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【カラマーゾフの兄弟 読破の道_9】言葉を作る/伝えるという仕事

8/17(土)

 最近よく、言葉の力について考えている。同じ空間でも、呼び方が違うだけで、感じ方が変わってしまうのだ。
 台北で金野千恵という建築家の講演を聴いた。彼女は学生時代から、十数年続けているロッジアの研究を紹介してくれた。ロッジアとは、14世紀にイタリアで生まれた言葉だそうだ。元々の意味は、柱と屋根があり、少なくとも一方が外部に開いているといった簡素なものだが、彼女は現代建築の分析にそれを用いたり(参考)、世界各地をリサーチしてロッジアの可能性を探り、その定義を広げていこうとしている。

 500年も前に既に発明されていた言葉を、一人で背負って現代まで運んできて、今の社会に適応させて空間を作っていることが、本当にすごい。春日台センターセンターというプロジェクトが、建築学会賞を受賞したのも納得できる。

 もちろん、プロジェクトをまとめること、図面を描くこと、お金を生み出すこと、いろいろな貢献が背後にあるのだけれど、彼女のやったことで本当に大切なことは「ロッジアという概念を伝導したこと」だけとも言える。柳宗悦がやったことも、「民藝」という言葉を作って、「今あるものの価値」に気づかせることだった。和辻哲郎が『古寺巡礼』を書かなかったら、お寺参りブームが訪れることもなかっただろう。我々が今民藝や古寺の価値を理解できるのは、彼らが言葉を作ったからに他ならない。

 不思議なことに、同じ半屋外空間でも、ロッジアと呼んでみることで、いろいろな想像力が働く。500年前の人々と一緒に、快適な感覚を共有している感覚になる。「発見をすること」と、それを「伝えること」って、ひょっとしたら「作ること」よりも、よっぽどか価値があることなんじゃないだろうか?なぜなら、伝えられた人々が価値を再認識していくと、それがどんどん伝播していき(この文章を読んだ人もそのうちの一人だ)、いつか、現代人にとってロッジアという言葉が当たり前になったときに、多くの人がロッジア空間を作り出すことができるからだ。建築家が提供する空間が、特殊解でなく一般解になったとき、本当に継承されていくものになると思う。それは素晴らしい仕事だと思う。

 この話をどうカラ兄に繋げればいいか分からずに書いていたんだけれど、無理矢理繋げてみる。講演の中で、「根底にあるものがちゃんとしていれば、機能が剥奪されても愛され続ける」という言葉があった。建築家はインドの階段井戸に対して言っていたのだけれど、何もそれは建築だけにとどまらないことだと思う。『カラマーゾフの兄弟』が時代を超えて、場所を超えて愛され続ける理由は、根底にあるものがちゃんとしているからだろうと思う。彼らとは風習も仕草も使っている言葉も異なるのに、深いところで繋がっている感覚がある。根底がちゃんとしていること、これは建築でも、文学でも、名作の条件だ。

8/18(日)

 驚いた。なんとゾシマ長老が死に際に(この人はずっと死にそうで死なない)、三男アリョーシャのことを、17歳で亡くなった実兄にそっくりであると言い出したのだ。僕は、物語がこんな流れになるとはつゆ知らず、友達のことをアリョーシャに似ていると言ったりしていたのだ。この偶然の一致を、自分の読みの鋭さを褒めるべきか、それとも、アリョーシャの性質が皆にそうさせるのだろうか、と判断に迷っている。
 それにこのアリョーシャ、小説内では殆ど発言をしない。父フョードルや長男ドミートリー、次男イワンがいると、常に彼らが喋り倒していて、アリョーシャはいつも聴く側に回っている。つまり、視点主でも聞き手でもあるアリョーシャは、読者の分身とでもいえる瞬間が多々ある。アリョーシャとは一体なんなのだろう。深層心理学でいうアニマのように、様々なものを投影してしまう対象なのだろうか。

 長老がアリョーシャにかける言葉に涙ぐんでしまった。今のところ一番グッときた場面かもしれない。

お前はこの壁の中から出ていっても、俗世間でも修道僧としてありつづけることだろう。大勢の敵を持つことになろうが、ほかならぬ敵たちでさえ、お前を愛するようになるだろうよ。人生はお前に数多くの不幸をもたらすけれど、お前はその不幸によって幸福になり、人生を祝福し、ほかの人々にも祝福させるようになるのだ。これが何より大切なことだ、お前はそういう人間なのだ。

「第二部、第六編、第一章:ゾシマ長老と客人たち」より

 そういえば昨日ルックバックを見てきたけれど、自分が入れ込んでいる人からもらった賛辞の言葉ほど、自分の糧になるものはない気がする。アリョーシャにとっては、この長老の言葉は、僕が感じているよりも何百倍も、響いているのだろう。

進捗

上巻:■■■■■■■■■■ 100%
中巻:■□□□□□□□□□ 13%
下巻:□□□□□□□□□□ 0%

カラ兄読破まで、あと62.3%
(明日からまた旅行に出かけるため、来週は休載することになるかもしれません。一丁前に休載とか言ってすみません。)

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