創作大賞2023【スターライト・ザ・ウサギ!】第三章・イラストストーリー部門

※コチラの作品は創作大賞2023・イラストストーリー部門の投稿作です。
初見の方は以下のリンクで一章からお読みください。


―本編―

 第三章 その声に奇跡と出会いを

 生放送の告知から二〇分が経過し、同時接続のフォロワーが一万を超えてくる。そろそろ場が温まってきたことを確認した山猫花魁たちは、入場口にカメラをフォーカスさせた。

「それでは本日のスペシャルゲスト!」
「我らがコズプロのスーパー生意気ルーキー!」
「日輪アルカだニャン!!」

 黄金の髪を靡かせる日輪アルカが登場した途端、ユーザーアクティビティが跳ねあがった。

『ア、アルカ!?』
『アルカが生放送!? デビューの時以来じゃない!?』
『こんな落ち目で場末の猫カフェになんで!?』
『同じコズプロ事務所だからだろ。猫を拾ってやれって社長に言われたんだ』

「みんな酷いにゃー!」

 山猫花魁のフォロワーとは思えないコメントの数々が仮想世界を飛び交う。放送枠の主である山猫花魁にとっては屈辱だが、自分たちが弄られ系のアラサー猫アイドルなのは今に始まった話ではない。勝てばこの声援が全て自分たちのものになると思えば屈辱にも耐えられる。

 日輪アルカは笑顔で手をふりながらフォロワーに応えた。

「皆さん初めまして! 後輩のアルカです! 突然の訪問で驚いているフォロワーさん多いですよね?」

『そりゃそうだ』
『アルカに旨味ないでしょ』
『場末の汚い猫カフェですがどうぞよしなに……』

「にゃー!! 今日は一段とコメが酷いにゃ!!」
「あはは……みんなは私と先輩の試合とか見たい?」

『見たい!! けど怖い!!』
『山猫VSアルカが実現するのは嬉しいけど、山猫が負けたらコズプロの世代交代が明白に……』
『ワシらはこの場末の猫カフェも好きなんじゃよ』
『3対1でボロカスにやられる山猫は……ちょっと見たいが』

「うわーん裏切り者どもー!!!」
「うんうん。生放送にすぐ集まるくらいなんだから、みんな先輩たちが好きだよね」

 そう、ここはあくまで山猫花魁の放送枠。
 如何にスーパーアイドルといえど、アルカが前に出過ぎればファンを敵に回す。枠主を弄るのはあくまでファンの特権だ。
 生意気小悪魔なアルカは抑えつつ、ここは後輩キャラを通す。

「今回の生放送も、私の我儘に先輩たちが仕方なーく付き合ってくれました。面倒見のいい先輩を持って幸せです♪」

『嘘だろ……ウチの山猫がアルカになつかれてる……』
『なんだよ俺らの山猫慕われてるじゃねえか』
『アラサーになってもニャンコ言葉で頑張ってきた成果』
『山猫×アルカ! 来ると思います!』

「うんうん。だけどコズプロの大看板との生放送に一人じゃ心細いので、友達も呼びました!」

 アルカが山猫に視線を送ると、頷き合って息を合わせる。

「それではもう一匹のゲスト!」
「コズプロ期待の新人! 灰兎(仮)だにゃー!」

 プリズムを派手に散りばめたエフェクトと共に登場する灰兎(仮)。
 視聴者は見たことも無いくらいボロボロのオンボロ着ぐるみが出てきたことで、大いにざわついた。

『え……何コイツ……』
『経年劣化しすぎワラタ』
『アバターってここまでボロボロになるようにプログラムされてるんだな。初めて知った』
『中身は誰だ? アルカに同期いないよな?』

 憶測とドン引きのコメントがネコカフェの中を飛び交う。
 どうやら同じ事務所のバーチャルアイドルが着ぐるみを着て正体を隠していると勘違いしているらしい。
 腹を括った兎喜子は、両手を振りながら愛想よく挨拶。

「コ、コンニチワウサ!! アルカの友達の灰兎(仮)だウサ!」

『語尾ウサなんだ!』
『ってか声固いな!』
『ガチガチに緊張してんな~。場末のカフェだから気楽に行こうよ』
『猫~後輩フォローしてやれ~』

(う……視聴者のみなさん優しい……!)

