シンデレラストーリーって本当にあるんだ……マライア・キャリーみたい……!)
今までとは別の意味で胸が高鳴り始める。
バーチャルアイドルとして活動すれば、兎喜子もアルカと同じように大勢の人の前で歌を披露することが出来る。
かつて捨てたはずの夢――音楽に携わって生きていこうとしていたころの気持ちが疼き出す。
今すぐには無理でも、来年には次男次女が就職する。
そうすれば兎喜子にも自由な時間が増える。
収入が安定するまで音楽教師は辞められないが……副業の掃除屋を辞めれば夜間は活動できる。
(勇気を出すのよ兎喜子! 相手は青春院! 青春の院よ! きっと優しい人に違いない!)
錯乱した頭で無理やり自分を納得させる。
脳内にはキラキラな青春を少年少女たちと駆け巡る爽やかな初老の男性がサムズアップして兎喜子を迎えている。
しかし廊下を曲がったところで、三人の女性がエリカの道を塞いだ。
「……? なんですか先輩?」
「とぼけんじゃないわよアルカ。私たちとユニットを組む話、蹴ったそうじゃない?」
「そりゃ蹴るでしょ。私のフォロワー、ソロで先輩たちの三倍いますし。旨味ないですし」
「でも局長命令だったのよ!?」
「社長に気に入られてるからって無視していいわけない!」
「ちょっと売れたからって舐めてんじゃない!?」
鬼の形相で喰ってかかる三人の女性。
兎喜子はその声に聞き覚えがあった。
脳内のバーチャルアイドルフォルダを漁り、コズミックプロダクション所属で該当する三人を引きずり出す。
(確か……山猫花魁の三人娘? 猫をモチーフにしたバーチャルアイドルだったわよね?)
リーダー・娘々博徒。
センター・娘々酒盗
ボケ担当・娘々葉巻
普段はニャンコ言葉で放送しているので少しわかりにくかったが、特徴的な高音の地声を聞き間違える兎喜子ではない。
主に男性のフォロワーが多く、配信内容は商品紹介を含めたワイワイトークと三人のチームワークを生かしたゲームプレイ。
ジャパンゲームスの年間ランキングはそれぞれ89位・61位・97位と、三人ともにトップ100に食い込む猛者だ。
フォロワーは300万人を超え、アルカがデビューするまではコズミックプロダクションの稼ぎ頭のユニットだった。
「確かにアルカの人気は凄い。でも一過性にすぎないわ」
「今は物珍しさで騒いでるだけ。一瞬盛り上がってるだけだと歴史が証明してる」
「まだ遅くない。私たちと組みなさい。ソロで戦える時代は終わったの」
一方的に捲し立てる山猫花魁の三人組。
アルカを本物と信望して止まない兎喜子は千倍くらい言い返してやりたくて顔を真っ赤にして踏み出たが、それをエリカが制す。
「待って先生」
「で、でも! 何のソースも無しに後輩に圧力かけて煽り倒すとか社会通念上ギルティムーブよ!? 自分たちが二流で伸び悩んでるからアルカの人気に縋りたいだけじゃない!!」
「は、はあ!?」
「うん、先生の直球トーク好きだよ。でも待って」
真っ赤な兎喜子とは対照的にエリカの表情は冷静そのもの。
立ち塞がる三人娘を静かに見据え、思考を巡らす。
互いに睨み合う中……エリカは悪戯を思い付いたように笑みを浮かべる。
「……いいですよ。組みましょうか」
「え!!?」
「けど条件があります。旨味の無い私が譲歩するんですから、先輩たちも譲ってくれますよね?」
「ふん……いいわよ。聞こうじゃない」
「じゃあ収録室に移動しましょうか♪」
*
――そして、ニ十分後。
「はぁ~い野良猫のみんな♪」
「山猫花魁が緊急特番をお送りするにゃ!」
「今日は特別ゲストを二人も呼んでるので、楽しみにして欲しいにゃ~ん!」
猫カフェをモチーフにした仮想世界を背景に、コズミックプロダクションから生放送を開始する山猫花魁の三人。
300万人のフォロワーを抱えるバーチャルアイドルが告知も無しに生放送をすることはまず考えられないが、偶然ネットに接続していたファンにとっては嬉しいサプライズだ。
接続数は瞬く間に増え、コメントが仮想世界を飛び交う。
『山猫の生配信キタ!!』
『珍しい!! 最近はファンサも減ってサプライズなんて滅多にしないのに!!』
『久しぶりに来た。ってかデビューから八年経ってるのにまだ猫キャラやってんだ』
『いいんだよ。推定アラサーのニャンコ言葉からしか摂取出来ない栄養がある』
古参ファンと偶然ネットを徘徊していたファンから順当に集まり始める。
300万フォロワーというのは伊達ではなく、開始十分で数千の視聴者が集まって来た。
始まってしまった生放送を止めることは誰にもできない。
いま止めれば大事故になる。
兎喜子は控室で真っ青になったまま震えていた。
(ど、どうしてこうなった!?)
