私の死ぬまで日記 22日目
こんばんは。
今日からオンライン授業が始まった。午前中に起床し諸々の支度を済ませ昼ご飯作り授業を受けた。空きコマには少し昼寝をしたりピアノを弾いたりとても完璧だった。6限まで授業を受け夜ご飯を食べると過食スイッチが入ってしまい過食嘔吐をした。今日はかなり酷かった。正直過食嘔吐のせいで金銭的に本当に余裕が無い。ならやめろよ、と思うがやめられない。取り敢えず明日から22:00以降は過食嘔吐禁止、というルールを作った。そしてトイレには一応「吐いても意味ないよ」という貼り紙を付けてみた。意味はあるのか分からないが、本当に辞めたい。一番痩せていた時より15キロ以上太った。自粛期間に5キロ以上太った。死にたいのに食べたい、生きようとする行為が憎い。いつも思う。
最近午後までは過食嘔吐を堪えられるようになったがその反動でスイッチが入ると止まらない。異常に食べてしまう。食べた罪悪感から吐く。お金もない。何が出来る。何も出来ない。吐いたから気持ち悪い。体力も落ちた。ただただ体重だけが蓄積される。扁桃腺は腫れて顔は四角くなった。
5年以上向き合っている摂食障害が元彼と付き合ったことによってすっと治まっていたのは奇跡だった。私は彼の言葉を信じすぎていた。信じたら全部治ると思ったし幸せになれると思ったしようやく終わりにできるんだと思っていた。「支えてあげるよ」とか「あすぺてゃん(仮)のメンタルが心配だから同棲しよう」とまで言ってきた彼は実際に躁鬱の症状が出て行動してしまった途端に私への好意がなくなりどこか行った。今まで誰とお付き合いしても治らなかった摂食障害。治まってメンタルが落ち着いていたのが嬉しかった。普通にご飯を美味しいと思って食べることがどれだけ幸せか痛感した。あまりに信じすぎてしまってあまりに簡単に治った。こんなにずっと悩んでいたのに。あまりに簡単に治ったからあまりに簡単に再発してしまった。情けない。
私は基本的に自分に自信が異常にない。異常にないから自分の弱い所に漬け込むような発言(これでは語弊が生まれるかもしれないが決して悪い意味で捉えている訳ではない)にとても弱い。漬け込むような発言をされると鵜呑みにしてしまう。純粋すぎるのだと思う。普段あんなに人を警戒して恐れているのに自分の弱い所をつかれると「この人は大丈夫なんだ」と思ってしまう。これは異性も同性も変わりない。とても信じてしまう。だから友人にもとても依存してしまう。私の友人は私のかけて欲しい言葉を必要な時にかけてくれるから。その言葉がきつい時もあるが理由があってキツい言葉をかけてくれている、と思っているから。一人の人間に依存してその人を壊してしまうのが怖いので自分のことを話せる友人を少しずつ増やした。分散して分散して、お互いにストレスのないように頼りたい時に頼って逆に頼って貰えるように頑張ってきた。異性となると少し変わってしまう。深く関わる異性ってどうしても限定されてしまうからとても負担をかけてしまう。人との距離感ってなんでこんなに難しいのだろう。
話は逸れたが、本当に苦しい。泣きながらご飯食べたくない。美味しいって思って食べたい。少しでもご飯を楽しくしようと沢山自炊してる。ご飯を作る行為は楽しいが食べる行為は怖い。過食嘔吐、ほんとに怖い。軽い気持ちでダイエットするべきでない。高校生は体型に気を使う必要は無い。当時の自分に言ってあげたい。「あなたは食べたものを吐かないといけないほど太ってないし醜くないよ」と言ってあげたい。そうしたらきっと過食嘔吐に悩ませられることなんてなかった。私は周りの人の行動や意識や発言に敏感すぎる。もっと自分を持てればいいのに。なんでこんな自信が無いんだろう。やはり努力不足だろうか。絶対に負けない何か、を作るべきだったのだろうか。大学に入るまではそれがピアノ、だった。誰よりもピアノが好きだったし誰よりも練習していたしきっと周りの誰よりも上手だった。今は?そんな人だらけだ。ピアノ以外でなにか作るべきだろうか。やはり勉強?勉強は財産になる?語学を学んでみる?なにか自信を持って一番です、と言えるものが欲しい。
今日も疲れました。明日も生きないといけないなんて絶望。一生起きなければいいのにな。人生側が私の意志に合わせてくれればいいのに。そんなことを嘆いてもどうせ私は生きてしまうし明日は来てしまうので少しでも絶望でない有意義な明日が送れるように寝る努力をします。ほんとに明日が来なければいいな。来てしまったとすれば、少しでも成長や学びや楽しみのある明日でありますように。おやすみ。