生死を分けた『プロ意識』~ウノゼロ流サッカー観戦記 2025年1月11日イタリアセリエAミラン-カリアリ戦~

こんにちは。今回から本格的にサッカー観戦の投稿をしていきます。

はじめから脱線気味で申し訳ないのですが、ここで私がなぜミラニスタになったかを少々語らせてもらえばと思います。
あれは2011年のスーペルコッパ決勝。初の中国でのスーペルコッパとも知らない私は、興味が湧いていた欧州サッカー観戦の一環としてその試合を見ていました。
その試合は見事ミランが勝利し、スーペルコッパでもありミラノダービーを制する結果となったのですが、私はその試合の前半のミランに完全に見惚れてしまったのです。

当時のミランのフォーメーションは4-3-1-2。ミランとイタリアのゴッドファーザーだったベルルスコーニのお気に入りフォーメーション(彼は3ボランチが一枚下がれば3-4-1-2に可変できるからその布陣を気に入っていたと聞きます。まだ疑似3バックがメジャーになる前だから、先進性には目を見張るものはあるけど……苦笑)で臨んだその試合の前半は、4バック+3ボランチのミランの固さが大いに出た試合となりました。

とにかくインテルは前に進みたくても進めない。ただハーフウェーライン辺りでボールを回し続けるだけ。そこからボールを奪った赤黒は電光石火で相手ゴールに攻めていく。
私の理想のゲームは所謂コントロールゲームですから、この試合のミランを見た瞬間、全身に電撃が走ると同時に海外での推しクラブが決まりました。後にイタリア語を勉強しはじめ、初めて生のイタリア語を話した相手であるミラノ出身の伊達男なインテリスタの遠い知り合いができましたが、今でもその決断に間違いはなかったと思っています。

少々脱線しましたが、私はそのような『イタリア特有の固さを持った試合』というものは世界一おもしろいサッカーの試合だと頑なに思っています。それがたとえバルサがポゼッションサッカーを大いに推し進め、レアルマドリードが圧倒的タレント力で名実ともに世界一を保持しつつ、シティのポジショナルプレーが世界の最先端である一方、リヴァプールやライプツィヒの現代流ゲーゲンプレスが世界を湧かせる時代であったとしても、私にとっては『サッカーの基本は守備から』ということは変わりはありません。
時代遅れ感はありますが、ウノゼロ(イタリア人が最も美しいスコアだと呼ぶ1-0の試合のこと)の美しさをもっと多くの人に知ってもらいたい気持ちもあり、私はサッカー観戦記の頭文字にその言葉を付けました。ウノゼロはほんまにいいぞ。

さて、この試合の基礎情報です。見事サウジアラビアの地にてスーペルコッパを制したミランは少々コンディションに不安がありました。フォーメーションは4-1-4-1。余談ですが私が好みのフォーメーションでもあります。
その格上のミランから勝ち点奪取を目論むカリアリは4-4-1-1。こちらもゲームが苦手な私がTVゲームでよく使っていた、格上相手に勝ちにいくには悪くないチョイスの布陣です。

試合は予想通りミランが圧倒する形で進んでいきます。
恥ずかしながら私は年末年始に風邪をひいていた関係でスーペルコッパを見ていないので今さらなのですが、ミランのフォーメーションは4-1-4-1というよりも4-1-2-3なのではないかというくらいに攻撃的でした。
普通ウイングがあのくらい高い位置を取っていたら、カウンターを受けた時のリスクマネジメント等が疎かになるものなのですが、それをミランの選手たちは個の力というチート能力(苦笑)でカバーしていた。
特に光っていたのはラインデルスだったかと思います。彼の献身的な守備と高い技術はいい潤滑油としてチームを繋いでいた。もしこの試合、ラインデルスが相手に削られて強制退場となっていたとしたら、ミランは大いに苦しんでいたはずです。余談ですが私は彼が私と繋がりのある国であるインドネシアと関わりがあると知ったのもあり、今は彼のユニフォームが非常にほしくなっています(笑)。そのくらい彼はスペシャルな動きをしていました。