 とにかくキャラを出そうと思い、安易に語尾を『ウサ』にしてみたが、拒絶はされなかったようだ。
 ファーストコンタクトに先輩を挟んだのが功を奏したのかもしれない。
 アルカは灰兎(仮)に抱き着くと、ボロボロの着ぐるみを撫でてやる。

「見ての通り、今日デビューのガチ新人です。ボロボロの着ぐるみです。こんな子でも快く生放送に呼んでくれる先輩マジ天使だよね!」
「そ、その通りだウサ! 猫型天使だウサ!」
「ハイみんな! 山猫花魁に拍手~!」

 パチパチと手を叩くエモートやコメントが流れる。
 ゲストであるアルカと灰兎(仮)の掴みとしては悪くない。
 逆に山猫花魁は戸惑った。普段はアラサーネタや酔いどれゲーム実況などで弄り倒される話が中心になる為、ファンの対応が何時もと違う。

(しまった……! 生意気で小悪魔なアルカによる褒め殺し! 予想外のトークに対応が遅れた!)
(推しが褒められればファンも喜ぶのは定石! このまま場を支配するつもりだ!)
(初のコラボなのに……コイツ、わかってやがる!)

 普段とは違う立ち回りを求められる山猫花魁。弄られるのがメイントークだった彼女たちはこの展開に後れを取る。
 それを見逃すアルカではない。
 今日のスケジュールを開き、スムーズに放送進行を始める。

「今日はトークの前に、灰兎(仮)と先輩たちのガチバトル!
 トップ100ゲーマーの先輩たちに、無名新人の灰兎(仮)が挑みます!」
「そ、そうだにゃ! 今日は兎狩りの時間だにゃ!」
「我らの野生をみんなに見せつけるにゃ!」
「相手が新人でも無慈悲! 我らの超絶テクで瞬殺だにゃー!」

『うーん、これは何時もの山猫』
『新人に花持たせる気ZERO』
『せっかくアルカが上げた株を二分で落とす。これが山猫クオリティ』
『頑張れ新人! 俺たちが応援するぞ!』

「みんな酷いにゃー!!」

 ………と言いつつも、「よし! 何時もの流れになってきた!」とガッツポーズする山猫たち。
 しかしファンが灰兎(仮)を応援するだけでもアルカとしては上々だ。
 初めての配信、それも生放送となれば簡単に緊張はほぐれないものだが、視聴者を味方につけて緩和することはできる。
 灰兎(仮)の中身――兎喜子は自分への応援コメントを読んで、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

(や、やった……! 私でもバーチャルアイドルとして応援して貰えてる!)

 八割はアルカの話術による功績だが、それでも応援は嬉しいものだ。
 アルカは兎喜子の緊張が解けてきたのを確認し、空を指さす。

「それでは舞台を移します!
 対戦するゲームは――トウキョウト・フリーランニングⅦ!!」

 猫カフェが崩れ、大地からビルディングが轟音を立てて生えてくる。
 激しいエフェクトを放ちながら仮想世界が再構築され、ゲームの舞台が整っていく。
 兎喜子はスタート地点である渋谷109のビルの屋上にワープした。

(渋谷109の上! やった! 何時も仕事してる範囲内だ!)

 小さくガッツポーズする兎喜子。
 東京タワーの頂上に配置されたアルカは、マイクを片手にゲームルールを解説する。

「舞台は東京! 
 ランダムに配置されたスタート地点から、道中に配置されたガジェットを拾いつつ有利に進め、ゴールである東京タワーを目指して貰います!
 選べる初期ガジェットは汎用のものから一つだけ!
 プレイヤーは装備を整えてからゴールを目指すも良し!
 最短ルートを辿っていくも良し!
 運と判断、そしてプレイヤースキルが試されます!」

