創作大賞2023【スターライト・ザ・ウサギ!】第一章・イラストストーリー部門

※こちらの作品はnote公式の創作大賞2023・イラストストーリー部門の投稿作になります。お題イラストは↓のリンクでご確認ください。

       ー あらすじ ー

 公務員である教師は、副業が許されない。
 それは仮想世界が全盛となった二十三世紀でも同じであり、公職に特権が与えられてからはなおさら許されない罪となった。
 副業がバレれば職を失い、ネットの荒波に晒され、二度と社会復帰出来ないほど叩かれる。
 その副業がバレた彼女――望月もちづき兎喜子ときこは覚悟した。

(殺るっきゃない……!)

 命までは奪わない。ただ少女に紐づけされた情報を破壊する。
 ウイルスを銃に込め、不敵に笑う少女を睨む。
 銃口を向けようとした、その時。

「私と一緒に……バーチャルアイドルで、天下を取らない?」

 それはまさに小悪魔の囁き。
 二十八歳独身教師を、華麗なる転身に導く誘いだった。


ー 本編 ー

 第一章 脱兎の如く

 公務員である教師は、副業が許されない。

 それは仮想世界バーチャル・リアリティが全盛となった二十三世紀でも同じであり、公職に特権が与えられてからはなおさら許されない罪となった。
 副業がバレれば職を失い、ネットの荒波に晒され、二度と社会復帰出来ないほど叩かれる。
 それが現実だ。
 普通ならそんな危ない橋を渡ろうとする者はいないのだが……

(だからといって……音楽教師の稼ぎじゃ、家族全員を養えないしなあ)

 両親不在の七人姉弟を養う彼女――二十八歳独身・高校音楽教師の望月もちづき 兎喜子ときこは、ビルの屋上で大きくため息を吐く。
 文明が進めば進むほど教育競争は過熱する一方で、一度でも社会で失敗すれば二度と上を目指して這い上がることは許されない。
 今の兎喜子はまさにその典型だ。
 音大で学んだことを生かせず、アーティストとして何一つ世に足跡を残せないまま、安定した給料に喰い付いた兎喜子。
 教師を目指して教師になったわけではない彼女は、人生の落伍者と呼ばれるにふさわしい。

(……っと、駄目駄目。ネガティブ禁止! 今は仕事に集中しないと!)

 眩く輝くネオンライトに照らされる仮想都市・第三東京。
 国営の仮想世界で活動する時、プレイヤーは配布されたアバターを使う。
 金があればプロの造型師に依頼して造るのだが、兎喜子にそんな余裕はない。
 兎喜子が使うアバターは、使い古したボロボロの灰色兎の着ぐるみ。
 これ一着だけ。
 この一着だけで、既に八年も働いている。
 仮想世界にまで経年劣化を導入するのはリアリティを求める日本人ならではというか、無駄なこだわりというか、商業的新陳代謝を促すための黒い事情というか。
 使い始めたころの愛らしさは微塵も残ってない。

 ボロボロの兎型アバターを操る兎喜子は両足に付いたスプリングガジェットを巧みに操り、電子の海を飛び回る。
 現実の東京を模して造られているこの仮想都市では、連日連夜パレードが行われ、様々な催し物が展開されている。
 ハロウィンが近いこともあり、今夜は仮装パレードが行われていた。

(アクセス超過指数239%。これだけ馬鹿騒ぎをしていたらダストデータもかなりのものでしょうね)

 夜になると人口の約二割が娯楽を求めて国営仮想世界にログインしてくる。
 昼は働き、夜は寝ながら仮想世界で享楽に耽る。
 これが現代のライフスタイル。
 しかしそれだけの人数が集まれば当然、サーバーも重くなり、不要なダストデータも多くなる。
 そのダストデータを拾い集めて削除するのが、彼女の副業だった。

