J-KISSを基礎から理解する(逐条解説①)~投資契約本体

昨今のシード~シリーズA前くらいのファイナンスでスタンダードとなっているJ-KISS。
ひな形も整備されており、スピーディに資金調達ができる手段として非常に便利なのですが、最近では、既存のひな形から少しアレンジされた内容もよく見るようになってきました。
また、スタンダードな投資手法なので、中身についてきちんと理解せぬままに締結するケースもあるのではないかと思います。

そこで今回は、J-KISSのひな形を分解しながら、見るべきポイントについて分析してみたいと思います!
なお、本記事では、本記事作成時に公開されているひな形をベースにしています。Coralさん、ありがとうございます!!

0.J-KISS≠Convertible note/bond

そもそも、J-KISSは、Convertible noteやConvertible bondとは全くの別物です。

J-KISSは、「新株予約権」=Equity属性であるのに対し、Convertible note/bondは、「借入金/社債」=debt属性であることが、最も大きな違いです。

J-KISSもConvertible note/bondも、どちらも「シード期って、バリュエーション難しいよね」という負を解決するために開発された投資手法といえます(ただ、実務上は、当初付したバリュエーションキャップを元に転換することが多いようで、先送り、という点は大きなメリットではないようです。)。
ですので、一定のタイミングで株式に転換される点は、いずれの手法でも同様です。
Convertible note/bondの場合は、「当初借入金/社債⇒一定のタイミングで株式」という構図ですが、J-KISSの場合は、「当初新株予約権⇒一定のタイミングで株式」という構図になります。

Convertible note/bondの場合の発行会社サイドの問題は、「満期時に返済義務を負う(利息がある場合には、利息も付して)」という点。
また、負債に計上されてしまう点で、例えば事業会社との提携の際に、債務超過で提携できないなどと言われてしまう、というケースもあるようです。

J-KISSの場合は、新株予約権の発行なので、返済義務を負うこともなく、この点でConvertible note/bondよりもスタートアップ側に優しい設計となっています。

1.J-KISS発行の際の投資契約書

上記のとおり、J-KISSは、「一定のタイミング・事由の発生をトリガーとして株式に転換できる新株予約権」です。
そのため、基本的な枠組みは、「新株予約権の発行」として語られています。

J-KISS発行の際に必要とされている「J-KISS型新株予約権投資契約書」ですが、この契約書には、「投資契約書(本体)」、「発行要項(別紙1)」、「行使通知書(別紙2)」がついています。

このうち、投資を受ける際にきちんと確認すべきは、「投資契約書(本体)」と「発行要項(別紙1)」です。

まずは、投資契約書(本体)について、見ていきましょう。

投資契約は、第1章から第5章から成り立っています。
改めて見ると、とてもシンプルですね!
このうち、第1章は定義条項なので、まず第2章以下を見ていき、その中で第1章の定義について振り返ります。

2.「第2章 本新株予約権の割当て等」

第2.1条(本新株予約権の割当及び引受け)

本契約の定めるところに従い、本払込期日において、本投資家は本新株予約権のうち[●]個(以下「引受新株予約権」という。)を引き受け、本新株予約権1個あたり[1,000,000]円を本会社に対し払込み、本会社は引受新株予約権を本投資家に割り当て発行するものとする。

こちらは、投資家に割り当てる新株予約権の数と、それに対して投資家が支払う金額についての規定ですね。

これまで投資家と話してきた内容と間違いがないか、確認しましょう。

第2.2条(クロージング)

1. 本投資家は、本払込期日において、第2.1条に基づき引き受けた引受新株予約権につき払い込むべき金額の全額(以下「本払込金額」という。)を、本会社によって指定される払込取扱場所となる金融機関口座に振込送金する方法により払い込むものとする。

1項は、投資家サイドの「支払い時期」と「支払先」が記載されています。
こちらも、これまで投資家と話してきた内容と間違いがないか、確認しましょう。法的には問題ないです。

2. 本会社は、本払込期日において、前項に定める払込みの後速やかに、本会社の新株予約権原簿に引受新株予約権の発行に係る事項を記録または記載した上、本投資家に対して、会社法第250条第1項に定める新株予約権原簿記載事項証明書を交付するものとする。

2項は、発行会社側の義務として、払込後速やかに「新株予約権原簿」に投資家の名前と、何個発行したかなどを記録して、その記録の証明書を投資家に発行しろ、という義務が課せられています。