山猫花魁のゲスト枠は二人。
日輪アルカと……ボロボロの灰兎アバターを被った兎喜子。
まだ放送枠にログインしてはいないが、あと数分で紹介される段取りになっている。
震える兎喜子に、スタンバイ済みのエリカ――もとい日輪アルカが笑いかける。
「先生ビビり過ぎ。先生に有利なゲームを選んだんだから、勝ち目は十分あると思うけどなあ」
「だ、だって、相手はトップ100よ!? ろくにゲームを遊んだことの無い私が勝てるはずないじゃない!」
涙ぐみながら情けない声をあげる。
ここに来るまでに、こんなやり取りがあった。
「私としては、実力のある人と組むことができればそれでいいんです。ここにいる彼女はアルカと組むに値すると判断した人」
「……それで?」
「先輩たちがアルカと組みたいなら、それ以上の実力を示してください。
それも、先輩たちのファンの前で♪」
山猫花魁が勝てば、その場でアルカ参入の宣言をする。
山猫花魁が負ければ今回の話は無し。ただしゲーマーとしてトップ100に食い込む猛者の山猫花魁が無名の兎喜子に敗北すれば、山猫花魁はユニットの売りに痛手を負い、ファンの一部を兎喜子に奪われる形になるだろう。
生放送だから両者ともに逃げ場なし。
待ったなしの一本勝負というわけだ。
山猫花魁の三人も笑顔の裏でプレッシャーを抱えている。
(大丈夫! 山猫花魁は全員トップ100のゲーマーチーム!)
(今回のルールなら私たちが負けるはずがない!)
(アルカを取り込めば私たちのフォロワーは1000万の大台に乗る! 私たちはまだ上にいける!)
誇りと未来を賭けて戦う覚悟が山猫花魁にはある。
そんな三人の気迫に押される兎喜子は、今から生贄の祭壇に捧げられる野兎のようだ。
何時まで経っても覇気を見せない兎喜子に苦笑いを浮かべたアルカは、兎耳を左右に振りながら空を見上げる。
「はあ……先生はこの状況にときめかないの?」
「へ?」
「先生さ。毎朝学校来る前にランニングして、井之頭公園でボイトレしてたでしょ?」
兎喜子は今までとは違うベクトルで驚いた。
「な……なんでそれを……!?」
「結構有名だよ? 先生の容姿目立つし。私の寮も井之頭公園の隣だし。何時も綺麗なソプラノだなーって思ってたよ」
途端に恥ずかしくなる兎喜子。
家族以外の誰も知らない努力を、アルカは知っていたのだ。
アルカは兎喜子の顔に覗き込み、今までにない真剣な顔をする。
「あのボイトレは、音楽教師だからじゃないでしょ? 何時か姉弟が自立して、自分の時間が出来た時に、音楽活動をするためじゃないの?」
「そ、それは……!」
「バーチャルアイドルの中には歌を聞いてもらいたくて、視聴人口の多いゲーム実況から入る人も多い。入り口はゲームでも、その流れで自分の歌を聞いてもらえるならって」
「………」
「家族のために生きるのは素晴らしいと思う。でも諦めきれないって、先生の声が訴えてる。だって昼夜死ぬほど働いてるのに、歌の練習は続けられたんだから」
そうだ……働いて、働いて、家族のために働いて。
でも諦められなかった。
夢を捨てられなかった。
バーチャルアイドルなら年齢を重ねてからでも、セルフプロデュースでデビューできる。
何時か誰かに、ささやかで良いから………望月兎喜子の歌を聞いて欲しかった。
「チャンスが来たんだよ、先生。先生の掃除屋スキルを先輩は知らない。今日までの先生の努力が試される日が来たんだ」
「アルカ……」
「大丈夫。私を信じて。私が選んだこのゲームなら、先生のキャリアが生かせる! 先生なら勝てる!」
力強く、自身に満ち溢れた笑顔が、兎喜子の背中を押す。
最推しにここまで言われて逃げるファンはいない。
兎喜子はパン! と自分の頬を両手で叩いて活をいれ、握り拳を作った。
「わ、わかったわ! 必ず勝つ!」
「そうそう。負ければ私も兎キャラから猫キャラにされちゃうニャン」
「ぎゃあああああああやだああああああ!!!」
脳が焼かれたような奇声を上げる兎喜子。
アルカは「おっと? コッチで焚きつけたほうがよかったかな?」と思わず悩む。
「ぜ、絶対に阻止しないと……! アルカは私が守る!!」
「あはは! OK、未来は託した! 行こう先生!!」
ログイン20秒前のカウントダウンが二人の前に現れる。
望月兎喜子の――そして日輪アルカの未来をかけたデビュー戦の幕が開いた。
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