連続小説 青年よ念仏を唱えよ 最終話 トランスフォーメーション 変容
宴会場では生贄の準備が整った
だがここは僻地
いまだに割礼の習慣が残っている
そこでボクは何とかここから逃げ出そうとしていた
どうにか出口を見つけ出さなければと
やがて朝になり誰かが部屋の扉を優しくノックする音がした。
そのノックの音でこの高層ビルでの奇怪な夢は突然寸断されここは旅館の客間であるという現実に引き戻された。
若女将が部屋まで私を迎えに来たのだ。
先ほどの夢の高層ビルの出来事にも増してここカリフォルニア旅館はさらに現実離れしているように思えた。
きょうは宴会場で何やら特別な祭典が執り行われるようだ。
ここではその祭典のことを「生贄」と呼ぶ。
私はこの過去の因習を思い起こさせる生贄という言葉に何故か郷愁を感じてしまう。
おもしろい出し物や新しいニュースにはいつも先んじて首を突っ込む方なのだ。よく友人からは好事家と言われることが多いが人前で言われるとあまりいい気分ではない。
「マッコイ!おまえみたいな奴のこと、、なんたっけ?確かディレッタントとか好事家とか言うんだよな!」
好事家とはクリエーティブというよりはマニアックとか無駄なことをする暇人とか趣味人いった感じに思われてしまう。何よりも自分の行動や習慣をディスカウントされてしまうのは気分が悪いものだ。
「生贄」と言っても人を焼いて殺して食べそうな人物はここには全くいないように思える。「生贄」とはおそらく単なる余興なのだろう。
「 しかしちょっと待てよ!
ここは埼玉県、、しかもまだ肥溜の香りのする因習の深い片田舎」
「噂だがあることをふと思い出したぞ!
少し冷静になろう。
さっき見た夢は好奇心にかられ後先も考えずに首を突っ込んでしまう己への警鐘かもしれないのだぞ!」
そして事実!いまだ日本の埼玉県の一部の地域では「割礼」の風習が残っておりそれを「生贄」と呼んでいてひみつの儀式を行うというのを聞いたことがあった。
マッコイは不安を消すことができなかった。
若女将は微笑みながら私に言った。
「きょうの生贄の当選者はあなたですよ。さあ宴会場までご案内いたします。」
私は若女将に案内されるがままに宴会場に到着すると、大きく開けた300畳ほどのスペースに老若男女が音楽に合わせて踊っているではないか。
「ドーピス」という聞いたことあるようなないような4人組の少女たちがステージの上で歌い踊りはじめた。
朝の夢に出て来たのは腹の出た偽郷ひろみだったがここではアイドル4人組。
この目の前の現実は正夢とは言えないものの夢との整合性はあるようだ。
確か久米川ひろしと黒柳田鉄子司会の人気番組「真夜中のヒットスタジオ」で何度か見たことはある沖縄出身の少女グループのようだが歌番組には詳しくはないのでよくわからない。でもやはり普通のアイドルとは明らかに違う。
アイドルにしては明らかに怪し過ぎるし不気味な感じだ。アイドルというよりは亡霊にしか見えないが会場に集まった人々たちには普通のアイドルにしか見えないのだろうか?
彼女らの後ろには鬼火のような怪しげな何かが揺らめいているのが見えた。
アイドル流の決まりきったようなトークが始まった。
「みなさん!
お忙しいところドーピスのライブに集まっていただきありがとうございます」
「私たちはとっても幸せです!」
グループのリーダーのような女の子が笑顔で会場にいる人々に話し続けた。
「さあきょうも生贄に当選された方がここに今来ています。みなさんで祝福しましょう!」
これから歌うのは私たちの新曲で🎵
「ようこそカリフォルニアンナイトナイト」
彼女たちはリズムに合わせて踊りながら歌い始めると、、
歓声が上がった!
「ようこそ!
カリフォルニアンナイト
カリフォルニアンナイトナイト
カリフォルニアンな夜は踊って歌って最高だから恋心も盛り上がっちゃう!