 開始までプレイヤーには三分の準備時間が与えられる。
 兎喜子は愛用のスプリングガジェットを装着し、エリカから与えられた情報と戦略を思い返す。

「ゲーム未経験の先生に、簡単に説明します。

 ①スタート地点は東京のどこかで、東京タワーから最低4km離れてる。
 ②街中には妨害エネミーが出てくる。出現率は現実の人口密度に比例。
 ③道中に各種ガジェットが出現。スペシャルガジェットを手に入れれば圧倒的に有利に立たてる。
 ④プレイヤーは最初にガジェットを一つ選べる。

 ――これがトウキョウト・フリーランニングⅦの基本ルール。
 素人の先生に譲歩して一番シンプルなのを選びました。
 フリーランニングは世界大会もあるくらいだし、聞いたことはあるよね?」

「は、はい。街中を自由に走るレースよね」
「よろし。山猫花魁は数の利を生かして妨害二人、疾走一人で来ると思う。ファンも見てるのに妨害プレイとか大人げないよね? うんわかる。でも賞品がアルカじゃしょうがない」
「はい」
「フリーランニングで最も重要なのはルート確認。ランダムスタートだから定石ルートが無く、準備時間の三分でルートを構築しなきゃいけない。でも先生なら東京の地図は頭に入ってるよね?」

 兎喜子は力強く頷いた。
 伊達に八年間も掃除屋をしていたわけではない。同業者にダストデータを奪われないためには、瞬時に最短ルートを構築する能力が求められた。
 アルカが選んだだけあって、このルールは兎喜子の仕事スキルが存分に生かせる。

「東京タワーの半径4㎞なら瞬時にルート確保できるし、横幅50㎝しかないビルの隙間でも跳べる自信があるわ」
「OK。それさえ出来るなら道中のガジェットは全て無視していい」
「……え? で、でも、有利なガジェットも出るんじゃ……」
「そういう欲目がフリーランニングの落とし穴。レトロゲームと違って仮想世界にフルダイブする以上、アクションの要はボディーコントロールとプレイヤースキル! ポップアップに頼ってるようじゃプロには勝てないよ! 運を待つは死を待つが如し!」
「は、はい!」
「ルート上に出現したガジェットは取ってもいいけど、先生のメインはスプリングだということを忘れないで」

 開始まで残り一分。
 スプリングを装備する兎喜子を見た視聴者たちは、揃って苦笑いを浮かべている。

『スプリング選んじゃったかー……これガチ初心者だぞ』
『国営世界以外で使う人いる?』
『初速が遅い、操作緻密すぎ、メリット低いの三重苦だよね。使用するたびに加速する反面、衝突したり一度でも止まればコンボ切れるし』
『人数で劣るのに妨害されやすいガジェットを選ぶのは初心者の証』
『しかも魔の渋谷109スタート……』
『山猫ー! フェアプレイで行こうー!』

 視聴者の誰もが山猫花魁の勝利を疑ってない。
 だが当然だろう。
 二十三世紀のプロゲーマーの人口は三万人を超える。
 山猫花魁はそのトップ100に入る本物。
 彼女たちがトウキョウト・フリーランニングⅦを遊ぶのは四年ぶりだが、中小規模の大会で入賞経験もある。
 開始まで残り30秒。
 山猫花魁はチームチャット内で最終確認をする。

(味方の最短ルート、敵の妨害ルート、エネミー分布確認)
(酒盗と葉巻は妨害お願い!)
(オッケー! 博徒も頑張れよ!)

 三人が選んだのは飛行できるジェットパック。
 ランドセルの様に背負い、水蒸気を噴射して跳ぶガジェットだ。
 時速40㎞とやや低速だが、障害物を無視して直線距離を移動できるのが強み。不慮の事故が起こりにくいガジェットだ。
 フリーランニングの最適解とは言い難いが……相手は初心者、しかも初速が遅いスプリングなら妨害も容易い。事故率の低いガジェットを選べば安定した勝利を掴めると踏んだのだろう。

 しかしその判断を、日輪アルカは甘いと見る。

(相手をただの兎と見誤って死力を惜しむ。そんなだから何時までも二流なんですよ、先輩)

