『カレル・チャペック(仮)』準備稿 その1
『カレル・チャペック(仮)』
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作:鈴木アツト
2022年3月14日版 準備稿
※戯曲の内容は、公演時には変わる可能性があります。
登場人物
〇カレル・チャペック(1890年生・男)劇作家、新聞記者。
〇ヨゼフ・チャペック(1887年生・男)カレルの兄。画家、舞台美術家。
〇フランティシェク・ランゲル(1888年生・男)軍医。
○オルガ・シャインプフルゴヴァー(1902年生・女) 女優。
○ヤルミラ・チャプコヴァー(1888年生・女) ヨゼフの妻。
○ギルベアタ・ゼリガー(年齢不詳・女)ドイツ語の教師。
第1場 1921年1月25日 プラハ
第一次世界大戦が終わり、独立して二年と三ヶ月余りが経ったチェコスロヴァキア共和国。日々、帰還兵が帰国し、平和が戻りつつある。
プラハ郊外のチャペック兄弟の家。その居間。部屋には、本棚とテーブルがあり、テーブルの上に、『ロボット』の戯曲が置いてある。今日は、プラハ国民劇場での『ロボット』公演の初日。終演後には初日(プレミア)のパーティーが予定されている、その夕方。パーティー用の服装をしたカレル・チャペック(31歳)とヨゼフ・チャペック(34歳)がいる。ヨゼフは眼鏡をかけ、ネクタイをしているが、カレルはネクタイを手に持ったままである。ヨゼフが、カレルを説得しようとしていて、
ヨゼフ それはダメだよ。今からでも招待するんだ。
間。カレルを睨むヨゼフ。
カレル なぜ?
ヨゼフ 彼女は君の大事な人だろ?
カレル (ネクタイを締めながら)今日は僕が主役の日だ。僕が呼びたくない人は呼ばない。
ヨゼフ そんな大人げない。
カレル 大人げないのはあっちだ!
ヨゼフ カレル、オルガは君より十二も年下なんだよ。ちょっと冷たい態度を取られたぐらいで、初日のパーティーに彼女を呼ばないなんてありえないよ。
カレル 年下が偉いなら、兄の君は、僕の意見を尊重すべきだ。
ヨゼフ そんな屁理屈を言って、、、
カレル 、、、
ヨゼフ おい、カレル、いい加減に(しろ)、、、
カレル (遮って)別れたんだ。
ヨゼフ え?
カレル、長さがきちんと揃わなかったネクタイをはずし、
カレル 振られたんだ。スパンと。
ヨゼフ 振られた? スパンと?
カレル 、、、
ヨゼフ いや、でも、君たち去年の夏に付き合って、、、(指で数える)まだ半年経ってないじゃないか?
カレル あの女は、半年もあれば男の価値なんて充分にわかるって(言いやがった)。
ドアベルの音。
ヨゼフ ランゲルじゃないか?
カレル 、、、
ヨゼフ (カレルの反応を見て、肩をすくめ)俺が出るよ。
ヨゼフ、玄関へ出る。カレル、ふーっと息を吐く。
ランゲルの声 おお、ヨゼフ、元気かい?
ヨゼフの声 ランゲル?! どうした? その恰好は。
ランゲルの声 (自嘲気味に)これが俺の一張羅でね。
ヨゼフの声 まあ、入れ。
ヨゼフに続いて、軍服を着たフランティシェク・ランゲル(33歳) が入ってくる。ランゲルは細身だが、チャペック兄弟に比べ、明らかに肉体が逞しく、精悍さを感じさせる。
カレル ランゲル。
ランゲル 背広で出席したかったんだが、まだまともなのを買えてなくて。申し訳ない。
カレル いいよ、軍医の君らしい。
カレルとランゲル、ハグをし合う。
ランゲル おめでとう、カレル。正直羨ましいよ。プラハ国民劇場での上演なんて。
カレル 運が良かっただけだ。君にもすぐに幸運が訪れるさ。
ランゲル 謙遜するな。君の『ロボット』は、、、何もかもが新しい! 人間が、人造人間を作り出す。労働するためだけに存在し、魂を持たない、人造人間・ロボットを。
ヨゼフ (口を挟んで)忘れないでくれ。ロボットって命名したのは俺なんだ。
ランゲル、テーブルの上に『ロボット』の戯曲があるのに気づき、手に取り、
ランゲル その「ロボット」たちが反乱を起こし人類を(本を銃のように構えて、カレルに向ける。)、、、絶滅させる。こんな物語をどうやったら思いつくんだ?