青春は一本道~
人生も一本道~
2度と戻ることのできない片道切符で私たちに出逢ってお願いだから~
もう戻れない
あなたはもう2度と戻れない~
あなたは永遠に戻れない~
さあ、生贄の儀式で新しいあなたの故郷へ戻れる
あなたはもうあの欲望に満ちた狂気の世界には二度と帰れない~あの失望の街には永遠に戻れない、、」
彼女たちは楽しそうに踊りながら歌っている。
しかし何故あの街や世界には戻れないのだろうか?
「生贄」イコール「割礼」
もしこの後行われると言われている割礼を受けたならば本当にもう二度と都内には戻れないということなのだろう。いや都内だけでなく日本社会にも戻れなくなることを意味している。
つまり永遠にここ「カリフォルニア旅館」の住人になってしまうのだ。
この郷愁に満ちた世界に永遠に住み続ける存在に、、
それはある意味で安住の地かもしれない。
確かに居心地がいいかもしれない。
バブル崩壊の失望はもう味合わずに済むのだろう。
そして離婚の孤独や惨めさも感じなくなる。
そして危険もない。
人々はみな優しい。
お金の心配をする必要はない。
料理はどれも美味しい。
ぬるい温泉に気持ちよく浸かり続けるような居心地のよさがある。
しかし未知への不安や恐怖とか、不満がない代わりに無限の可能性へとチャレンジするような若々しさや新鮮なスリルは失われてしまう。
優しさとか郷愁に浸る人生とは本当は哀しい生き方なのかもしれない。
彼女たちはみんなのアンコールに答えて最後の曲を歌い終わるといつの間にかどこかへと消えて行った。
宴会場にいた老若男女がボクの方を笑顔で一斉に振り向いた。
ついに割礼の儀式が始まるのだ。
「ようこそ私たちの世界に
ようこそカリフォルニアへ
毎日ラドン鉱泉に浸かって素敵な毎日
もう会社や学校に行く必要はない
素敵な若女将ともいい仲になれるかも
もっともっと
永遠に永遠に
この温もりの中に
この夢の世界に
ようこそカリフォルニアへ」
大勢の人たちが手に奇妙な形をした金属製の器具を持ちながらニコニコ顔で迫ってくる。
彼らから手術でも受けるのだろうか?
ボクは恐れと抵抗のあまり後方にたじろいだ。
みんなにこやかだが実は洗脳されているのだろう。
それとともに、、
何で恐れてるの?
受け入れてしまえばとっても楽になれるのに、、、ぜんぜん痛くないわよ。
会場に広がる住人たちの持つ怪しい空気感がコトバとなってじわじわと押し寄せて来る。
いや!この声はあくまで自分自身の想像であり単なる思い込みにしか過ぎないのかもしれない。
私は混乱していた。
そう言った類のものといえばネットワークビジネスや新興宗教、自己啓発セミナーの類を思い出す。
しかしそれとも明らかに違う。
あの手のビジネスの裏側にはお金や男女関係に関する下心や意に反したような同意や義理といったものを感じてしまうのだが彼らにはそれがないようにも思える。
若女将もにこやかに佇んでいた。
若女将も含めて多くの人たちには何の裏の顔も持たないように見える。じっくり観察しては見たものの何の疑問も持たない純粋な表情の人々という感じにしか思えない。
ボクは入り口の前にたたずむ若女将を方を振り返った。
迷ったがもう前に進むしかない。
若女将にはお世話になったという思いがあるのも確かなのだが、、、
「すみません由紀子さんいや女将さん!
