今の自分。
今…自分は、仕事の休憩中に「ある文章」を書いている。
自分を主軸としたキャラクターを主役にして、自分が今までに経験した仕打ちや苦悩を描きながら、未来に叶えたいor実現して欲しい事をこと細く理想たっぷりに書いて、ハッピーエンドに終わらせる「自分の理想論的小説」。
勿論、自分が発達障害持ちで、会社では理不尽な事ばかりである、お金の問題や心の問題、周囲やプライベートで理解されない葛藤や孤独感等をふんだんに盛り合わせて、今の自分と同じ立場に立つ人間が幸せな展開に辿り着く理想を文字にして、実際に起きれば…と思い、形にしている。
俗に言う
「夢ぐらい見たって、ええやろがい」
である。
勿論、今を主軸にしている為、ぶつ切りにはなっているが、『そうなって欲しい』と思う想いや、今現在、自分が感じている『自分の周囲に対しての想いや願い』等を盛り込んでいるので、いつも以上に支離滅裂になっている。
でも、こう言う言葉を耳にした事がある。
『想いや願いは、口に出したり文字に表したり、言葉にしたりして、形にしないと叶わない』
その言葉を鵜呑みに、想いや情景を言葉にして、その言葉を積み重ねては時々整えて、一つの「理想論」を作り上げていく。
今の段階だと、こんな感じになる。
第4章「生きるのを辞めるか、仕事を辞めるか。」
自分の推しが結婚して丸2年が経った。
その間に、自分の心身が悲鳴を上げ、気付いたら発達障害の二次障害が出まくっていた。
朝起きたらお腹が空いていない。
空腹状態で一滴もお酒を飲んでいないのに関わらず、気持ち悪く、かなりの頻度で吐き気を催す。
眠った感じがせず、眠気が止まらない。
眠る前より疲れている。
疲れているのに眠れない。
ぼおっとしている頻度が多く、無になりやすい。
…一部を列挙してみても、異常事態としか言えないが、自分の体調の変化はこれだけに留まらなかった。
呼吸困難に近い程の激しい胸の痛み、締め付けられる様な激しい頭痛と光への拒絶反応(日光が当たっている場所の近くに立つと頭痛が激しくなる)、職場の人間の顔を見ると全身の痛みが強くなり、呼吸が辛くなる。
そして、何より、お笑い番組を観ても面白く感じない状態が続いているのだ。
その為、外食や散財が増え、貯蓄が底を尽きそうになり、心もお金を満たされぬ状態に陥った。
同じタイミングで、減収による手取り減額、会社側からの有休・残業代未払い等があり、借金に手を出した。
結局、複数社でトータル250万円近い借金をしてしまい、使っていたクレジットカードも強制退会。
結果、足が回らなくなり、親に告白して、親からの信頼と信用を失った。
そんな時、毎日聴いているラジオ番組を聴きながら帰宅の途に就いている時、自分は電車内で困っているお年寄りの方に遭遇した。
「あの…、あの…、(隣町の駅)に行きたいんだけど…。」
一瞬、フリーズしながらも、無視しようと考えた。
でも、後々になって後悔するのも致し方無い。
だから、地図を見ながら、しどろもどろになりながらも答え、案内をした。
数分後。
あまりにも行き慣れていない場所を案内したので、どっと疲れてしまい、その場所から駅まで歩くのに一苦労したが為に、乗った快速電車内の座席で爆睡しそうになってしまった。
でも、その電車内(優先席付近)で推しにそっくりな妊婦さんとその子供(4歳位の男の子)が4、5人の若い男達に乱暴にされ、男達が暴力を振るおうとしていた様子が目に飛び込んで来た。
その瞬間、自分は「勇気を出して誰かを助けるが為に修羅になる自分の姿」に気付かなかった。
中のコーヒーを飲む為に持っていた水筒のステンレスの部分が、咄嗟に男達の頭部と腰、臀部等を強打していた。