ただしそんなミランの前に立ちはだかったのはカリアリGKのカプリーレでした。
彼は非常にいいGKですね。パルマの鈴木同様、この感じの試合を常にできていればもっと上にステップアップできるのではないでしょうか。彼がいなければカリアリは計4失点くらいしていたのではないかと思えるくらいにこの日の彼はスーパーでした。

ここで私が観戦記の隠れ主題である『流れ』を持ち出すわけですが、こうなると早めに点を取れなければミランは次第にリズムが狂い、取りこぼしをすることは大いに予想できました。
言葉で言えば攻めあぐねたミランが守備を疎かにした瞬間にカリアリのカウンターを喰らってまさかのジャイアントキリング被弾という数式ですが、前半終了時点で0-0というスコアはそういう未来を大いに予想させるものでした。

個人的に前半一番いいプレーを挙げるとすれば、33分にミランのチャウがファールで相手FWを潰したプレーです。
私は経験者なのでわかるところがあるのですが、ああいう『カードにはならないけど接触を受けた選手に痛みが残るプレー』というものはその後のチームを救うものなのです。
なぜならFWとしては今度突っ込んでいったら相手に完全に潰されるかもしれないという恐怖を与えられるので、振り絞った勇気が生死を分けるような極限の状態においての有効なカードとそれはなりえるからです。そのくらいチャウはプロフェッショナルなプレーをしました。

後半が始まりミランは見事に先制します。ただウノゼロというものは1点でも失点してしまえば勝ち点3を失うもの。それは私が望まなかった形で実現してしまいました。

あのプレーは見た感じだと『フォファナがアマチュアなパスをカットされて集中力が切れたところを見事に逆襲された』というべきでしょうか。フォファナには悪いですが、あの時の彼はスーペルコッパを制する世界的名門クラブにいてはいけないレベルの選手のプレーでした。なぜなら自分のミスを味方になすりつける結果となったのですから。はっきり言って彼はアマチュア以下のプレーを聖地サン・シーロで露呈してしまいました。

こうなるとやる気が上がってくるのは挑戦者カリアリのほうです。
「このまま耐えきれば勝ち点1、ワンチャンス3を奪えるかもしれない」彼らの眼の色とやる気は明らかに変わりました。
その状況を変えられないのが今や世界を制することもできなくなったミランです。とにかく彼らは持ち駒が圧倒的に不足していた。

主体的に動ける側は相手に行動を強いることができますが、それは逆に『相手にどのような行動を取らせるか』という贅沢な悩みに繋がります。
その悩みがコンディション不足という身体的条件も重なり少しずつ綻びとして出始めましたが、それを劇的でなくても改善できる処方箋は今のロッソネロは持ち合わせていませんでした。FT、1-1のドロー。

この試合のお互いの反省点を挙げるとすれば、まずはカリアリはやれることをやり切った結果がボーナスとして結びついた、といって良いでしょう。そのくらいにこの日の彼らは勇者でした。私は勝ち点2を失う結果とはなりましたが、結果はともかく見世物としてはおもしろい試合を演出してくれたイタリアの島にあるスモールクラブに拍手を送らさせていただきます。

それに対して情けないのは我らがミランです。33分にはサブイボが出た私好みのプロフェッショナルなプレーが出ましたが、それを55分のアマチュアがすべて台無しにしてしまいました。
時代遅れ感は否めませんが、サッカーとは『失点しなければ勝ち点0はありえないスポーツ』なのです。
ただし得点0でも勝ち点3は奪えませんから、そのあたりをどうするかがどこまでも自由で奥深い魔窟である――

もしこの文章を読まれて興味が湧かれた方は是非とも本日のミラン-カリアリ戦をご覧ください。私は今日から欧州サッカー観戦を本格再始動させた情けない者ですが、この試合にイタリアの奥深さと怖さは大いに詰まっていたかと存じます。

最後に。今日も素晴らしい試合を魅せてくれたフットボーラーに乾杯を!

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