「お、早速発見。結構デカいわね」

 ビルの隙間をスプリングで跳び、一瞬で距離を詰める。
 この商売は歩合制の成果主義。一円でも多くもらう為には、他のプレイヤーにダストデータを拾われるわけにはいかない。
 速く、速く、影も踏まさぬ速度で最大加速。
 月夜を飛び交う灰の兎は、ノイズにまみれたダストデータの真上に跳ぶと、伸縮性と粘着性を持つスパイダーマフラーを勢いよく伸ばす。
 マフラーの先端でダストデータを掴み、その手に引き寄せた。

「よっしゃゲット! これでノルマの三倍達成! 今日はカップ麺に卵入れちゃお♪」

 空中で三回転しながらガッツポーズ。
 夜空を彩る花火が上がったのは、その時だった。

『レディィィース・アンド・ジェントルメェン!!
 来週は遂にジャパンゲームズランキングマッチ!!
 挑戦者は流星の様に現れた超新星!!
 バーチャルアイドル事務所出身・日輪アルカだァ!!』

 そのニュースに、兎喜子はギョッとした。

「え、嘘!? もうアルカがランクマッチに出るの!?」

 空中に出現したディスプレイを見上げる。
 映し出されたのは、金の髪を靡かせるバニー型アバター。
 愛嬌のある深緑の瞳。
 自信に満ち溢れた笑顔。
 カメラを常に意識したポージング。
 彼女のアバターがウインクした瞬間、実況席のコメント欄が爆発した。

『キタ! キタ! 日輪アルカがキタ!!』
『デビューから四カ月でナンバーズに挑戦かよ!?』
『対戦相手はセキュリティ会社の大看板・日本№6の大五郎丸!!』

「うーーーわーーーマジですか!? 早くもジャパンナンバーズに挑戦ですか!!」

 兎喜子はウサ耳を前後に揺らしながら歓喜の声を上げる。
 今やメインカルチャーの一つとして日本を席巻するバーチャルアイドル界の超新星・日輪アルカ。
 バーチャルアイドルの文化は二十一世紀初頭には存在しており、その時で既に二万人もの人口が存在していたと記録されている。
 二十三世紀現在の人口はその百倍。
 二百万人ものバーチャルアイドルが鎬を削る大戦国時代。
 多くのバーチャルアイドルが大成する夢を見ては、年間三万人も泡沫のように消えていく。
 そんな死屍累々の業界の中で、燦然と輝きを放つように現れた少女。
 それが日輪アルカだ。
 アナウンサーは九官鳥のアバターで熱っぽく語る。

『既に多くの方がご存知の様に、彼女のデビューは四カ月前!!
 戦績不問の無差別級ジャパンカップに出場し、無名ながらも次々と上位ランカーたちを打ち破り、第二位の表彰に輝いたことは誰もが知るところ!!
 十六歳という若さからは考えられないテクニカルなプレイの数々と小悪魔なトークを披露した後、バーチャルアイドルとして堂々のデビュー!
 歌って善し、話して善し、戦って善し!
 全てが高レベルのジェネラリストアイドルとして飛躍する彼女を、ナンバーズが迎え撃つ!』

 唾を飛ばしながら熱烈な解説を飛ばす九官鳥の言葉に、兎喜子も熱く頷いて返す。
 何を隠そう、兎喜子の最推しアイドルもこの日輪アルカだった。
 歌唱力・話術・ゲームテクニックは今も昔もバーチャルアイドルの三種の神器だが、その全てを備える者は少ない。
 特に仮想世界が広く浸透しプレイヤー人口が爆発的に増えたこの二十三世紀において、テクニックで魅せるアイドルは絶滅危惧種と言ってもいい。
 しかもアルカは無差別級の大会――オールジャンルのゲームで競い合う大会で、華々しいデビューと実績を残してみせた。
 FPS、レーシング、格ゲー、ストラテジー、なんでもござれ。
 つまり日輪アルカは全局面アイドルでありオールジャンルプレイヤー。
 仮想世界全盛のこの時代に選ばれた少女なのだ。