 開始5秒前。
 アルカは東京タワーの前で旗を掲げる。

「トウキョウト・フリーランニングⅦ――スタートです!!」

 二匹の山猫がゴールを無視し、兎喜子の最短ルート妨害へ急行する。
 渋谷109の上はスタート地点としては最悪のスポットの一つ。
 スプリングが最も力を発揮できる直線に出る為には、悪名高き渋谷スクランブル交差点に降りる必要がある。
 先述したように、このゲームではエネミーの出現が人口密度に比例する。故に世界最高の人口密度を誇る渋谷スクランブル交差点は魔境とまで呼ばれている。
 スプリングを選んだ以上、必ずここで躓く。
 酒盗と葉巻はそこで兎喜子を叩く。
 一度でも妨害が成功すれば加速することが出来ないまま、ジェットパックで空中からハメ殺しが出来る。
 山猫花魁の勝利は揺るぎない。
 視聴者の誰もがそう予想する中――


 一陣の暴風が、渋谷の空を貫いた。


『……は?』

 空からの定点カメラで観戦していた視聴者の多くが、兎喜子の姿を見失う。それほどまでにそのスタートはあり得なかった。
 妨害するはずだった二匹の山猫も、初心者を侮る視聴者も、兎喜子が姿を消したことを認知するまで若干の時間を要した。
 唯一この展開を予想していたアルカだけが、拳を振り上げた。

「スタートダッシュに成功したのは、新人の灰兎(仮)!! 
 魔の渋谷109から対岸のビルまで跳躍し、スクランブル交差点をショートカット!」

『馬鹿な!?』
『スプリングの初速は時速15㎞! 跳躍は2mが限界だぞ!?』
『渋谷109から対岸に飛べるのはジェットパックだけのはずでは!?』
『ってか今どこ!?』

 定点カメラから電子マップに移動する視聴者たち。
 最短ルートを確認すると、ビルディングを足場に縦横無尽に飛び交う兎喜子を捉えた。
 そしてその速度に二度驚く。

『じ……時速120㎞!?』
『まだ上がってる! 既に150㎞を超えた!』
『加速率が尋常じゃない! 飛行エネミーも追いつけないぞ!』

 理論値を大きく上回る加速に、視聴者から驚愕の声が次々と上がる。すぐにチート検証ソフトを使う視聴者が現れたが、不正データは検出されない。
 妨害を任された酒盗と葉巻は必死に追うがジェットパックとは差があり過ぎる。兎喜子は既に遥か彼方だ。
 速く、速く、影も踏まさぬ速度で大跳躍。
 六本木六丁目の十字路に到達した兎喜子は、最短ルート上に良く知るガジェットを発見した。

(あ……スパイダーマフラー!)

 兎喜子の愛用するもう一つのガジェット。アルカには無視しろと言われたが、兎喜子にとってはもう一つの相棒だ。
 これさえあれば、もっと速く跳ぶことができる。

(装着完了! 絶対に負けない!)

 兎喜子は山猫花魁の現在地を調べる事すらせず、ただただ最高速度で跳ぶことしか頭にない。
 しかし装着に費やした僅か0,5秒の間に、リーダーの賭博が動いた。

「スペシャルガジェット発動!! 〝軍隊蜂〟swarm of bees!!」

 偶然にも賭博の前にポップアップしたスペシャルガジェット〝軍隊蜂〟。
 ターゲットのプレイヤーに20秒間、巨大蜂のエネミー群を正面から襲わせるスペシャルガジェットだ。
 進路妨害とホーミングを併せ持つ巨大蜂は数ある妨害ガジェットの中でも最悪の性能を誇り、一度も衝突せずに群れを抜けるにはステルスガジェットが必須とされている。
 兎喜子の現在の速度は時速215㎞。
 もしこの速度で巨大蜂に直撃すれば長時間のスタンペナルティを喰らう。
 流石のアルカも笑顔を失った。

(不味い! 先生、一度停止――!)