これは、会社法上、投資家が新株予約権者であることを会社に主張するために必要な書類(「対抗要件」と言われるものです)であるため、作成が必要とされています。

無事着金すると、それまでの緊張感が達成感に変わり、放心状態になってしまう方もいらっしゃるかと思いますが、実は着金後にもやらなきゃいけないことがあるんだ、ということは頭の片隅に置いていただけるとよいかと思います。

第2.3条(登記手続)

本会社は、本払込期日の後速やかに引受新株予約権の発行について変更登記手続申請をするものとし、本払込期日から30営業日以内に、当該引受新株予約権の発行が反映された本会社の現在事項全部証明書を、本投資家に交付するものとする。

発行会社側の義務として、払込後速やかに、新株予約権の発行について登記を行い、払込期日から30営業日以内に、その登記が反映された登記簿を、投資家に交付することが定められています。

登記に必要な書類も、すでにCoralさんが用意してくださっているので、こちらを使えば難なくクリアできる義務だとは思います。
ただ、若干アレンジされた契約によって登記すべき事項が変わることもありうるかもしれませんし、書面決議で株主総会をクリアする場合には、既存株主からの同意書の取得も必要となります(同意書は登記には必要ありませんが、手続を適法に行うために必要になります)ので、結構時間と手間がかかることもあります。

ですので、新株予約権原簿同様、着金後に気を抜かず、実は着金後にもやらなきゃいけないことがあるんだ(登記しなきゃ。書類集めなきゃ。)、ということは頭の片隅に置いていただけるとよいかと思います。

なお、登記期限は、払込期日(または払込期間で定めた場合には、その満了日)から14日間なので、要注意です!!

第2.4条(本新株予約権の転換)

1. 本投資家が本新株予約権を行使する際は、本会社に対して本行使通知を交付するものとする。なお、本新株予約権の転換に係る条件は、本発行要項の定めに従う。

新株予約権を、株式に転換する場合の手続と、転換の条件について定めていますね。これ自体は問題ないのですが、発行要項は転換の条件になるので、とても重要です。

2. 本会社は、本転換の後可能な限り速やかに、本会社の株主名簿に転換対象株式の発行に係る事項を記載または記録した上、本投資家に対して、転換対象株式を表章する一または複数の株券(本会社が株券発行会社でない場合は、会社法第122条第1項に定める株主名簿記載事項証明書)を発行し交付するものとする。

こちらは、2.2条の新株予約権原簿と同じような内容ですね。
新株予約権を株式に転換したら、その株式についての株主名簿を投資家サイドに交付しなければいけません。
転換の場合には、行使通知と合わせて、株主名簿をください、と投資家サイドから言われると思いますので、そのタイミングで対応されるでもよいかと思います。

3.「第3章 本会社による表明保証」

第3.1条(本会社による表明保証)

本会社は、本投資家に対し、本契約締結日及び本払込期日において、以下の事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。

表明保証とは、一定の時期において、ある事実の有無を保証することです。
ここで嘘の保証をしたり、誤った保証をしたりすると、損害賠償の対象となるので、注意が必要です。
以下では、ひな形に記載されている事項について要約しますが、実際に投資を受ける場合、この表明保証事項に加筆されることが考えられますので、十分に注意が必要です。
なお、このひな形に記載されている表明保証事項は、極めて一般的なものでい、シード期の会社向けと言えます。

(1) 設立及び存続
本会社は、日本法に基づき適法に設立され、有効に存続している株式会社であり、現に従事している事業を行うために必要な全ての権限及び権能を有している。本会社は、その喪失により本会社の事業または資産に対する重大な悪影響が及ぶこととなる事業につき、これを遂行するための適格性を有している。

難しい言葉で書いてありますが、「発行会社は、ちゃんと設立された会社です」ということが書いてあるので、この点は、基本的には特に問題ないでしょう。

(2) 権限
本払込期日において、本会社は、本契約の締結及び履行ならびに本新株予約権の発行に必要な内部手続を全て完了している。本契約は、本契約の他の当事者により締結されることにより、本会社に対して法的拘束力を有することになる。

これは、払込期日時点で、新株予約権の発行に必要な株主総会などが完了していることを保証する規定です。
「契約締結⇒株主総会での承認⇒払込期日」というのが理論上の順序となりますので、株主総会の議事録の日付や同意書・提案書の日付などは、この順序に合わせて作成する必要があります。