虚ろな目で男達を見ては、水筒の底で男達の頭部を殴打し、背負っているリュックで背後から襲いかかろうとする男達の胸部を圧縮し、首を掴んできた男の首を掴んでは片手で握り潰してしまい、男達の悲鳴が電車内を木霊した。
男の首を握っていた僕の手から、まるで数枚重ねた板チョコが折れるかの様な感触がして、そこから男が頭から崩れ落ちる感覚がした。
「うわ・・・・っ!!な、何だよ・・・、コイツ・・・っ!!!!」
主犯格の男性の悲鳴が電車内を駆け巡る。しかし、帰り電車に乗り、ボイスキャンセル機能付・高機能ワイヤレスイヤフォンで録音していた「ウラのウラまで浦川です」を聞きながら男達を虚ろな目で見下し、残念そうに思う自分は、男達の悲鳴が聞こえぬまま、ただただ男達を一掃としていた。
そして、イヤフォン越しに浦川アナからの「だって、人間だもの。」コールの後、自分は、妊婦さんとその子供が自分の衣服の袖を掴んでいたのにやっと気付いた。
しかし、自分が妊婦さんとその子供に袖を引っ張られるまで気付かず、やっと気付いた時に目の当たりにしたのは、自分の周囲で男達が血だらけで倒れていた姿だった。
その後、電車は途中の駅で停まり、男達は血だらけで電車を降り、その足で鉄道警備隊により拘束され、そのままお縄に付いた。
一方、自分は目の前の人を助けるが為に咄嗟にやってしまった状況に脳が整理出来ず、ひたすら茫然としていた。
少しして、事態を聞いて駆け付けてきた鉄道警備隊の姿が見えたので、自分はイヤフォンのイヤーピースを外し、暫くは外の音を聞いて、状況整理に努めていた。
ASD(自閉スペクトラム症)とADHDを掛け持つ自分は、齷齪《あくせく》しながらもありのままの情報を鉄道警備隊の人に事情を伝え、妊婦さんやその子供からも状況を話して貰い、事無きを得ていた。
しかし、一歩間違っていたら、自分が犯罪者になっていたかもしれない、今度は周囲に迷惑を掛けてしまっていたかもしれない、等と考えると、
「自分は何て事を・・・」
と自責の念に苛まれてしまい、自分は崩れる様にしゃがみ込んでしまった。
周囲から歓声が湧く。しかし、咄嗟に「ある言葉」が自分の口から飛び出した。
「お前ら、傷付いている人を無視している癖に、助ける人に対して反応するんだな。お前らがアクションするべき場面で何やってんだよ…。この…、人殺し…。」
この一言が、周囲の心を深く突き刺したのか、周囲の人間は恥ずかしそうに停車駅で電車から降りて行った。
男の子から
「お兄さん、大丈夫?」
と背中を擦られながら聞かれていたが、流石にどう答えたら良いか分からず、目からは涙が止まらず、呼吸もままならない様子で呆然としていた。
零れ落ちた涙の粒がマスクの中で大きな水溜りを作り、口元が涙で濡れた。
その後、自分が助けた妊婦さんからの誘導もあり、中間地点の駅で電車が動き始めるまでに隣の席に座り、乗り換えの駅で一緒に降りた。
そこで、その妊婦さんとその男の子から連絡先交換を行い、駅のホームで落ち着くまで3人横一列で話をしていた。
助けた妊婦さんが自分の暗い顔を見ては事情を聞き、そこで、今現在の自分の状況を自虐を込めて伝えた。
勿論、自分が発達障害者で手帳持ちである事も、うつ病の傾向がある事も伝えた。
顔色から借金がある事も悟られた。
「…で、君は、自殺して保険金で借金を完済しようか考えていた…。手取りが少ないからと言って、ブラックな職場環境で苦しい思いをしたからと言って、親からも家族からも信頼を失い、縁を切られそうになっているからと言って、そう考えちゃ駄目だよ。生きて、無事な状態の君が生身で返す。…そうだ。ちょっと…付き合って貰えるかな?」