カレル (また、ネクタイをちょうどいい長さで締められないでいる。あきらめて)ネクタイを締めるよりは簡単さ。
ランゲル 読んでいて震えたよ。これは凄い戯曲だって。売れてるんだろ? あっという間に成功したことに、俺は驚かない。
カレル ありがとう。でもまだ初日の幕は開いてない。僕も手が震えてるんだよ。演出家が変な風にしてやしないかって。
ランゲル 大丈夫だよ、俺は確信してる。チェコスロバキアだけじゃない。全ヨーロッパで、いや、全世界で上演されるようになる。
カレル そんな大袈裟な。
ランゲル 大袈裟じゃないよ。俺は悔しくも嬉しいんだ。ドイツ語じゃなくて、チェコ語からこんな素晴らしい戯曲が生まれたことが。俺はね、あの戦争でハプスブルク(帝国)のために戦いながら、自分が何者かわからなくなってた。
ランゲルの耳に、第一次世界大戦の、塹壕での銃撃戦の音が甦る。
ランゲル 塹壕の中で、ドイツ語で『皇帝賛歌』を歌い、ドイツ語で上官に従い、命を懸けて戦って、、、それで俺たちは一体、何になるんだ? 心までオーストリア人になっちゃうのか? チェコ人はこのまま、顔のない人間のままなのか?
カレル 、、、
ランゲル この戦争が終わったら、俺は、ふるさとの言葉で芝居を書きたい。そう思って生き延びた。帰って来た。そしたら、、、君に先を越されたってわけさ。
カレル ランゲル、、、
ランゲル 今やチェコスロヴァキアは独立を果たした! そして、かつて農民の言葉だと蔑まれたチェコ語は、ドイツ語と対等の、いや、それ以上に芸術的な可能性を秘めた言語である! 君がそれを証明したんだ。
ヨゼフ ランゲル、そんな「大」作家先生は、物凄く「小さな」心の持ち主なんだ。初日のパーティーに恋人を呼ばないらしい。
カレル 「元」恋人だ。
ランゲル オルガと何かあったのか?
カレル 別に。
ランゲル あったんだな?
ヨゼフ 振られたんだって。
カレル ヨゼフ!
玄関のドアが開く音。
ヤルミラの声 押さないでよ、オルガ。
オルガの声 いいから、いいから。
ヨゼフの妻・ヤルミラ(32歳)と、パーティー用のドレスを着たオルガ・シャインプフルゴヴァー(19歳)が入ってくる。
カレル オルガ。
オルガ あら、カレル、元気?
睨み合うカレルとオルガ。
ヤルミラ ごめんなさい。街で偶然会って、どうしてもここに来るって言うから。
ヨゼフ わかるよ。彼女と出会っちゃったらね。
オルガ (きっと睨んで)何?
ヨゼフ (誤魔化すように)ヤルミラ、君もそろそろ着替えないと。
ヤルミラ、買ってきた花をカレルの背広の胸ポケットに挿して、
ヤルミラ (ヨゼフに)どう? チャペック家の次男の晴れ姿は?
ヨゼフ いい感じだ。主役にふさわしい。
ヤルミラ (カレルの耳元にささやく)大切なゲストでしょ? 丁重にもてなして。(ヨゼフに)さ、あなた、私のドレスを着るのを手伝って。
ヨゼフ え? 俺が?
ヤルミラ いいから。
ヤルミラとヨゼフ、奥の部屋へ。再び、睨み合うカレルとオルガ。三人になって戸惑うのはランゲル。
ランゲル あのう、俺は、、、
カレル いてくれ。
オルガ (同時に)出てって。
ランゲル え? どっち?
カレル いてくれ。
オルガ (同時に)出てって。
ランゲル 、、、
ランゲル、カレルの後ろに椅子を持っていて、座る。
カレル オルガ、何の用だ?
オルガ あなたの性格からして、私は決して招待していただけないと思ったので、私から来てやった。
カレル はしたないと思わないのか?
オルガ 教えてあげる。私は手に入れたいものは何としても手に入れる女なの。女を書けないオジサン作家が描(えが)きたい従順な若い女とは違う。カレル 僕が女を書けない作家?
オルガ 『ロボット』は素晴らしい戯曲よ。ヘレナっていう小娘の描き方を除いては。
カレル はい?