「はあ~……凄いなあ……私が十六歳の時なんて何やってたっけな……」

 ビルの屋上の端っこに座り、物思いに耽る。
 同じ兎型なのに……日輪アルカと望月兎喜子は天と地ほどの差がある。
 日輪アルカはその名の如く、時代を照らす為に現れた太陽の子。
 かたや望月兎喜子は冴えない音楽教師で、夜はゴミ拾いで生計を立てる灰かぶり兎。

「はは……比較にもならないわ……」

 はあ、と溜息を吐く。

(とはいえ、最推しのアイドルが急成長を遂げるのは嬉しい。アルカは第一試合からずっと推してきたんだもの。今は素直に喜びましょ)

 推し活は貧乏教師の数少ない歓び。生きる糧と言ってもいい。
 アルカのような時代に選ばれた才女を最古参ファンとして応援できるなら、これほど喜ばしいことは無い。
 兎喜子のささやかな喜びはそれだけ。
 ……たったそれだけで、良かったのに。

「そこの兎さん。随分と年季が入ってますね?」

 ……へ? と、間の抜けた声を上げる。
 兎喜子が振り返るよりも先に、声の主は歩み寄ってくる。
 プラチナブロンドの御髪を靡かせながら顔を覗き込むその少女は、日輪の如き笑顔を見せた。

「お隣よろし? 仮装パレードに来てたんだけど、パパラッチに見つかりまして」

 距離を感じさせない柔らかな仕草。
 人を惹きつけてやまない笑顔。
 透き通る甘いウィスパーボイス。

 見間違えるはずがない。聞き間違えるはずがない。
 今をときめくスーパーニューアイドル……日輪アルカが、冴えないボロ兎に笑いかけてきた。

(うわ!? うわ!? うわ!?? 近くで見ると三倍綺麗!! アバターの作り込み凄い!! ってか声綺麗!! 未加工でこの声って国宝か!? 国宝なのか!? いくら払えばいいですか!?)

 唐突に押し寄せる最推しの情報量にパニックを起こす兎喜子。
 アルカはそんな兎喜子の心情など露知らず、ボロボロの兎耳を触って距離を詰める。

「この兎型アバター可愛いね。随分と古そうだけど、アンティークとして使ってる感じ?」
「あ……お……!?」
「お?」
「おんぎゃわああああああああ!?」

 変な声が出た。
 そして脱兎の如く大脱走。
 押し寄せる最推しの情報量に堪え切れなくなった兎喜子は、スプリングガジェットをフル稼働して飛び離れた。

「あ、コラ待て!!」

 逃げる灰兎を追うアルカ。特に追う理由はなかったが、逃げられれば追いたくなるのが本能だ。
 二匹の兎が、ネオンライトで照らされる東京のビルディングを飛び交う。
 眼下で仮装パレードに興じている若者たちがその軌跡を見つけても、ただの流星にしか見えなかっただろう。
 すぐに捕まえるつもりだったアルカだが、七つ目のビルディングを飛び越えた時、異常に気が付く。

(嘘……!? この私が全然追いつけない!?)

 先述したが、日輪アルカはトップクラスのオールラウンドゲーマーだ。障害物を超えて走るスパルタンレースだって例に漏れず得意分野。その実力はトップゲーマーと比べても遜色はない。
 そのアルカが、目の前の灰兎に追いつけない。
 互いに汎用型ガジェットしか使っていない五分の状況だというのに、突き放されないので精一杯だ。

「ちょ、ちょっと待て! 待てったら!!」
「おんぎゃわあ!! おんぎゃわわ!?」
「くそう、せめて人語で話せ!」

 青筋を立てながら叫ぶアルカだが、言語野を失った兎喜子には通用しない。だが仕方ないだろう。
 最推しとプライベートで一対一なんて、まともな思考回路でいられるはずがない。
 知能指数は低下、脳内シナプスは混戦、触れたいと逃げたいの二律背反が大暴走。
 結果、兎は獣になる!!!