その妊婦さんから誘いを受け、私は3人で駅のホームと改札を出た後、親子二人に誘導されて駅前タクシー乗り場に向かい、「ある場所」へと向かった。
都内某所のビル内。
そこで、自分は…ある提案をされた。
「君、ここで働かない?君みたいな若手、大歓迎だよ。」
突然の提案に、驚きが止まらなかった。
詳しい事は言えないが、この提案を見て、応えたいと思い、考えた。
業務内容は今の職場以上に働きやすいパソコンワークオンリーで、過度な電話応対やコミュニケーションの必要が無い。
最低の手取りも今勤めている会社(最低:約14万7000円)の数倍である約65万5000円。
完全週休三日の年間休日135日以上。
しかし、引っ越しの代金や諸々の諸費用も無い中で、提案に応えるのは難しいのでは…と考えてしまった。
その旨を二人に話した後、その日は解散となった。
出来過ぎている。
そう思う自分がいた。
でも、その案件で自分が救えるなら…。
そう思う自分がいた。
しかし、この後、誘ってくれた妊婦さんに自分が救われる事を、自分はまだ知らなかった。
続く
第5章「後悔が足枷になっていた。でも、自分と向き合うには、その足枷があってこそと思っていたからだ。」
また、家族を傷付けてしまった。
また、家族からの信頼を裏切ってしまった。
早く事態を何とかしたい。その想いで動いていた自分が馬鹿だった。
この言葉を、今年の正月に下宿先に戻った際、親が帰路に着いている時に呟いたのを、今でも覚えている。
会社に入社して丸3年が経とうとする今、再び親からの信頼を失い、反省しながら静かに過ごしていた。
しかし、反省が自責に変わり、口を開いて呟いた一言が、より僕を傷付けてしまった。
「生まれて来なきゃ、良かった。早く死んでいれば良かった。というか、何で人を傷付けながら生きているんだろ、僕は。生きる価値なんて無い、害悪でしかない存在なのに、「社会不適合者」のレッテル塗れで、生きる価値や意味が無い人間が、何で…。」
次第に気持ちが塞ぎ込み、心が病み、酷く疲れが出てしまった。
それからは年明け初勤務だろうが、非対面勤務だろうが、笑えなかったし、笑わなかったし、笑顔の一つすら見せられない、そんな状態だった。
職場では他部署からの依頼が飛び交い、その依頼の殆どが実現不可能な状態だったので、断る事しか出来ず、毎度毎度と怒鳴られ、更に心を病んでしまった。
好きな女性タレントの誕生日の三日前。
強風が吹き荒ぶ中、動きやすく若干は防寒に適している服を着て、着荷作業に挑む。
しかし、終始強風が包み込み、足元は凍る様な寒さになって、安全靴と靴下で包まれた足ですら感覚を失う程の冷たさに変化。
その冷気はゴム手袋越しに両手にも伝わり、手も悴むだけに留まらず、気付けば、両手指も自由に動かなくなってきた。
しかし、上司は相変わらず自分の対応に文句や怒号を吐きまくり、自分は上司と全くと言って良い程、上司との会話をしなくなってきた。
どころか、上司との会話を避ける様になっていった。
問題は、その日の帰りだった。
電車内で、優先席に座っていた妊婦さんとその子供に暴力を振るう男達を一掃し、警察送りにしたのだ。
でも、その分、職場内やプライベート、家族間でのストレスや葛藤で傷付き、理想通りに行かない人生に絶望し、いつか自殺して事態を脱却したいと考えていた。
イベントから二週間後の木曜日。
寒波の中、会社は通常運転を起こそうとしていた。
しかし、私は…会社にいなかった。いや、行こうとしていたが、辞めたのだ。
会社内では客からのクレームや他部署からの見境が無い依頼等が飛び交い、「残業代を出さない+残業したらボーナス減額」というルールが定まっていても残業する、定時で帰ろうとすると周囲の視線が強くて帰れない事が多い中、自分は職場に行けず仕舞いになってしまった。