 だが兎喜子は止まらない。
 止まれるはずがない。
 己の一足一足に最推しの未来がかかっている以上、躊躇うという事すら考えない。
 最高速度で巨大蜂の前に跳躍し――己が技術一つで、速度を落とさず進路を変えた。

『嘘ぉ!?』

 コメント欄が感嘆符と疑問符で埋め尽くされる。
 兎喜子はスパイダーマフラーの伸縮と粘着の性能を生かし、ビルの壁にマフラーを貼り付け、無理やり空中で進路を変えたのだ。
 しかも進行方向は変えず、速度も落とさず、更に加速している。
 反射神経、身体操作、そして即座にルートを再構築する思考能力。いずれもずば抜けている。
 飛び交う巨大蜂の群れの隙間は辛うじて人間一つ分。
 数センチの操作ミスで衝突する状況を、兎喜子は空中回転しながら次々と突破していく。

「……わぉ」

 日輪アルカでさえ絶句する絶技。
 もう兎喜子を遮るものは無かった。
 暴風の様にゴールラインを突き抜けた兎喜子は最後の最後でバランスを崩し、転がりながら東京タワーに激突した。

「ぎゃふん!」

 痛みは無いが、衝撃はあるのがフルダイブだ。
 一瞬だけ目を回した兎喜子だが、慌てて顔を上げる。

「ど、どう!? 勝った!?」

 兎喜子の問いに反応はない。
 全く更新されない視聴者のコメント欄と、硬直して動かない山猫花魁に不安を覚える兎喜子だったが――
 次の瞬間。

 東京全域が激震した。

『は……はあああああああああああ!!?』

「ひぇ……!?」

『渋谷から東京タワーまでを72秒で走破だとぉ!?』
『日本レコードタイムと2秒しか変わらねえ!!』
『じゃあ何!? スペシャルガジェットの妨害が無かったらレコードタイムが出たかもしれないってこと!?』
『こちら検証班! チートは確認されず! 繰り返す! チートは確認されず!』
『スプリングって極めればここまで速度が出るのか!?』
『とんでもない新人が現れた!!』 

 次々とコメントが溢れ、とてもではないが目で追えない。
 兎喜子は褒められてるのかどうかすらわからず、アワアワと戸惑っている。
 そんな兎喜子の隣に、山猫花魁の三人がワープしてきた。
 神妙な顔をする三人だったが、諦めたように小さく笑い、右手を差し出す。

「……おめでとう後輩。完敗だニャン」
「は、はい! 対戦ありがとうございます!」
「流石はアルカが選んだ新人だニャン」
「うう……! 初心者に負けてもフォロワーに見放されたくないニャン!」

『バカヤロー! 今さら見放すか!』
『何年の付き合いだと思ってるんだよ!』
『生放送で酔い潰れた日も、煙草で嗄れた喉で歌った日も、大会で初心者に舐めプして負けた日も、ワシら応援し続けたじゃないか!』

「後輩の前で恥ログ公開するのガチで止めろやニャン!!」
(わ、わあ……! 何て訓練されたファンなんだ……!)

 八年のキャリアは伊達ではない。山猫花魁のフォロワーは固い絆で結ばれている。初心者に完敗した程度では彼らの心は離れないようだ。
 しかしそれとは別に、兎喜子のプレイに感動したというコメントもかなり流れている。
 彼女は何者なのか、本当に初心者なのか、そのスキルは何処で得たのか……視聴者の好奇心は尽きない。

(そろそろかな?)

 東京タワーの上から飛び降りたアルカが、兎喜子の隣に立つ。
 アルカの口元には余所行き用の笑みではなく、小悪魔全開の怪しい笑みが刻まれていた。
 思わず身震いした兎喜子の手を掴みとり、視聴者のカメラを強制的にフォーカスさせる。

「見事なプレイングで勝利をもぎ取ったのは、新人の灰兎(仮)! 彼女が何者なのか、どうしてこのタイミングでデビューなのか……みんな、気になるよね?」

『なるなる!』
『スプリングの爆速スタートの仕組み教えて!』
『あれだけの腕があるのにオンボロ着ぐるみでデビューしていいの!?』

「うんうん、それも気になるよね。アンティークにしても限界あるし。耳の付け根とか千切れそうだし。だけどこれには理由があるの」

『理由?』

「彼女は悪い魔法使いの手によって、無理やりこの姿に変えられてしまったの。彼女の呪いを解くには、数々の実績を積み、フォロワーを集めなければいけないの」
(あ、そういう設定で行くんだ)