「おぎゃわああああああああ!!!」

 結局……一〇分以上続いた二匹の兎の競走は、灰兎が強制ログアウトしたことで幕を閉じるのだった。

          *

 ――そして、翌日。

(しまった……! 何度思い返しても、人生最大のチャンスだったのでは!?)

 早朝のランニングとボイトレを終え、洗面台の前で後悔する兎喜子。
 バーチャルアイドルがプライベートを過ごす時に仕事用のアバターを使うことは滅多にない。というか皆無。トップアイドルなら0%だ。
 しかし日輪アルカの美声――唯一無二のスーパーウィスパーボイスを聞き違えるはずがない。
 音大出身の誇りにかけて、あれは本物の日輪アルカだ。

(有名になってきた自覚がまだ無くて、ネットリテラシーとか甘いのかな……まだ16歳だものね……ふふ、初々しいなあ)

 スーパーアイドルも人の子なのだと安心する。むしろ推せる。
 それに比べて――

『おんぎゃわあああああ!!!』

「………」

 ふっ……と遠い目をする。
 最推しに醜態を晒した挙句、謎の奇声を上げて獣化。
 ああ、天国のお父さんとお母さん。
 兎喜子はめでたく身も心も獣になりました。

 ぶっちゃけ死にたい。

「はあ……何時までも沈んでられない。学校に繋がなきゃ」

 自室に戻り、座椅子型のBCI――ブレイン・サイバー・インターフェイスに腰かける。
 座席に座るたびに、旧型の仰々しい機械だと気が滅入る。

 二〇世紀のサブカルチャーには脳を機械化した電脳を題材にしたサイバーパンクの作品が多くあったらしいが、現実には脳波を読み取るBluetoothが二十一世紀初頭には既に出現しており、二十三世紀には街中でリアルとサイバー空間を融合させた複合現実ミクスト・リアリティを楽しめるようになった。電脳の開発よりも、脳波に合わせたインターフェイスを開発したほうが効率てきだったわけだ。

(ま、そんな高級品を買うお金がございませんけどね)

 問題は、望月家のBCIが骨董品のような座椅子型という点。
 高校のサーバーに接続すると8時間はその態勢で拘束されるため、座ったままだと身体に悪いのは言うまでもない。
 切断と同時に襲われる腰痛は、二十八歳には辛い現実だ。

(あ、しまった。昨日のダストデータの消去を忘れてた)

 仕事用のフォルダを開いてダストデータを閲覧する。
 すると兎喜子のファイヤーウォールが反応した。

「げ、ナニコレ。情報バンクを爆破するウイルスじゃない!」

 ダストデータだと思っていたデータは、脳波に紐づけられた外付けの情報バンクを丸っと白紙にするウイルスだった。
 ウィルスに感染すればネット上の情報保存サービスや、外付けのハードディスクも丸ごとジャンクになるという恐ろしい代物だ。

「危ないわねー! 公職の特級ファイヤーウォールが無かったら私もやられてたじゃない! こんなものはとっとと削除……って情報強度高!!」

 とてもではないが市販のウィルスバスターでは対処できない。
 こんな危険物が路上に落ちているから、兎喜子のように人力で作業を行う掃除屋が必要になるのだろう。

「駄目だ、手が出せない。帰ってから市役所に提出しよう」

 気を取り直して、学校のサーバーにアクセスする。

(教師IDの認証終了。アクセス開始、と)

 意識が仮想世界を飛翔する。
 脳波の明晰夢を見せる電気信号がBluetoothにリンクし、仮想世界へとフルダイブさせていく。

 教育現場の主戦場は仮想世界に移行しており、日本の八割の学校はネットワーク上に存在している。 
 肉体の伴わない教育は情操教育にも悪いなどの反対意見の多かったサイバースクールだが、日本全土の小中学生が同じレベルの教育を受けられるようになり、結果として教育格差がなくなり、更にはいじめの可視化・撲滅といったプラスになる部分が多く確認され、現在のサイバースクールが主流となっていった。
 つまるところ、教育現場に求められていたのはソーシャルディスタンスというわけだ。
 学校にログインして校門に立つと、同じく登校してきた女子生徒に挨拶される。

