吉本騒動に見る、企業不祥事の原因とその予防策に関する一考察
先日、吉本興業所属の芸人2名が謝罪会見を開いたことを受け、今回の吉本騒動を元に、企業不祥事が起きる構造的問題と、それに対する予防策について、本稿で考察してみたい。
1. 一連の吉本騒動の事実経過
以下は、インターネットから収集した情報であり、真偽のほどは定かではないが、本稿では、以下の事実経過を前提として、企業不祥事の構造的問題を紐解いていきたい。
・ 2019年6月、吉本興業所属の芸人1名が、同事務所を通さずに直接出演料を受け取る形での営業活動、通称「闇営業」の依頼を、詐欺グループから受け、それを同事務所の所属タレントにあっせんしていたとして、同事務所との契約を解消された(同事務所のルールでは、「闇営業」は禁止行為とされていた)。
・ 上記の過程において問題視されたのは、2014年12月に都内ホテルで開催された、詐欺グループの忘年会への出席行為であった。この忘年会には、吉本興業所属の複数の芸人が出席していた。
・ このような、事務所と芸人との間のルールによって御法度とされていた「闇営業」を行ったこと、また詐欺グループとのかかわりを持ち、金銭を得ていたことから、「反社会的勢力との関わり」があったとして、吉本興業は、上記出席していた芸人に対し、謹慎処分を下した。
・ 吉本興業と芸人との間のギャラの取り分は、吉本興業9に対し、芸人1と言われている。
これらの事実経過を見ると、本件の根本原因は「闇営業」にあると思われる。
芸人が事務所を通さずに出演を決めた仕事が、たまたま反社会的勢力によるイベントへの出演だったことから、本件のような大きな問題に発展したわけである。
(そもそも事務所を通さない仕事の依頼ということは、何らかの理由により、堂々と事務所に依頼することができない仕事の依頼であろう、という推定が働くのであるが。)
ということは、吉本興業として不祥事と捉えるべきは、芸人による「闇営業」が横行してしまったことであり、どうすれば、「闇営業」を謝絶できるか、という問いが、解くべき問いであるといえる。
2. 不祥事とはなにか。
企業における不祥事は、大きく分けると以下の2つに整理できる。
① 故意型:いけないとわかっているのにやってしまうタイプの不祥事
② 過失型:ついうっかりミスによって発生してしまったタイプの不祥事
例えば、個人情報を名簿屋に販売してしまう行為は、①の故意型に該当し、パソコンの操作ミスによって個人情報を漏洩させてしまう行為は、②の過失型に該当するであろう。
本件は、「闇営業はだめだとわかっていながら、事務所を通さずに仕事を受けてしまった」のであるから、構造としては①の故意型に該当するといえる。
そこで、以下は、①にフォーカスして、不正のメカニズムを検証する。なお、以下では、①故意型に該当する行為を「不正行為」と呼ぶこととする。
3. 人はなぜ、不正行為を行ってしまうのか?
人はなぜ、「やってはいけない」とわかっている行為に手を染めてしまうのか。
いつか白日の下にさらされるとわかっていながら、その代償が大きいこともわかっていながら、なぜ不正行為を行ってしまうのか。
この問題に対する仮説として、「不正のトライアングル」という仮説が唱えられている。
すなわち、不正行為は、
① 動機:不正行為を実行することを欲する主観的事情
② 機会:不正行為の実行を可能かつ容易にする客観的環境
③ 正当化:不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情
という3つの要因がすべてそろったときに、不正行為が発生する、というのである。
以下では、従業員による横領事案を例として、この3つの要素について見ていこう。
① 動機
従業員が会社の金銭を横領するような事案の場合に考えられる動機は、第一に「借金等の金銭的な困窮から抜け出すため」ということが考えられよう。
特に、他に借金を返すあてがないなど、「不正行為を行わなければ抜け出せない状態」がある場合には、この動機も強くなると考えられる。
また、会社・上司への不満といった、悪感情も、不正行為の動機となる。
「むかつく上司・むかつく会社に泡を吹かせてやろう」といった動機である。
② 機会
横領事案についていえば、「いつでも横領を行おうと思えばできる環境がある」という客観的な状況のことである。
経理担当が一人で経理を回している、お金の管理をしている、そういったケースが該当する。
③ 正当化
不正行為を行うことについて、自分に都合の良い理由をつけて、「この不正行為を実行することは正当なことなのだ」と、自らを納得させることである。
たとえば、横領事案についていえば、
「これは一時的に会社から借りるだけなのだ。あとで返せば大丈夫」
「これは、本来俺がもらうべきお金だ。俺の能力を正当に評価しない会社が悪い」
「俺一人に任せておくからこうなるんだ。横領してくれと言っているようなものだ」
というような主観的要素である。
なお、これは個人的な雑感ではあるが、「性悪説」に則った会社経営は、動機・正当化を醸成しやすく、「性善説」に則った会社経営は、両要素を逓減しやすいのではないかと考える。