 バーチャルアイドルには多かれ少なかれキャラクターのバックボーンがある。新興宗教の教祖だったり、亡国の姫だったり、飲んだくれだったり、それこそ様々な設定や背景を用意する。

「私と彼女は無二の親友。彼女を見捨てるわけにはいかない! 悪い魔法使いに立ち向かう為に――日輪アルカは灰兎(仮)とユニットを組んで、ニューアイドルセレクションに挑みます!!」

 疲労で脳が停止しそうになっていた兎喜子だったが、アルカのその宣言で一気に脳細胞が覚醒した。
 ニューアイドルセレクション――それはその年にデビューした新人アイドルの中でトップを選ぶ登竜門だ。
 新人賞の中でも百年の歴史と伝統を持ち、審査は苛烈を極め、該当者が一人も出ない年も珍しくない。
 今まで出場の意思を表明していなかった日輪アルカが、遂に出場宣言をしたのだ。

『お……おおおおおおおおおお!!!』
『ニューアイドルセレクションにアルカが出るぞ!!』
『アルカの相棒だったのか!?』
『ってか今から登録して間に合う!?』

「その辺も含めて、続報を待て! 今日はこれにて終了! ばいばーい♪」

 突然始まった生放送は、突然終わりを告げた。
 アルカのニューアイドルセレクション出場の宣言はネットの海を瞬く間に駆け巡り、翌日には一面の記事を独占した。
 二匹の兎の、新たな挑戦の始まりだった。

          *

 だが――問題は生放送の直後。
 社長室で起きた。

「……どういうことか説明しろ」
(ひぇ……)

 兎喜子は震えながら、デスクに座る強面の男性を見る。
 顔に負った大きな傷。
 絶対零度を思わせる鋭い双貌。
 物を言わさぬ圧倒的な威圧感。
 堅気のものとは到底思えない彼こそ、コズミックプロダクションの創始者・青春院社長だった。

(エリカの嘘つき! 全然優しそうじゃない! 全然青春の院じゃない!)

 睨まれるだけで心肺が緊縮する。今すぐにでも逃げ出したいが、エリカの案に乗っかった責任は兎喜子にもある。全てをエリカに押し付けられるほど薄情にはなれない。
 震え上がって真っ青な兎喜子を庇うように、エリカが一歩前に出る。

「先に社長へ話を通そうとはしたんです。けど先輩たちに絡まれたので、先にそちらの対処をしました」
「それは聞いている。絡んで申し訳なかったと、彼女たちから謝罪も来ている。……私が説明を求めているのは、隣の彼女のことだ」

 険しい双眸が兎喜子を睨む。
 震える兎と怒れる獅子の構図によく似ていたが、ここで退いては八つ裂きにされるだけ。
 同じように一歩前に出た兎喜子は、深くお辞儀をした。

「初めまして。望月兎喜子といいます」
「そうか。君はエリカとどういう関係だ?」
「っ……せ、生徒と教師の関係です」

 こればかりは隠し通せるものではないと腹をくくる。
 青春院社長の双眸が更に厳しくなる。

「私の記憶では、公職は副職を許されないはずだが?」
「い、いえ! お金を貰わなければバーチャルアイドルとして活動することは出来ます!」
「今日の生放送は宣伝させてもらう立場だったので、当然ですがギャランティは発生しません」

 エリカの助け舟にホッとする。掃除屋の副業のことは伏せたままで話を進めた方がよさそうだ。
 大きく溜息を吐いた青春院社長は、背もたれに身を預け首を横に振る。

「エリカ。我が社はアイドルのセルフプロデュースを重んじている。しかし何事にも限度はある。契約もまだしていない相手とユニット宣言をするのは、些か早計だったのではないか?」
「局長と部長が私の要望を無視したアイドルとユニットを組ませようとしていたのは知っています。多少強引な手段を使わないと日輪アルカを守り切れないと判断しました」
「……そうか。ならば聞き方を変えよう。
 お前は、俺のことも信用してないのか?」