(3) 取得勧誘
本投資家による次条に基づく表明及び保証が真実かつ正確であることを前提として、本新株予約権の取得勧誘及び発行に際して、関連する証券法に基づく登録または届出その他の手続を行うことを要しない。本会社及び権限のある代理人は、本新株予約権の取得勧誘及び発行に際して登録または届出その他の手続を行うべきこととなる行為を行っていない。

投資を募る場合に、50名以上に勧誘すると、金融商品取引法上の届出義務が課せられることになるので、お声がけする人の数は、49名以下にとどめておく必要があります。
この項目は、概ねそのことを保証する規定です。

(4) 抵触の不存在
本会社による本契約の締結及び義務の履行ならびに本新株予約権の発行は、本会社の知る限り、(i)本会社の定款その他の社内規程、(ii)司法・行政機関の判決、決定、命令、裁判上の和解、免許、許可、認可その他の判断(以下「司法・行政機関の判断等」という。)、(iii)本会社に適用のある法令等、及び(iv)本会社が当事者となっている契約等に、重要な点において違反するものではない。

今回の新株予約権の発行が、社内の規定や、法令・判決、締結した契約に違反していないことを保証する規定です。
ポイントは、「知る限り」「重要な点において」の限定が付されていることですね。
これによって、会社が認識していなかった法令違反があったとしてもこの保証に違反したことにはならないし、仮に些末な点で違反していたとしても、この保証に違反したことにはならない。
その意味で、スタートアップに優しい設計となっていますね。

(5) 転換対象株式の発行
本転換により転換対象株式が発行され本投資家に交付された際は、転換対象株式は適法かつ有効に発行され、本会社の定款、会社法及び関連する証券法に従った譲渡制限のほかに何らの制限もなく、本投資家による次条に基づく表明及び保証が真実かつ正確であることを前提として、転換対象株式の発行は適用ある有価証券に関する法令に違反しない。

新株予約権の行使によって転換した株式についての保証事項です。
通常、大きく問題となるケースはないかと思いますが、特殊な内容の株式を発行する場合などは、弁護士に相談した方が良いかもしれません。

(6) 知的財産権
本会社は、事業を現在または将来において運営するために必要な、特許権、意匠権、実用新案、商標権、サービスマーク、商号、著作権、営業秘密、ライセンス、ドメインネームその他の財産的価値のある情報及びプロセス(外国法に基づくこれらに相当するもの及びこれらの権利を受ける権利を含む。)を、第三者の有するこれらの権利への抵触や侵害なく保有し、または商業的に合理的な条件によりそれらの権利を獲得することが可能である。

こちらは、会社のサービスに関する知的財産権について、第三者の権利を侵害していないことを確認する規定です。
商標については、特許庁が提供しているJ-Plat Patで調査することができます。類似の商標が見つかった場合には、弁護士や弁理士の先生に確認いただくのがよいでしょう。
また、商標を出願するにあたっては、指定商品役務の区分が重要になるので、費用が許すのであれば、専門家に依頼した方がよいかと思います。
特許については、複雑かつ専門的な知見が必要になるので、弁理士の先生に抵触の有無を確認してもらうのがよいですね。

(7) 訴訟
本会社を当事者とし、または本会社が所有もしくは使用する資産を対象とする訴訟、仲裁、調停、仮差押、差押、保全処分、保全差押、滞納処分、強制執行、仮処分、その他裁判上または行政上の手続(国内外を問わず、以下「訴訟等」という。)は係属しておらず、かつ、本会社の知る限り、かかる訴訟等が本会社に対して提起されるおそれはない。本会社の知る限り、(i)本契約または本新株予約権に基づく取引を妨げ、これに対し重大な変更もしくは延期を生じさせ、または(ii)本会社の事業に対して重大な悪影響を及ぼすことが合理的に予想される、本会社またはその役員に対する司法・行政機関の判断等は存在しない。

こちらは、契約時点・払込時点で、訴訟などの法的手続が会社側で発生していないことを保証する規定です。
「訴訟が提起されるおそれ」は将来のことで不確実なので、「紛争の種は現時点で会社が知る限り、存在しないですよ」ということを保証することになっています。

かなり長くなってしまったので、以後の条文については別のノートに記載したいと思います!





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