「あ、トッキーおはよう~!」
「おはよう」
「相変わらず美人だね~」
「その容姿で音楽教師とか宝の持ち腐れ過ぎて笑える!」

 キャッキャと甲高い笑い声を上げて歩き去っていく女子生徒。
 褒めてるのか嫌味なのかわからないのは女子生徒特有のテンションのせいだろう。
 サイバースクールではアバターの使用が認められず、生徒も教師も本人の投影モデルを使用するのが決まりだ。
 教師の服装も専用の地味な白衣が用意され、着用を強いられている。

(容姿……容姿か)

 母親譲りのプラチナブロンドは日本人離れした容姿を際立たせ、幼い頃から大人たちに可愛がられた。

――〝将来はスーパーモデルだね!〟
とか。
――〝いやいやトップアイドルだろう!〟
……とか。

 周囲からおだてられ、その気になって、歌の勉強も頑張って。
 紆余曲折あってこの結末。

(……しがない音楽教師で悪かったわね)

 容姿が良ければ人生薔薇色、デビューもなんでも思いのまま、なんて時代は二世紀も前に終わった。
 一流造型師が造ったアバターは生身のアイドルの人気を遥かに上回る。
 二十三世紀に求められたのは、生花ではなく造花。

 仮想世界による娯楽産業の拡大は現実世界を覆いつくし、あらゆる分野のアーティストは表現の場を仮想世界に移した。
 リアルアイドルとバーチャルアイドルの人気は今や天と地ほどの差がある。アイドルとして本当に必要だったのは、容姿ではなく三種の神器。

 歌唱力、話術、ゲームテクニック。

 それに気が付いて必死にボイストレーニングを頑張っても花開かず、それでも音楽に携わっていたくて無理して音大に進学して……両親が亡くなって、アーティストなんて夢見る余裕も無くなって。
 親の遺産が残っているうちにどうにか教員資格をとって、安心安全の公職に逃げ込んだ。
 七人姉弟を守る為だと、必死に自分に言い聞かせて。

(ま、それもあと少しの辛抱だけどね。あずさたけるは大学卒業して就職だし。そうなったら副業は辞めよ!)

 起きている時間と睡眠時間の両方を勤労に当ててきた兎喜子は、プライベートの時間を持つことが出来なかった。
 姉弟が就職してくれればそれだけ余裕もできる。
 推し活だって本格的に打ち込める。

(そういえば、アルカもプラチナブロンドよね……推しとの共通点と思えば、この髪も悪いことばかりじゃないか)

軽い足取りで校内に入る。
今日も一日、教鞭を振るうとしよう。

          *

「……最悪の一日だわ」

 朝の上機嫌はどこへやら。
 兎喜子はゲッソリと疲れ果てた顔で愚痴を吐き出す。
 今日は学生間の痴情のもつれに嫌というほど振り回された。
 生花より造花の時代と先述したが前言撤回。
 それはアイドルに限ったことで、恋愛対象はやはり生身の人間に限られる。

 生身の姿を晒し合う学校は、人生で最も恋人を見つけやすい場所。社会に出るとアバターで知り合った彼氏彼女が付き合ってからも容姿を騙していた、なんて事件は後を絶たない。
 恋に飢えた男子生徒にとって、兎喜子の容姿は刺激的すぎる。
 今日は四人もの男子が昼休みに、公衆の面前で、同時に告白してきたのだ。

(しかもその中の一人はカースト上位。校内でも人気の爽やか男子。告白を断ったらその子を好きな女子が私に怒鳴りつけて来たと思ったら突然爽やか男子の腕を掴んで告白しだしてそれに触発された他の女子が爽やか男子に告白して爽やか男子が『俺、先生しか見えてないから』とか言い出して全女子の敵意が私に襲い掛かるとかもう無理カオス過ぎて収拾つかないよ助けて私の日輪アルカ!!)