もっともっとここにはいたいのです、、
それは愛着があるぬいぐるみを抱き続ける子供のようで離れ難いものなのです。
しかし、、
ここは私のいるべき場所ではないような気がしているのです。これから急いで都内に戻ろうと思います。残してある仕事もまだ片づいていませんのでそれが気がかりなのもあるのですが、、」
間を置いて彼は続けた。
「ここは郷愁に満ちた愛着のあるステキな場所です。でも私は先に進まなければなりません。自分はもうさほど若い訳でもないのですが愛着あるぬいぐるみよりも新しい何かを選択したいのです。
たとえ失敗したとしても疲れ果てたとしても、この現実という荒地を旅して行きたいのです。この不思議に満ちた旅館に滞在できたことに感謝いたします」
若女将は対応に困ったように無口だった。
するとラドン鉱泉の中から聞こえてきていた念仏の声が突然止んだ。
老人たちの念仏の声が止むと次第にすべては薄暗く鎮まりかえって行った。
そして鉱泉の中で老人たちに口寄せをしていたイタコが口寄せを終えて浴室から出てきた。
そのイタコの婆さんが背後に持つ曲線美は全くのシュールとしか言いようがない。
まるでメルセデスベンツのボディラインをなぞったような曲線美の背中。
お婆さんは優しかった。
そしてこちらの心を察したかのように優しく微笑みながら私に言った。
「あなたがここで割礼の儀式を受けずにこの旅館を去ったのならもうここに戻りたくとも戻ることは出来ないでしょう」
「でも安心してくださいね。
故郷はいつも心の中にあるものです。
ここのことはすべて忘れてもかまいません。
いいえ、あなたはすべて忘れてしまうでしょう。
私どもは永遠にここの住人なのであなたのいる都内へ遊びに行くこともできません。
あなたの本当の故郷を見つけてくださいね」
イタコの後ろで佇んでいた若女将はしばらく間をおいてから、、
「お母さん私が言いたいことをマッコイさんに伝えてくれてありがとうね」
「マッコイさん、私のお母さんが私の言いたいことをあなたに伝えてくれましたが、この旅館は先代が亡くなってからは母と私で切り盛りしているのです」
マッコイは驚いて言った。
「驚いたなぁ、、若女将さん!
あなた方は親子だったんですね」
「どおりで顔がそっくりなはずだ」
「じゃあ、若女将さん今度はあんたがイタコをやるんだよね」
若女将は恥ずかしげにうなづいた。
イタコの母は頬のシワをゆがめながらうれしそうだった。
するとガードマンは言った
落ち着いて自分の運命を受け入れるのです。テイクアウトは自由ですがもう2度と美味しい唐揚げ定食を食べることはできません
ようこそ カリフォルニア旅館 ここは素敵なところ また来てくださいね
ますますボクはここを離れがたくなってしまった。
離れがたいのも山々だったが涙目になりながらも今そのまま向きを変え薄暗い廊下を走り出さんなければならないのだと悟った。
理由はわからないが未来はここにはないのだから、、。
もう念仏の声は聴こえなくなっていた。
私は来たはずの廊下を足早に戻り戻り出口を探した。しかし迷路のようになっていてなかなか本物の出口が見つからない。どこをどう来たのかすら思い出せない。
いくつものドアノブを汗ばんだ手で回したが鍵がかかっていたりあるいはドアノブ自体がついていなかったり、ドアノブが何の出入り口でもない壁から飛び出しているだけのオブジェのようなもの、中にはドアノブの絵が壁に描かれているだけのものもあり焦っているのが自分でもわかった。
「ドアノブ如きで悩むことなど今までなかったのに、、一体どうすりゃあいいんだよ!」
しかしどうにか迷いながらもカギのかかっていないドアをやっとのことで見つけ出してドアノブを恐る恐る回してみると以外とたやすく錆びついたドアはガガガッ、、と開き夜の涼しげな風と共に肥やしの香りが自分の頬をなぜた。
さほどの日にちは過ぎてはいないはずなのだが懐かしい感覚を覚えた。
今はどこにもない肥やしの香り、、あの子供の頃からの懐かしい香り。肥溜に落っこちて泣いたあの日のことを回想した。
目の前は広々とした駐車場でその先には自分の車が置かれているのが見えた。
だが出口の目の前にはガードマンが立っている。
真面目そうではあるがうだつの上がらなそうな黒縁メガネの中年ガードマン。
別に無理に突破しなくても簡単にすり抜けられそうな雰囲気だった。
彼はまるでゲームに出てくるような決まり文句しか言えない人畜無害な脇役キャラクターのようであり脱出はとても簡単に見えた。
するとガードマンは言った。
「落ち着いて自分の運命を受け入れるのです。
テイクアウトは自由ですが2度と美味しい唐揚げ定食を食べることはできません」
私は彼に言った。
「落ち着いて自分の運命を受け入れるですって? から揚げ定食のことなどよりも早くここを抜け出して自宅に戻りたいのです」
そう言って私はガードマンの脇をすり抜け車へと向かった。
案の定、何を考えているのかわからないこのガードマンも黙って突っ立ったままこちらを眺めているだけだった。
追っては来なかった。
おそらくガードマンはここでのゲームのマニュアル通りに職務を遂行しておけばそれでよかったのだろうし、あの若女将とイタコの母から文句を言われる事もなさそうだし。
「何て無感情な奴なんだ、、一体何を思っているんだろう?、、しかしそんなことはどうでもいい。
ここを抜け出すことが先決なのだから、、」
カリフォルニア旅館の住人や従業員の一同が言うことなすこと曖昧でしかも妙にとぼけていて、誰しも行動が奇妙なのだ。だがみんな優しくてユーモアがあり憎めない連中だ。
彼らのひとりひとりが頭から離れない。
あの草加せんべいの少女は相変わらずせんべいを黙々とたぺ続けているのだろうか?