 エリカは虚を突かれたように口をつぐんだ。ここまでエリカを全面支援してきたのは青春院社長だ。彼を信用していないなど、口が裂けても言えない。

「……それは………」
「俺はこう言ったはずだ。
〝アルカのパートナーに見合うアイドルを必ず連れてくる。局長たちのことは無視していい〟と。お前はそれを承諾したな?」
「……はい」
「俺が同じように相談もなく他のアイドルと契約すれば、お前も俺のことが信用できなくなっていただろう。お前が今回したことは局長たちと同じ行為だという自覚を持て」
「……はい。申し訳ありませんでした」

 素直に謝罪するエリカ。兎喜子も続いて頭を下げる。
 それを禊と判断したのだろう。
 表情を和らげた青春院社長はエリカの用意した兎喜子のプロフィールデータと対戦データに視線を移す。

「さて、それでは本題だが……兎喜子君」
「は、はい!」
「山猫花魁を一蹴した君の実力は見事だった。素晴らしかったよ」
「ありがとうございます!」
「しかし君も知っているとは思うが、日輪アルカは歌唱・話術・ゲームテクニックの全てがハイレベルであることを売りにしている。そのパートナーとなれば当然、ハイレベルなアイドルを要求される」

 ゴクリ、と生唾を呑む兎喜子。彼女は今、トップアイドルである日輪アルカとユニットを組む覚悟を問われている。

「私からの要求は一つ。
 この場で実力を示せ」

「こ、ここで!?」
「そうだ。歌唱力か話術、いずれかで証明しろ。方法は任せる」

 この無茶ぶりに兎喜子は「この人、間違いなくアルカの上司だ!」と叫びたくなったが、ここまで来て逃げ出すわけにもいかない。
 吉祥エリカは言った。
『今日までの努力が試される日が来た』と。
 それはこの社長との面談の事だったのだ。
 ならば披露すべきは歌唱力。
 今後の活動方針と希望を伝えるためにも歌を披露するのは必須だ。

(で、でも何を歌う!? 流行りの曲!? 好きな二十一世紀の歌!? い、いっそのことマライア・キャリーとか!?)

 緊張で混乱する兎喜子。
 一世一代の勝負所でガチガチに緊張してしまうのは性根がラビットハートだからだろう。肝心な時に獣に成れないのが彼女の弱さだ。
 見かねたエリカは兎喜子の背中を叩いて笑う。

「大丈夫だよ先生。難しい曲を選ばなくてもいい。昨日の授業で歌った曲とかいいんじゃない?」
「き、昨日の授業……課題曲のこと?」
「うん。歌唱力を試したいだけだから気楽に歌って」
「難曲を歌ってくれても構わんが?」
「もうー! 社長も意地悪しない!」

 二人の気軽なやり取りを見て緊張がほぐれる。或いはそのために軽口を開いたのかもしれない。
 課題曲なら授業で何度も歌っているし、人前で聞かせることにも慣れている。ミスすることもない。悪くないチョイスだ。

 兎喜子は大きく深呼吸して瞳を閉じる。
 喉を開き、胸を満たし、声を震わせた。

「〝Sing a Song of sixpence6ペンスの唄を歌おう
  A pocket full of ryeポケットにはライ麦がいっぱい
  Four and twenty blackbirds24羽の黒ツグミ
  Baked in a pieパイの中で焼き込められた~♫〟」

(ほう……イギリスの童謡か)

 兎喜子が選んだのは十八世紀の童謡――〝6ペンスの唄〟だ。
 現代にも残る童謡の中でも最も有名な曲の一つに数えられるだろう。
 軽快で子供にも大人にも親しまれ、家事をしながら鼻歌交じりに歌う女性も海外では多い。
 楽しそうに、今にも踊りだしそうな歌声で、兎喜子は童謡を表現する。

「〝When the pie was openedパイを開けたらそのときに
  The birds began to sing歌い始めた小鳥たち
  Was not that a dainty dishなんて見事なこの料理
  To set before the king王様いかがなものでしょう?♬〟

