オリックス捕手別配球分析 ('23)
1.はじめに
捕手に必要な能力として多くの解説者やファンがリードを挙げるが、盗塁阻止力やブロッキングなど他の捕手能力と違いリードの効果を数値化するのは非常に難しい。
投手の状態など投球に影響する他の要素が多く存在するというのもあるが、そもそも捕手が要求した球を投手が必ずしも投げられるとは限らないというのが最も大きな理由だろう。
数値化が難しく客観的な評価ができないため、リードは自分の好きな捕手を持ち上げたり嫌いな捕手を蔑んだりするための都合の良いものとして扱われることが多いのが現状だ。
'23シーズン、オリックスバファローズは45年ぶりのリーグ3連覇を達成した。
その快挙に若月健矢と森友哉という2人の捕手が大きく貢献したのは誰もが認めるところであろう。
各々の長所を活かし史上初同一球団でB9とGGを分け合ったそんな彼らでも、リードを根拠にした起用批判をしばしば見かける。
果たして本当にリードは投手成績に影響するのだろうか。
また、同じバッテリーミーティングに参加しながらそこに大きな違いが生じるものだろうか。
本稿では、バファローズの各捕手がマスクを被った際の投手タイプや投手別での球種結果から分析を行い、その疑問に迫っていく。
なお、リードを数値化する上での前述の課題は本分析でも依然として残っているため、この分析結果が必ずしもリードの効果を表しているものではないということはご留意いただきたい。
2.対象データ
分析ではオリックスバファローズの'23シーズンペナントおよびポストシーズンの一球速報データを使用する。
また、今回の分析目的は捕手別比較のため、対右打者と対左打者のいずれかで複数捕手に対して複数球種を25球以上投じた18投手を対象とする。
3.投手タイプ・球種別結果
タイプ分類
まずは若月・森両捕手の投手タイプごとの球種別結果から見ていく。
なお、投手タイプの分類にはストレート・ツーシーム系を速球、スライダー・カーブ系を曲がり球、その他フォーク・チェンジアップ系を落ち球と定義した際の投球割合を用いた。
詳細な分類条件と各投手の分類結果は下図の通り。
成績表に記載されているWhiff%は空振り/スイング、被長打率は塁打数/打数で算出する。
また、サンプル数不足による誤解を軽減するため、条件下で20球未満の球種については非表示化する。
右投げ速球中心タイプ
この投手タイプの生命線となるストレートに関して全体での大きな特徴は見られないが、山﨑颯が若月とのWhiff%も被長打率もともに著しく良いのが際立っている。
曲がり球や落ち球を見ると、8球種中6球種で森との方が空振りが奪えている一方で、7球種で若月との方が被長打率が低いという興味深い結果になっている。
右投げ速球&落ち球タイプ
ストレートとフォークのツーピッチで打者との読み合いになりやすいこの投手タイプの操縦は、全体的に森の方が上手いと言えるかもしれない。
ストレートの被長打率は3投手とも森との方が低く、フォークは3投手とも森との方が空振りを奪えている。
右投げ曲がり球中心タイプ
いかに曲がり球を振らせるかが重要となるこの投手タイプだが、5球種中4球種で森との方が空振りを奪えており、その観点からは森の方が優れていると言えるかもしれない。
ただ一方でストレートは3投手ともにやや若月との方が空振りを奪えており、打者の裏をかく強気な攻めのリードが窺える。
右投げバランスタイプ
捕手からするとリードのしがいがある球種の多さを誇るこのタイプだが、それぞれの投手で捕手ごとの大きな差が見られる。
その中でも、山本は全球種で若月との方が空振りを奪えており、3年連続最優秀バッテリー賞の呼吸の合った投球が数値でも分かる。
左投げ速球&曲がり球タイプ
オーソドックスな左投手とも言えるこの投手タイプでは、各投手の主力武器となるスライダーについて、森との方が空振りが多いという結果が見てとれる。