カウンターにいたあの支配人と名乗る男は夜になるとジョークとユーモアできょうも客を和ませているに違いない。
私は駐車場に置きっぱなしにしてあった車に乗り込むやいなやキーを回すとエンジン音がうなりを上げた。
アクセルを踏み込むと車は確実に旅館の出口に向かって動き始めた。覚えのある感覚とともに安堵感が湧き起こる。
バックミラーを見ると宿の前で若女将がこちらに向かって手を振っていた。
こういうものだと思った。
何の感情もいらない。
こういうものなのだ。
バックミラーの中の若女将がだんだん小さくなって行く。
彼女の表情は読み取れなかった。
私はこの奇妙な宿の駐車場から通りに出ると
車のアクセルを深く踏み込んだ。
私は空気が変わったのを肌で感じ取っていた。
暗く深いジャングルのような冷たい未知の空間に滑り込む。
東北自動車道へ乗ってしまえばすぐに都内なのだが、暗闇が迫って車ごと後ろから飲み込まれるかもしれないという奇妙な感覚に飲み込まれる。
そしてカリフォルニア旅館をこのままうまく離れることができても新たな何者かに別の罠を仕掛けられるのではないだろうかと不安を覚えるのだった。
やがて東北自動車道の岩槻インター入口に差しかかったので私は少し安堵を覚えた。
都内までは近い。
東北自動車道を出たら川口JCTを東京外環自動車道に入って大泉ICで出てカンパチを右折すればまっすぐ、ひとっ走りでもう世田谷だ。
ボクはアクセルをさらに踏みこんだ。
しかし高速に乗ったもののなかなか都内にたどり着けない。ますます遠ざかっていくような気がするのはたまった疲労感からだろうか?
後ろの方から逃れることのできないブラックホールがどこまでも迫って来て少しづつ背後からボクを飲み込み始めるような奇妙な感覚が消えない。
ボクは額から滲み出る汗を感じながらもさらに速度を上げた。速度メーターの針が振り切れる。
エンジン回転はレッドゾーンを超えている。
最高速だ!
車のタイヤから出る軋むような振動、、
からだが緊張し鼓動が高鳴る。
確かに言えることは、、
この道は東北自動車道ではない。
しかし東北自動車道でないのなら一体何なのだ。
何処に向かうのだろう。
そして一体ここは何処なんだろう?
ボクは不安と恐れを打ち消すため
すぐにカーラジオのスイッチをオンにした。
「ザザザ、、、ザザップ、、カモーンー!、、パイレーツ、、ザザザッ、、」
突然途切れ途切れに流れてきたこの放送、、このうるさくて甲高い声はカリフォルニア旅館にたどり着く前に確か聴いたはずだが、
なぜかはるか昔に聴いたように思えてくる。
他の局の放送はどれも全く受信できないのに何故だかこの海賊放送だけ受信してしまう。
あの耳障りな甲高い声が続く、、軽薄な奴め!姿を見たこともないがだいたい想像がつく。喉の浅いところから出てくる音声は彼の人格そのものを表している。
他者への配慮を欠いたような上っ面だけの奴の話など聞きたくもない。
しかしまさに自分の現状とシンクロしているとしか思えないこのトークにはどうしても耳を傾けてしまう。
ほらまた始まったぞ!