オルガ あれはオジサン作家の願望ね。周りの男どもの描き方にそれが出てる。ヘレナの外見しか見てなくて、女は美人だったら中身はどうでもいいんだって。いい? 出会ってすぐ、あんなに簡単に結婚に応じる女なんてこの世にいない。存在しない。
カレル 君は、自分がヘレナを演じられないから、僕に八つ当たりしてるんだ。
オルガ 別に演じたくない。あんな偽物の女。
カレル 偽物の女?
オルガ そう、美人だったら大根でも演じられる、薄っぺらい役。すぐにでも書き直すべきよ!
カレル んだと?
ランゲル おい、二人とも落ち着けって。
カレル 落ち着いてる。
オルガ (同時に)落ち着いてる。
ランゲル 、、、
カレル 批判するならなぜ見に来る?
オルガ 批判じゃないわ、批評よ。女優の視点から、改善点を指摘してあげてるだけ。
カレル 君がなぜ初日のパーティーに出席したいかはわかってる。国民劇場のパーティーだ。演劇関係者がわんさか来る。演出家と知り合って、次の役を掴もうって魂胆なんだ。
オルガ はっはっはっ、私をみくびらないで。そんなちんけな野望じゃないわ。国民劇場のパーティーよ。チェコスロヴァキア建国の立役者たちも顔を出す。あの大統領マサリクだって来るかもしれない。妻候補を探しに!
ランゲル おい、マサリクは七十一だぞ? しかも結婚してる。
オルガ 奥さんは重い病気だって聞いた。
ランゲル おい!
オルガ それは冗談としても、チェコスロヴァキアの新しい時代を切り拓く、新しい政治リーダーたちとお知り合いになれるかも。そして将来は大統領夫人に!
カレル 君が大統領夫人?
オルガ 私なら、国民劇場の舞台にはその内立てるわ。(窓の外を見て)夢はもっと上、あの丘の上のプラハ城。世界の要人たちを、私の優雅さでもてなすのよ、大統領夫人として!
カレル 君みたいなじゃじゃ馬に務まるわけない。
オルガ もちろん、私にもはしたなーい部分はあるわ。でもそんなの隠し通す。大統領夫人を演じ切ってみせるわ。だって女優だもの。
オルガ、『ロボット』の一節を諳んじる。
オルガ 「世界という世界が、大陸という大陸が、全人類が、ありとあらゆるものが、発狂して狂乱する狂宴に絡め取られたのだ!(※1)」
カレル それは君のために書いた台詞じゃない!
オルガ 台詞は誰かに与えてもらうものじゃない。奪い取るものなのよ。ね、ランゲル?
ランゲル え?
オルガ それ。
オルガ、テーブルにあった果物をオルガの口に運ぶようにというジェスチャー。ランゲル、おずおずとオルガの口に果物を運ぶ。
オルガ 「もはや食べ物に手を伸ばすことすらない。直接口に運んでくれるから、立ち上がる必要もない。ハハッ、ドミンのロボットは何でも世話してくれる! 我々人間、創造の極致をきわめた我々は、労働で老いることもなければ、子供の世話で老いることもなく、貧しさで老いることもない! さあ、さあ、快楽という快楽をもってくるがいい!(※1)」
ヤルミラの声 「では、人類は滅びるの?(※1)」
ヨゼフと、ドレスに着替えたヤルミラが戻ってくる。
オルガ あら、ヤルミラ! 素敵!
ヤルミラ ありがとう。あなたの男勝りの台詞術も素敵だったわ。 それで? カレルからパーティーに誘ってもらえた?
オルガ ええ、もちろん。
ランゲル オルガ、君は、、、
オルガ (無視して)ヤルミラ、この靴じゃ歩くのに時間がかかるわ。先行ってましょ?
ヤルミラ え?
オルガ カレル、劇場で待ってるわ。じゃあね。
オルガ、ヤルミラを引っ張って玄関の方へ、
ヤルミラ え? あなた、私の帽子、、、
ヨゼフ え?
オルガ、ヤルミラを連れ去り、玄関から出て行く。ヨゼフ、手元の帽子を見て、
ヨゼフ 女ってやつは、、、カレル、俺も先行ってるぞ。
ヨゼフ、出て行く。
ランゲル オルガは狂ってる。よかったんだよ、君は振られて。
カレル 、、、
ランゲル カレル?