 おんぎゃわぁぁ……と泣きだしたい兎喜子。
 人は極限まで追いつめられると偶像アイドルに救いを求めるもの。それは二十三世紀になっても変わらないのだ。
 騒ぎが大きくなり過ぎたことで兎喜子は校長室に呼び出され、『美人過ぎるって大変ですねえ。身を固めれば生徒も落ち着くのでは?』なんてセクハラまがいのお説教を受けてきたのだ。

(私の経験上、女子生徒の間では私が悪者になってるんだろうな……玉砕したのは女子生徒たちのせいなのに……ふふ……辛い……)

 明日からどんな顔で教鞭を振るえというのだろう。
 すっかり肩を落とした兎喜子はトボトボと廊下を歩く。
 罰として放課後の見回りを命じられ、現在に至る。
 放課後から既に二時間が経ち、校内には生徒も教師も残っていない。部活は別サーバーが用意され、教師の仕事は家に持ち帰られるからだ。
 確認が終わったら学校のサーバーをクローズにするだけ。
 閑散とした校内を確認し終えた、その時。

 ――彼女は、音もなく現れた。

「……まさか、こんなに早くチャンスが来るなんてね」

 ん? と疑問符を浮かべながら振り返る。
 背後に立っていたのは、意味深に笑うツーサイドアップの女子生徒。
 小悪魔コーデの小物とそばかすが特徴的な子だった。

「貴女は……吉祥きっしょうエリカさん?」
「はい」
「どうしたの? 早くログアウトしないと学校が閉まるわよ?」
「わかってます。だけどどうしても、先生と一対一でお話したくて」

 瞳を細めながら笑う吉祥エリカ。
 しかし兎喜子とエリカは今まで一度も接点がなかった。授業でも僅かしか話したことが無い。
 こんな形で話しかけられる理由はないはずだが――もしかして、昼間の告白騒動の件だろうか。

「駄目じゃないですか。先生なのにあんなことしちゃ。
 公職が副職を持ったら、即クビですよ?」

 兎喜子は思考が凍った。
 その秘密だけは、絶対に知られてはいけなかったからだ。

「な……何を言って」
「サイバーダストクリーナー社、ですよね。八年前から勤務していて、三年連続最高実績を叩き出している凄腕の掃除屋さん。七人姉弟を養うために教師と掃除屋の二足草鞋で生きてきた。……あってますよね?」

 厭らしく笑いながら一歩、また一歩と近づくエリカ。

「その努力の甲斐あって、双子の次男次女は来年大学卒業。四つ子たちも高校を卒業できる見込み。女手一つで姉弟全員の生活を支えてきたなんて……ふふ。意外に苦労人で、親近感が湧きました♪」

 兎喜子は完全にパニックに陥った。
 教職は仮想世界における不良学生の強制補導など、幾つかの特権を保有しているため、アンダーグラウンドでは疎まれている。なので副職がバレて炎上、個人情報からなにから調べ上げられてネットで叩かれる事件は少なくない。
 家には回線がパンクするほどの悪戯メールが届き、無実の家族まで晒される――そんな事件がついこの間にあったばかりだ。 

(まずいまずいまずい……! いま私が炎上したら、梓と武の就職にも影響が……!!)

 それだけではない。他の姉弟全員の未来に傷がつく。
 新卒の経歴を容易く調べられるようになった二十三世紀において、身内が炎上するというのは一生もののマイナスだ。
 最悪の場合、家族全員の未来が奪われ、路頭に迷うことになる。
 姉弟七人で夜逃げする未来を思い浮かべた瞬間――兎喜子の脳内は爆発した。

「ひ……人違いですううううう!!!」

 スプリングガジェットを両足に装着し、脱兎の如く逃げた。
 それが悪手であることは考えればすぐに理解できただろうが、今の兎喜子にそんな余裕はない。
 エリカから逃げるというよりは現実から逃げたかった。
 すかさずエリカも両足にスプリングガジェットを装着し、猛スピードで追いかける。

「今日こそ逃がすか!!」

 両者共に残像を生み出すほどの速度で校内を駆ける。
 二人が跳ぶ度に暴風が巻き起こり、教室の窓ガラスが揺れる。
 校舎の出口まで最短ルートで駆け付けた兎喜子は、扉の取手を掴んで愕然とする。

(う、嘘!? 開かない!? なんで!??)