性悪説は、人を認めないことからスタートしているため、悪感情を醸成しやすく、性善説は、人を信頼することからスタートしているため、承認欲求が満たされやすく、結果悪感情を逓減させる効果があるのではないかと考えている。
4. 本件をこの3つの要素から見てみよう。
① 動機
本件における動機だが、出席した芸人のうち、媒体露出が多くなくあまり稼げていない芸人にとっては、おそらくは「お金が欲しかった」というところなのではないだろうか。
事務所経由の仕事はない。それでも生活しなければならない。そんな折に、先輩から取り分の大きい仕事を紹介された。お金が欲しい。やろう。
という具合である。
一方で、知名度もあり媒体露出も多く、ある程度稼げている芸人にとっては、「お金が欲しい」という動機に加え、「食えない若手を助けてやろう」という動機もあったかもしれない。
② 機会
今回問題となったイベントは、吉本興業所属の芸人があっせんしたイベントである。
同人は、極めて顔が広く、また、人脈作りを武器に活動している芸人であり、本件のような「闇営業」案件の依頼は、引きも切らなかったのではないかと推察される。
③ 正当化
ここは、おそらく吉本興業と芸人との取り分の割合が、大きく関与しているのではなかろうか。
以下は筆者の主観であり、推察するよりほかないが、
「自分がどんなに頑張っても、9割は事務所に持っていかれて、1割しか手元に残らない。事務所がやっていることはなんだ?仕事を持ってくるだけじゃないか。実際に働いているのは俺だぞ。なのに9割持っていくっておかしいだろう。働いても搾取する事務所より、直接依頼してくれるお客さんの方が、俺を大事にしてくれるんだ。必要としてくれているんだ。俺が闇営業をするのは、事務所のせいだ」
といった具合ではないか。
または知名度がある芸人にとっては
「俺がこの仕事を紹介してやることで、若手が生活できるんだ。俺の行為は、若手を守る行為であって、正当な行為だ。」
という思いもあったかもしれない。
このように、本件においても、動機・機会・正当化の3要素がそろったことにより、「闇営業」という不正行為に手を染めてしまったのだろうと推察される。
5. 予防策に関する一考察
以上のとおり、本件も、動機・機会・正当化の3要素が満たされたことによって発生した不正行為であると評価できるが、では、どのようにすれば「闇営業」という不正行為を予防できるのだろうか。
月並みではあるかもしれないが、上記検討を元にすると、以下の予防策が考えられる。
① ギャラの取り分の改善
② ギャラの取り分について、数字を交えた正確な説明
③ 闇営業禁止の趣旨の、正確な説明
動機と正当化のところで検討したように、今回の事象の大きな要素は、「ギャラの取り分」にあると思われる。
では「ギャラの取り分を5:5にすればよいのか」というと、ことはそう簡単なものではないのだろう。
吉本興業は芸人のプロダクションとしては最大手であり、所属タレント数は6000人に及び、また所属社員数も1000人にのぼるプロダクションである。
他方で、おそらくは、収益を上げられる芸人はほんの一握りであり、所属人員の大半が、コストセンターとなっている状況ではないかと推察される。
そのような状況下で事務所を運営しようとした結果が、9:1の取り分なのではないかと推察される。
とはいえ、ギャラの取り分が不正行為に大きく影響しているのであれば、この点の改善は必須だろう。
所属タレントの数を調整することも検討要素の一つといえる。
例えば、ギャラの取り分なども織り込んだ契約書をきちんと作成し、不利な条件を言語化・可視化したうえで「この条件でよければ所属していいですよ」とコミュニケーションするだけでも、芸人の数は調整できるのではないか。
どうしてもギャラの取り分を改善できないのであれば、その理由は、数字を交えてきちんと所属タレントに説明し、一見理不尽と思われる施策についての理解を得る努力をする必要はあると考える。
また、もう一つの方策は、「闇営業の禁止は、タレントを守るためである」というメッセージをきちんと伝えていくことだろう。
闇営業は、事務所を通して依頼することができない仕事であるから、タレントに直接声がかかるのである。
逆に言えば、事務所は、タレントを、そのような「危険な仕事」から守るために、きちんと仕事を選別しているのであり、だからこそ、闇営業を禁止していると考えられる。
そうであれば、そのことはきちんと所属タレントに伝えるべきだろう。
「闇営業の禁止は、自分たちを守るためなのだ」ということが伝われば、正当化に抑止がかかるのではないか。
最も良くないのは、
「先輩だってこうしてきた」「こうするのが当たり前だ」と思考を硬直化させること
「事務所が芸人を管理するのだ」という姿勢
ではないかと考える。
このような姿勢で、形ばかりのコンプライアンス研修を行ったとしても、不正行為の抑止にはつながらないだろう。
6.雑感
調べてみると、吉本興業は明治時代から続く、超老舗の芸能プロダクションのようである。
きっと、明治から今に至るまで、様々な時代の変化に対応しながら、ここまで大きな企業に成長されたのだろう。
今がまさに変革の時であり、多大な痛みを伴うだろうと思われるが、この変化を乗り切り、また吉本のタレントの方々に、たくさんの笑いと元気をもらいたいと、心から思っている。