「カモーン!パイレーツステーションSAITAMA
こんな夜は70年代の例の曲でも聴いて一緒に郷愁に浸っていよう。
さああなたもカッパ黄桜もう一杯いかが~?
あの頃の曲には郷愁があるんだよね。
、、泣きがあるんだよねぇ」
以前のように彼の軽薄で子供じみた音声が聞こえて来てももう心を乱されることはなかった。
もうボクにとっては郷愁とか過去といったものに対しては全く心が動かなくなっていたのだ。
今までの自分はまるで居心地のいい子宮から産まれ出ることを拒む赤子のようだった。
先ほどまでいたカリフォルニア旅館を脱出してからわずかの時間が過ぎただけだったが心には大きな変化とか不安とかしか言いようのない未知の感覚が押し寄せていた。
今はただ前に進むしかない。
そしてこれは景色というものではない。
車も車窓に見える懐かしい風景の数々もさらに速度を増して形状を失って行き、流れる光の粒子のように暗闇の宇宙空間を光速で過ぎ去ってゆく。
サイケデリックな色彩から生まれ出たモザイクのようなパルスが脳内を飛び交って自分が進んで行く道を作って行く、、何者かに案内されるように。
これからどこに行くのだろうか、、という疑問もだんだんと薄れてきている。どこにも行き着けないというよりは自分の頭と経験では推測がつかない。
すごいスピードで目の前に展開される光景とともにすべての思いが過ぎ去って行く。
日常とは楽しい瞬間も辛い瞬間もやって来る。
ホッとしたり、幸せだったり、バッドだったり、、、。
今となっては酒に呑まれることで自分を誤魔化していたサラリーマン生活もローンをやっと払い終えた世田谷の3LDKも、、心の袋棚のどこかにしまい忘れていた別れた妻も、、カーラジオから聴こえてくるこの海賊放送も、、そして先ほどまでボクがいたカリフォルニア旅館も、何もかもが古くなってつながりを失っていった。
マッコイは目を閉じた。
諸行無常と言うこの世界が持つ本質に押し流されながらも起こってくる全ての印象をまぶたの裏側に写しながら。
この東北自動車道は行き先を変えて空へとつながっているのだろうか?
どこまでも光の道が続きやがて輝く光の粒は金銀の色をした花々へと変容してゆくようだ。
そして時空の向こう側へと遥かな宇宙へとこの道は続いていくのだろう。
すごいスピードだ。
先が見えない。
自分はここにいる、、
ボクはどうでもよくなった。
守るべきものなど何も持ちあわせてはいない。
何が起ころうとも受け入れるしかなかった。
そこでボクは問いかけて見ることにした。
誰でもいい、、
「ここはどこなんでしょうか?
もし誰かがいるのなら教えてください!」
すると答えはやってきた。
おそらくその声は自分の内側からやって来るものだろう。
その声は優しくも力強く、、
ただ一言。
「今ここだ!」
だんだんと私から別のものに変容して行くのだろう。
ならこれが死というものだろうか?
じゃあそれなら死の世界に向かうところなのだろう。
これが死であるという看板はどこにも書かれていないが、何かが始まる、、新しい夜明けがだんだんと近く。
東の空が白み始める。
海賊放送などどうでもよくなっていた。
そして海賊放送のあの声も少しづつ小さくなって行った。
マッコイが最後に微かに聞いたのは、、あの甲高い声、、でも先ほどとは違いトーンも声量も消えそうに弱々しくなって行く。
だんだんとカーラジオからの音も弱まり、例のDJのノリも張りがなくなってきているようだ。
「パイレーツステ、、あれれっ、、
きょう最後の曲は、、何かけりゃいいんだっけな?
こりゃ、、壊れてる。
それともオレがどうかなってきちゃったん
、、、たぶん!」
、、、しばらく間を置いて一息ついて
「そうそう、、思い出したよ!