 電子ロックが掛けられて退出できない。
 強制ログアウトすれば学校側に事情説明を求められ、副職がバレるかもしれない。それだけは絶対に避けねば。

「追いついた!!」
「ぎゃぁあ!?」

 一直線に跳びかかって来たエリカを避け、一目散に逃げる兎喜子。
 エリカはスプリングガジェットの限界を超えた瞬間加速に目を見開いて驚いた。

(やっぱりおかしい! スプリングガジェットは跳躍の度に加速していくガジェットだけど、その分、初速は等速のはず! すでに加速してきた私が先生の初速に追いつけないはずがない!)

 しかも最大速度を保ったままでいるには、姿勢制御や体重移動といった様々なプレイヤースキルが求められる。
 それらは一朝一夕で身につく物ではない。
 スプリングガジェットは幅広く使われる汎用ガジェットだが、その初速の遅さ故に、プロのレベルにまで使い込もうとする者はまずいない。
 加速後の操作も緻密なスキルが求められるため、理論値の最大速度を維持するのはジャパンナンバーズでも難しいだろう。

(やっぱり……この先生となら……!)

 一方の兎喜子は次の一手を思いつかないまま、自分の担当する教室に逃げ込んでいた。

(ど、どうする!? どうする!?)

 我を失った結果、スプリングガジェットの操作を誤り、廊下で盛大にずっこけた。兎喜子の投影モデルは左足が傷つき、ストッキングが破れ、これ以上は逃げきれない。
 何か手段はないかと自分のユーザーパネルを開いてフォルダを漁る。
 必死にスクロールしていると、今朝発見したサイバーウイルスに目が留まる。

(そ、そうだ……あの子は私が仕事をしている証拠を隠し持っているはず。どれだけ話し合ってもその証拠がある限り逃れられない……!)

 しかしこのウイルスなら、彼女が保有するデータを丸ごと抹消することができる。
 後は知らぬ存ぜぬを貫き通せば――

「やっと見つけた。もう逃がさないよ、先生」

 息を切らせながら駆け付けたエリカは、教壇の下に隠れた兎喜子に一歩、また一歩と歩み寄る。
 断罪を待つ犯罪者の気分とはまさにこのような状況だろう。
 兎喜子は高鳴る心臓を抑えながら覚悟を決める。

(殺るっきゃない……!)

 立ち上がり、ピストルガジェットを取り出し、銃弾に変えたウイルスを込める。
 今まさに銃口を向けようとした、その時。
 エリカは小悪魔の笑みで囁いた。

「先生さ」
「――っ!?」

「私と一緒に……バーチャルアイドルで、天下を取らない?」

 一瞬の沈黙。
 兎喜子は青ざめたまま、エリカの言葉の意味を理解できずにいた。
 銃を教壇の下に隠したまま硬直する兎喜子と、笑みを浮かべたままのエリカ。
 先に動いたのはエリカのほうだった。

「ああ、そっか。加工した学校用の声じゃわからないよね。
 この声ならわかる・・・・・・・・
 昨夜の灰兎さん?」

 今度こそ兎喜子は絶句し、手にした銃をその場に落とした。
 兎喜子の誇りにかけて、決して聞き間違えないと断言した声。
 天から与えられた唯一無二の……スーパーウィスパーボイス。

「…………………………………………………………………………うそぉ……!?」
「ホントだよ? 兎喜子センセ♪」

 最推しに名前を呼ばれて「おんぎゃわぁ!?」と叫ぶ兎喜子。

 それはまさに小悪魔の囁き。
 二十八歳独身教師を、華麗なる転身に導く誘いだった。



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