(綺麗なソプラノだ。英語の歌詞でも抑揚をハッキリつけて表現力もある。アマチュアとは思えない)
(やっぱり先生、英語の発音も上手いな。洋楽好きなのかな? 私も好きだぞ)

 子供にも聞き取りやすいようにハッキリとした発音の英語で歌う兎喜子。
 童謡は歌詞の表現力もそうだが、〝どのような状況で親しまれ、歌われているきたのか〟も重要だ。
 古くから、童謡は親から子供に歌い聞かせることで語り継がれてきた。
 六百年も以前の歌でありながら存在が途絶えずに伝わったのは、何気ない幸せな日々の中で受け継がれてきた文化があるからこそ。
 それは仮想世界が全盛となった二十三世紀でも、決して変わることのない家庭の色彩。
 兎喜子の歌の背景には、パイを焼き、洗濯物を干しながら、童謡を口ずさむ母親と子供たちがありありと見えた。

「〝The maid was in the gardenメイドは庭で
  Hanging out the clothes洗濯物を干し
  There came a little blackbird黒ツグミが飛んできて
  And snapped off her noseメイドの鼻をついばんだ!〟」

「よろしい、十分だ」

 青春院社長がストップをかける。
 兎喜子は歌い終わるや否や不安で顔面蒼白になっていたが、隣に立つエリカは満面の笑みだ。
 兎喜子のプロフィールデータと睨めっこしていた青春社長は、何か思い出したように笑う。

「どこかで聞いたことがあると思ったが……そうか、思い出した。君は井之頭の歌姫だな?」
「うぉへあ!? な、何ですかそれ!?」
「毎朝七時に井之頭公園の隅でボイトレをしていただろう? その裏側がコズプロの寮でね。私も一度聞いたことがあった。寮に住む者には有名らしいじゃないか」

 兎喜子は恥ずかしさで真っ赤になった。何時も兎喜子は井之頭公園の定位置で発声練習とボイトレ、そしてその日の気分に合わせた曲を歌っていた。
 井之頭公園では早朝から管楽器やギターを持ち込んで曲を披露する人もいるので、兎喜子も同じように歌ってもバレないだろうと思っていた。
 それがまさか、裏側にコズプロの寮があったとは。
 完全に油断していた。世の中の狭さに震えてしまう。

「どこかの事務所に所属しているものと思っていたが……まさかアマチュアだったとは」
「す、すいません……」
「謝ることはない。君の実力は見させてもらった」

 生唾を呑んで合否を待つ。
 一瞬が何百倍にも引き延ばされ、鼓動の音が太鼓の様に響く。
 デスクの上で両腕を組んだ青春院社長は今までの厳しい視線ではなく、新天地の開拓に挑む挑戦者のように瞳をギラらつかせた。

「ゲームテクニックに加えて歌唱力もある。トークについてはこれから学んでもらえればいい。アルカのパートナーとしてこれ以上の逸材はない。
 ……改めて私から言わせて欲しい。

 その才能、コズミックプロダクションで輝かせてはみないか?」

 今度こそ、胸が張り裂けそうになるくらい熱い思いと涙が込み上げてきた。ゲームで勝利した時も、アルカに誘われた時も、ここまでの感動は無かった。

 働いて、働いて、働いて、家族のために働いて。
 己を殺し、家族のために働く日々の中で、どうしても諦めきれなかった夢。

 どんな形でもいい。
 ほんのささやかな彩りでいい。
 何時か誰かに、望月兎喜子の歌を聴いて欲しかった。

 その夢の扉が今、想像もしていなかった形で兎喜子の前で開かれた。人生の向かい風の中、努力し続けた兎喜子の歌が、最後の扉を開いてくれた。
 感極まり零れ落ちる涙を抑えきれないまま、兎喜子は嗚咽交じりに頷く。

「はい……!!!
 よろしくお願いします……!!!」

 望月兎喜子の運命の分岐点。
 八年もの長き歳月が報われた日。
 涙と共に、何度も何度も頷きながら……兎喜子は喜びを胸に刻みつけた。
 今日という奇跡を、彼女は生涯忘れないだろう。



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