こんな夜にふさわしいこの曲、、とってもエーグルスで昭和カリフォルニアだ~!」
「ようこそ、、、カリフォルニア旅館
、、、ここは素敵なところ
また来てくださいね~!
なんて、、たぶんもう来れないよね、、」
海賊放送がついに聴こえなくなった。
どこまでも通り過ぎて行く光をくぐり抜けて、、
気がつくと正面にはやっと看板らしきものが見えてきた。
私は驚いた。
「東京外環自動車道大泉IC出口だって、、」
いつの間にか私は川口JCTを外環道に入り都内に戻って来ていたのだった。
いつものようにインターを降りて左折ししばらく行くと環八との交差で右折しさらにまっすぐ行けば世田谷の自宅マンションだ。
いつの間にかいつもの生活に戻っていた。
元の風景
カリフォルニアなどどこにもなかった
もとのままの
何も変わらないただの街並み
僕は赤信号で停車し
信号が変わるのを待っていた。
信号が青に変わる
クラクションの音
車の流れ
タイヤの音は念仏ように
黒いアスファルトに唸り
そこには諸行無常以外は
何も残さない
みんなどれもとっても
転がる石ころのように
過ぎ去っていく風景
ころがっているだけ
ただ
ころがっているだけさ
青年よ念仏を唱えよ
テーマ曲
「昭和カリフォルニア」
作詞 作曲 あとう かずお
原曲 作詞作曲
丼フェルダー
丼ヘンリー
歌 とってもエーグルス
埼玉のハイウェイ
涼しげな風に
肥やしの香り
ほのかに漂い
向こうに見ゆるは
提灯の灯り
私の頭は重く目眩がする
休息が必要だ
お寺の鐘が鳴り
彼女は戸口に立っていた
ボクは問いかける
ここは埼玉かはたまたカリフォルニアか
すると彼女は薄笑いを浮かべ
部屋へと案内した
廊下の向こうからは念仏の声が聞こえる
ようこそ カリフォルニア旅館 ここは辺鄙な場所 まだ牛や馬が歩いている
ここは埼玉県 大字カリフォルニア
佐山茶しかありませんが
おくつろぎくださいませ
ぬるいラドン鉱泉に見ゆる
は素敵な曲線美の背中
イタコのお婆ちゃん口寄せしてください
加齢臭を出して盆踊りを踊るもの
草加煎餅を食べる少女
諸行無常の声が聴こえる
そこでボクは支配人に告げた
おーい!カッパ黄桜を持って来てくれないか? すると彼は言った
もうこの地にはカッパは生息しておりません
Since 1969!
人々が深く眠りについた真夜中でさえ
廊下の向こうからは念仏の声が聴こえる
ようこそ カリフォルニア旅館ここは素敵なところ
変人ばかり
ここは埼玉県大字カリフォルニア
もう終わった場所
思い出ばかり
昭和のリアリティーとアイロニーがほしいなら どうかぜひまたよって見てください
カビ臭い煎餅布団と
茶渋のついた湯飲み茶碗
誰しもがスケベ心から
囚われの身になった人
宴会場では生け贄の準備が整った
だがここは僻地
いまだに割礼の習慣が残っている
そこでボクはどうにかここから逃げ出そうとしていた
どうにか出口を見つけ出さなければならないと
するとガードマンは言った
落ち着いて自分の運命を受け入れるのです テイクアウトは自由ですがもう2度と美味しい唐揚げ定食を食べることはできません
ようこそ カリフォルニア旅館
ここは素敵なところ
また来てくださいね
提供 パイレーツステーションSAITAMA
※イーグルスのホテルカリフォルニアのカラオケでこの歌詞は歌うことができます。
カラオケには歌詞の最後のフレーズは含まれていないことをご了承ください。
そして曲が終わるともう海賊放送は完全に聞こえなくなった。
さよならパイレーツステーションSAITAMA
そしてカリフォルニア旅館
追記
人生とは留まるところのない旅である
終わりがあれば 再び始まりがある
そして行く先は誰もわからない
ただどんな行き先があっても
それは自分があえて好き好んで
選んだに違いない