切っ掛けは、その日の朝。
通勤電車内の優先席付近で同じ妊婦さんを救った時、事情聴取の為に遅刻する旨を連絡する為の電話に出た上司が、あまりにも冷たい対応だったのが相手の妊婦さんの逆鱗に触れたから、その妊婦さんから
「今日一日、私の側にいなさい。いや、出来る限り、一緒に居なさい。そして、貴方が在籍している会社…もう行かせない。貴方が傷付く要素たっぷりの会社に身を預けられない。会社と貴方のご両親には、今から私の遣いと旦那を通して、強く言っておきます。」
と言われ、妊婦さんを連れて病院に直行した事だった。
その事が切っ掛けで、私は産気付く妊婦さんの手腕による強引な策略に乗らされ、引っ越しや借金返済の目処が強引な形で決まり、翌日予定していた部屋の掃除が引っ越しの荷造り作業を含んだ大掛かりな物にへと変貌した。
ちなみに、自分が助けた妊婦さんの旦那さんは年商が数十兆円の大手企業の社長で敏腕経営者。
旦那さんがいる中、妊婦さんはその日のお昼に第二子の女の子を出産。
その舞台を、自分は複雑に感じながらも立ち会っていた。
そして、産まれてきた子供を見て
『自分には未来が無いんだな』
と悟った。
微笑ましい4人の姿を見守りながら、自分は心身共に表情が曇っていく状況を味わった。
病室の規制退室後、終始俯いていた自分を見て、旦那さんが自分に向けて「ある一言」をぶつけていたのを今でも覚えている。
「君は、今…『自分には明るい未来なんて無い』とか思っていないかい?それは、絶対に違う。明るい未来は誰にもある。勿論、君が障害者手帳持ちで、うつの傾向が強く、複合型の発達障害者であろうと無かろうと関係ない。君は、もう自分自身を責めないで。」
その日は、妊婦さんの分娩に立ち会って、病院を後にするや否や役所で転籍と諸々の手続きを行い、退職届の執筆と引越し先の見学を行い、一日が潰れた。
新たなる引越し先は、都内の高級マンション最上階。
お風呂・トイレ・洗面所が別になっていて、リビングルームが滅茶苦茶広い(50坪)。
そして何より、オール電化で蓄電池も付いている。
オートロックや防犯カメラもあり、心配な防犯対策もバッチリだし、駐輪場も完備されている。
そんな部屋に、社長権限で無償(勤続20年目からは家賃を支払うという契約)で住む事が許された。
翌日。
この日も会社に行かず、休んだ。
荷物を全て段ボールに詰め、ゴミを捨て、妊婦さんが用意した引っ越し先への手続きを行い、大掃除をしながら、トラックで荷物を輸送。
この日、引っ越し作業と掃除だけで一日が潰れた。
更に翌日。
朝早く目覚めると、親からLINEが来ていた。
親からの信頼を更に失い、絶縁か…と思っていたが、中身は違った。寧ろ、突然のスカウトに不安に思っていたらしい。
自分は複雑に思った。
『あれだけ「信頼していない」なの、「信用していない」なのと言うくせに、いつもいつも電話やらメールやらで連絡よこして来て。言っている事が反対だよ。何なんだ。何がしたいんだ。』
その想いと、万が一親との関係が上手くいかなかった時のバッドエンドだけが、脳裏を駆け巡っていた。
そのバッドエンドは、こうである。
親が家に来て、怒鳴られ、罵詈雑言を投げられ、親が帰路に就いた段階で部屋のビニール紐で首を括り、宙ぶらりんの状態で息絶える自分の変わり果てた姿だった。
『やっぱり、僕は…、この世に居てはいけない、否、生きてちゃいけない、邪悪な生き物だったのか…。』
その想いが脳裏に浮かび始めた瞬間、部屋の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、助けた妊婦さん(前々日、分娩に立ち会った)の旦那さんとその子供が、遣いの人と一緒にやって来た。