カレル 彼女は、地獄の女神なんだ。
ランゲル え?
カレル 僕の胸をあの氷のような瞳で焼く。僕の心臓は燃え上がって、黒焦げになって、それでも彼女を愛することを止められない。
ランゲル 君も頭がおかしいぞ?
カレル ランゲル、頭がおかしくならない恋なんて、恋じゃないだろ?
ランゲル ちょっとその頭を冷やせ。
ランゲル、カレルを椅子に座らせる。
ランゲル 彼女のあの様子を見て、まだ恋が冷めないのか?
カレル 冷めない。ずっと苦しいまま。手紙を出しても彼女はいつも返事が遅いんだ。僕は三日と空けず送ってるのに。二言三言でいいんだ。それを書く五分も見つけられないってのか?
ランゲル 、、、
カレル ずっとそばにいたい。それでプロポーズしたら断られた。
ランゲル え?
カレル 滑稽かい?
ランゲル おい、彼女はまだ十代だぞ?
カレル 彼女のお父さんもそう言ってたって。
ランゲル カレル、本当に頭を冷やせって。
カレル わかってる。君も先行っててくれ。
ランゲル 、、、来るんだよな?
カレル 行くよ。僕は作者だよ。行かないわけにはいかないだろ?
ランゲル 、、、
カレル 次の作品の構想を練っておきたいんだ。早く次の作品のことで頭をいっぱいにすれば、オルガのことを考えなくて済む。
ランゲル 、、、わかった。じゃあ劇場で。
ランゲル、玄関から出て行く。
カレル ロボット、愛、女、オルガ、、、次の作品、次の、、、窓、空、雲、花、ミミズ、虫、、、虫?
カレル、次の作品のアイディアが閃き、メモをとる。すると、ドアベルが鳴る。カレル、玄関の方を見て、応対しに行く。
老女の声 カレル・チャペックさん?
カレルの声 はい、そうですが、、、どちら様ですか?
老女の声 この本のことでお話ししたいことがあるんです。
カレルの声 、、、わかりました。どうぞ。
カレルと老女が入ってくる。
カレル どうぞ。
カレル、椅子を引くが、老女は座らない。
カレル 、、、
老女 今日はこの御本の初日でしたね。すぐにお暇します。
カレル 、、、
老女 私はギルベアタ・ゼリガー。地方で小学校の教師をしています。
カレル 、、、お名前から察するに、ドイツ系ですか?
老女 はい。ドイツ語を教えていました。
カレル ました、とは?
老女 一年前に「言語法」が制定されたのはご存知ですよね? 国家語としてチェコスロヴァキア語だけを認定した、あの法律を。
カレル はい。でもそれが何か?
老女 勤めていたドイツ人学校が閉鎖されたんです。
カレル え?
老女 チェコ政府は今、少数民族になったドイツ系の人々が通う、地方の学校を、少しずつ閉鎖していってるんです。
カレル それは生徒数が少ないからでは? たしか小学校法で四十名以下のクラスは、、、
老女 (遮って)チェコ人学校は増えてるんです。その町にチェコ語を話す子どもが二人しかいなくても、チェコ語で学べる学校は新たに作られてる。
カレル 、、、
老女 これは迫害じゃないでしょうか? 少数民族の子どもは、母語で授業を受けられずに育っていく。
カレル 迫害という言い方は大袈裟では? チェコは今、新しい国家として産声をあげたばかりだ。たしかに細かいところまでは手が回っていないのかもしれないけど、迫害だなんて、、、
老女 チャペックさんは新聞社でも働いてらっしゃいますよね? このことを新聞で訴えてほしいんです。
カレル 私が?
老女 はい。チェコ語を愛するあなたなら、ドイツ語を奪われるこの苦しみが理解できるはず。それをチェコ人たちに伝えてほしいんです。このままだと、ドイツ系の人々の不満や不安が、、、怒りに変わっていくかもしれない。
カレル 、、、
老女 そうならないためにも、チェコに住む全ての子どもたちに母語で学ぶ機会を。今ならまだ間に合います。お願い。
カレル 、、、
老女、突然、去る。
カレル ちょっと待ってください。
カレル、老女を追いかけるが、捕まえられない。ふと、老女が立っていたところを見ると、床が濡れている。
カレル 水?
カレル、老女が去っていた方向を見る。暗転。
※1 引用 『ロボット RUR』 カレル・チャペック著 阿部賢一・訳 中公文庫より
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