山田はストレートとスライダーともにWhiff%も被長打率も森との方が良いが、曽谷と田嶋に関しては球種ごとに大きな違いが出ている。
左投げバランスタイプ
多彩な変化球で緩急自在に打者を翻弄するのが身上の両投手だが、捕手別のWhiff%は全球種で全く逆の結果になっており共通の特徴は見られない。
山﨑福はスライダーが森、チェンジアップが若月との時に効果的に働いている一方、宮城はフォークが若月、チェンジアップが森との時に良く、組む捕手で武器となる球種が変わっている。
4.バッテリー別配球分析
続いて投手と捕手の組み合わせ別で配球や結果の差があるかを見ていく。
分析には左右打席別での各球種の投球割合・Whiff%・被長打率を、全体と決め球(=2ストライクからの決め球)に分けて算出した成績表と、カーネル密度推定を用いてピッチャー視点での投球位置の傾向を図示化した投球チャートを使用する。
なお、投球チャートは該当条件下で20球以上が2球種以上ある場合のみ、その球種分をそれぞれ表示する。
12 山下 舜平大
打者の左右別での攻め方が両捕手で大きく異なる結果となった。
若月は左打者へはアウトコースのフォーク、右打者へはアウトローのカーブを決め球にしている一方、森は左打者へはカーブ主体でたまにインローのフォーク、右打者へはカーブとフォークを同じくらいの割合で使っている。
全体で見るとストレートは若月との方が空振りを奪えており、変化球は森との方が空振りを奪えているのも興味深い。
46 本田 仁海
左打者へはストレートとフォーク、右打者へはストレートとスライダーの組み合わせを主体とするのは両捕手で変わらない。
ただ、左打者に対して森が一度も使っていないチェンジアップを若月が上手く使っているのが、本田の対左適正を改善する一つのヒントになるかもしれない。
58 ワゲスパック
球種割合や投球コースに両捕手にそれほど大きな違いは見られない。
両捕手ともにチェンジアップが比較的効果的に使えており、速球狙いの打者を翻弄する良いアクセントになっていることが分かる。
63 山﨑 颯一郎
右打者への攻め方が両捕手で大きく異なる。
若月は被長打率.000と一度も打たれていないスライダーを決め球にする一方、森はこちらもまた被長打率.000のフォークを決め球にしている。
一方でそれぞれ決め球に使っていない方の変化球はWhiff%12.5%とあまり空振りを取れておらず、両捕手のリードもその結果によるものと思われる。
17 平野 佳寿
球種割合や投球コースに両捕手で大きな差は見られないが、森が左打者への決め球として使ったフォークがWhiff%43.8%、被長打率.000とかなり素晴らしい成績を叩き出している。
45 阿部 翔太
球種割合や投球コースに大きな違いはみられないが、変化球は全球種で森との方がWhiff%も被長打率もともに良いという結果になっている。
特にフォークは左右どちらに対してもWhiff%が44%を超えており、かなり有効に機能している。
96 宇田川 優希
左打者へのストレートが森とは低めが多く、被長打率.182と優秀な成績を残している。
また、右打者へはストレートとフォークを偏りなく使う若月に対し、森は要所のみフォークを要求するスタイルでWhiff%76.5%と異次元の数値を叩き出している。
19 山岡 泰輔
3捕手の中で石川はずば抜けてストレート要求が多く、左打者へは唯一スライダーよりストレートを投じさせている。
また、若月は左打者へのインハイへのストレートを効果的に使用しており、唯一左打者に対しての被長打率が.400を下回っている。
その他はそれほど違いは見られないが、捕手問わず対右打者に比べて対左打者へのスライダーの制球がアバウトになっており、空振りがあまり奪えていない。
35 比嘉 幹貴
全球種で若月との方が被長打率が低くなっている。
特に右打者に対しては森に比べ若月の方が変化球を使っており、全ての変化球でWhiff%が30%以上と打者に当てさせていない。
56 小木田 敦也