「おはようございます。ちょっとだけ、時間あるかい?」
突然の事に、茫然としながら硬直する自分。
その姿を見て、旦那さんが「ある事」を伝えながら、自分を車に乗せて、海沿いへと走った。
「実は、君が僕の妻と子供を助けてくれたお礼に、君を我が社に入れたいと考えているんだ。勿論、ただでとは言わないが、君がいる会社よりも休みを増やし、働きやすく優遇しようと考える。」
そう言われると、悩んでしまう自分がいた。
でも、今現在に在籍している会社は給料が少ないだけでなく、心も金銭面も荒れるだけでなく、親や周囲を傷付けてしまう。
その為、心のモヤモヤを抱えながらも、話を最後まで聞いた。
暫くして、涙が溢れ、少しだけ生きる気力を取り戻した。
「だ、大丈夫か!?」
その問いに、自分は今までの事を洗い浚い告白した。
すると、旦那さんは真剣な眼差しで自分の話を最後まで聴いた後、自分に向かって宣言した。
「だからこそ、君を入れたい。否、違う。絶対に来なさい。その会社に留まっていては、君が駄目になるから、早くウチに来なさい。」
「…は…、はい…。」
思わず、返事をしてしまった。
それだけ、私がいる会社が他人の会社よりもブラックで勤務環境が劣悪だった事が、痛い程よく分かった。
その日、自分は今まで在籍していた会社を退職代行サービスを用いて月末で辞める決意をした。
そして、週一回の勤務をしながら、残りが23日ある有休(その内、3月31日までに使用しないといけない有給休暇は2日間。)を使い切りながら準備を行い、新たなる職場での勤務に備えていた。
同期の男性社員も退職代行サービスを使って早期退職したので、自分にとっては身近な話である。
本来、退職届は退職予定日の30日以上前(約1ヶ月前)までに提出しなければならず、万が一、スピード退職をすると退職金が貰えなくなるリスクが生じる。
併せて、月の末日付で退職をしないと保険等の問題も生じる為、今の会社に入ってからは
『今日が駄目だったら、月末に退職届を書いて出そうかな』
とばかり考えていた。
けれど、転職先が見つからない、会社を辞める目処が付かない、散財や借金だけが積んでいく状態で生活が荒み、生きる事を全て諦めようとしていた。
この日から自分は、あの日に電車内で暴漢から助けた妊婦さんの旦那さんの会社で、第二新卒扱いの正社員として、新たなる人生を迎える決心をした。
勿論、全ての支払いを旦那さんが一任し、旦那さんに給料の幾らかを返すという形で生活を行っていった。
その為、借金が一括返済され、その分を分割で給料から差し引かれる事になった。
支払いが危ぶまれたフィギュアも、無事に支払う事が出来、受け取りに成功した。
そして、新たなる職場での初勤務当日。
新たなる職場に立ち、荷物を整えた自分は、社長から仕事内容を説明された。
推しの所属事務所のパソコン業務全般で、しかも自分も所属タレントとして顔を売り込む…という事だった。
勿論、推しの所属事務所なので、デスクワーク中には推しとそのマネージャーが常駐しているだけでなく、時々推しが自分を連れて「研修」と称しての職場見学を行なう事が増えた。
続く。
…こんな感じである。
まだまだ、粗っぽい。でも、変に整え過ぎると、上手く話が通らない。
果たして、この作品通りに人生を好転させる事は可能なのか。
人生が荒んでいて、今日も心身共に傷付きながら会社で仕事をしている自分だからこそ、今の目の前に映る理想を形にし続けたい。
そう思う私だ。
必ずや、理想が叶うまで、出来る限りペンを握りたい。
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