社会貢献とカタカナ言葉
こんにちは、atteyaaのマツイです。
社会貢献とカタカナ言葉
本日はこんなタイトルで進めていきたいと思っています。
一見すると何の関連性もなさそうな言葉ですが
このブログを書きながらその共通点をいい感じに言語化したい。
そんなことを願ってます。
社会貢献とソーシャル・ビジネス
社会貢献、いい言葉ですね。
学生さんや若者、ひいては社会人みんなが
「社会貢献したい!」
そう願っているのではないでしょうか。
事実、就活やキャリアの授業なんかでも
社会貢献できる仕事というのは一つの価値として語られ
学生さんなんかは新しく魅力あるカテゴリーとして捉えているように感じます。
一方、昨今の産業界ではソーシャル・ビジネスという言葉が氾濫しています。
一般的には「解決されていない社会課題をビジネスの手法で解決する」
これがソーシャル・ビジネスの解釈ですよね。
また以下の3つがあることとも定義されています。
ソーシャル・ビジネスという言葉が氾濫しているということは
従来は行政やNPOが取り組んできたこの領域で
企業がビジネス的アプローチを用いて解決方法を探っていく
これらにチャレンジしようとするプレイヤー(企業)が増えつつある。
さらには、こういったソーシャル・ビジネス的なことを社会貢献だと
そのように考える人も同時に増えていると言えるのではないでしょうか。
CSR(企業の社会的責任)やその同軸の流れで台頭してきたSDGs、
今社会に通底する文脈として捉えれば自然な社会変容のあり方に見えます。
社会的必要性とその後押し、それらを背景にある種の「尊さ」を帯びて
ソーシャル・ビジネスが流布されています。
社会課題を解決し、社会に貢献することは間違いなく良いことだと言えます。
この変容の潮流を止めることはできないでしょうし
その必要性もないと感じます。だって良いことですから。
でも、これまでの社会の変遷に思いをめぐらして
思考をもう少し深化させる必要はないでしょうか。
「社会が一様に『なんだか良いこと(もの)』に熱狂する」
これはそれ以外の価値あるものを見えなくするという意味でとても危険な現象です。
今の世界を見渡せば自明です。
私たちはその時々の「何か社会にとって良いもの」に熱中・熱狂し、
それを計画的に実行できるとして社会を作ってきたわけです。
ところがどうでしょう。
熱中・熱狂の先に出来上がった社会はどうやら皆が望んだそれではなかった。
CSRやSDGsはそれを軌道修正するための要請であり、ツールなのです。
ビジネスとソーシャル・ビジネス
社会課題を解決することがソーシャル・ビジネスであるならば
その他のビジネスは社会課題を解決していないのでしょうか?
この問いが大事だと感じます。
そもそもすべてのビジネスが社会課題を解決するものであったはずです。
誰かのお困りごと、社会のお困りごと、これらを解決するために仕事が生まれ
それらを仕組み化、体系化し、集合体としていくことで
ビジネスとしてのイメージを帯びていきます。
本質的には、すべての仕事・ビジネスがソーシャル・ビジネスである。
この根本を理解せずにソーシャル・ビジネスを謳うことが
まさにソーシャル・ビジネスの氾濫です。
今日的なソーシャル・ビジネスを追求すれば、
また別の齟齬が生じ、新たなソーシャル・ビジネスを生むことになります。
ソーシャル・ビジネスが叫ばれる今だからこそ、
あえて懐疑的になってその奔流からこぼれそうな価値を見つけ、社会に問うてみる。
それが真に大事なことではないでしょうか。
なぜ元来ソーシャル・ビジネスであった現在の習慣的ビジネスは
社会性が乏しいと感じるのか?
社会貢献しているという実感を得難いのか?
社会性を再度付与することは可能か?
新たに革新性をもたらすことは困難か?
こういった問いを持つことで
ソーシャル・ビジネスの濫用を防ぎ
すべからく社会性、事業性、革新性と向き合うことが
社会貢献の端緒であり、歴史的な未成功からの学びなのだと思うのです。
ソーシャル・ビジネスという問い
社会貢献やソーシャル・ビジネスを軸に書いてきましたが、
ブログのタイトルは「社会貢献とカタカナ言葉」でした。
このブログで表現したかった社会貢献とカタカナ言葉の共通点、
それは
・なんだか良さそうに見える
・正解(答え)のように見える
なのです。
社会貢献もソーシャル・ビジネスも、
答えではなく新しい問いなのです。
素直さや好奇心、向上心だけでこの言葉と向き合うと
前述のように社会を間違った方向へ導く片棒を担ぐことになります。
答えではなく、問いかけなのだと受け取り、
社会貢献とは何か?何だったのか?なぜ今価値があるとされるのか?
ソーシャルとは何か?何だったのか?なぜ今価値があるとされるのか?
その答えを広く、深く、高く探すことが現代社会の私たちへの命題なのです。
ソーシャル・ビジネス以外にも何だか良さげなカタカナ言葉や
バズワード化するカタカナ言葉があります。
経営学は欧米が先行していますのでどうしても英語すなわちカタカナ言葉になります。
「これからはこれだよ!」と誰かが言って
スッと何だか良さげに社会へ浸透しようとします。
そこで立ち止まって問いを受け止める力を持つ
そういう人が増えていくことが大事ではないでしょうか。
読んでくれてありがとうございます。