左打者に対しては森が直球を多く要求し、被長打率も.167と効果的に働いている。
また右打者に対してはコマンドが抜群のカットボールが有効であり、特に森との時はWhiff%40.0%、被打率.000と完璧な成績を残している。
18 山本 由伸
左打者の決め球として若月がフォークとカーブを満遍なく用いるのに対し、森はフォークを多く要求している。その結果、少ない打数ではあるが2ストライクからの全球種で被打率.000と完璧に抑えている。
右打者に対しては、若月が外角カットボール、森が内角ツーシームを積極的に要求しており、組み立ての違いがはっきりと現れている。
42 コットン
全体的にストレートが悪くチェンジアップが良いコットンに対して森が左打者の決め球にストレートを多く要求し、打数は少ないものの被長打率.000と全く打たれていないのは興味深い。
54 黒木 優太
左打者にカーブを多く要求しWhiff%42.9%と打者のタイミングを外す若月に対し、森はカットボールやスライダーのスライダー系を多く要求し、Whiff%57.1%、33.8%と、両捕手でそれぞれの黒木の良さを出している。
17 曽谷 龍平
左打者への投球割合に大きな違いは見られないが、若月とのカットボールはWhiff%50.0%、被長打率.000と文句なしの結果になっている。
また、投球割合こそ高くないが両捕手でツーシームがWhiff%30%超え、被長打率.000と完璧な成績を残しているのでもう少し活用できると投球の幅が増えそうだ。
右打者相手でもこのカットボールとツーシームが有効に機能しており、若月との時は両球種ともWhiff%50.0%、被長打率2割以下と素晴らしい結果になっている。
29 田嶋 大樹
最多の7球種を投げ分ける田嶋だが、両捕手での投球割合および投球コースの差はあまり見られない。
両捕手通じて左右問わずスライダーが被長打率3割を切っており、大きな武器となっている。
57 山田 修義
左打者へは若月は内角のストレートやツーシームを駆使するのに対し、森はシンプルに外角のストレートとスライダーが主体の組み立てを行っている。
その結果も影響してか、森との時の方がストレートもスライダーもWhiff%が倍以上高くなっており、このある種大胆なリードも有効なのかもしれない。
また、右打者へは森はほとんどストレートを要求しており、こちらも若月との時より良い成績になっているのが非常に興味深い。
11 山﨑 福也
左打者に対して若月はストレート、チェンジアップ、スライダー、カットボールをバランス良く使う一方、森はストレートとスライダーを中心に組み立てている。
若月とのカットボール、森とのスライダーはそれぞれ被長打率.083を記録しており、どちらの配球も山﨑福の違う良さを引き出していると言えよう。
右打者へのストレートは若月はアウトコース主体なのに対し、森はインハイに積極的に要求しているという違いが見られるがどちらも結果はあまり良くなく、ストレートの使い方に苦心している様が窺える。
13 宮城 大弥
左打者へは両捕手ともにストレートとスライダーが中心だが、比較的スライダーを多く用いる若月とのストレートと比較的ストレートを多く用いる森とのスライダーがともに被長打率.180未満の優秀な数字を残しているのが興味深い。
右打者については投球割合も投球コースも両捕手で違いは見られないが、フォークがどちらの捕手の時もWhiff%が40%を超えており切り札となっていることが分かる。
5.おわりに
ここまでの分析を通して、印象以上に捕手ごとの投球割合や投球コース、それらの結果差が出ていることが分かった。
しかし、上でも述べたようにこの結果全てがリードの影響とは言い難く、さらに深く分析するためには更なるサンプル数が必要である。
幸いなことに若月、森両捕手ともに複数年契約を結び、少なくともあと数年はバファローズで熾烈なスタメンマスク争いを繰り広げ個性溢れるリードを見せてくれると思われるので、継続的に応援しながら分析を行っていく。