GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #1

2021年6月3日。前日にヨーロッパから届いた自転車を輸送するための大型バイクケースを引っ張って、僕は羽田空港にいた。国際線ターミナルの出発ロビーは入り込む自然光で十分に明るいが、昼下がりだというのに照明はまばらで人影も無い。コロナ禍において空港の閑散ぶりは話には聞いていたが、あらためて目の当たりにするとこれだけ大きな人工物に全く人がいないのは非現実的で、まるでサイエンス・フィクション映画のワンシーンのようだ。
チェックインカウンター近くのベンチに腰をおろし時計を見ると手続き開始まで十分な時間があったのでタブレット端末で小説でも読もうかと思ったが、僕はディスクブレーキのローターを取り外すことにした。荷造りの際に散々悩んで付けたままにしたのだが、空輸でローターが曲がってしまったら到着後に余分な仕事が増えてしまうからである。通常であれば、空港のターミナルで荷物を開けてホイールを取り出し、カセットスプロケットのロックリング回しのような大きな工具と取り出してディスクローターを外そうとなどは思わないが、それほど人がいないのだ。そもそも自宅でディスクローターを外さずパッキングをしたにも関わらず必要な工具を同梱し空港で結局取り外すという行為に、些か冷静でない自分を感じる。それはいまから始まる旅と、それがもたらす体験への期待と不安によるものだろう。外したディスクローターはペーパータオルに包んで重ね、ヘルメットに入れてバイクケースに同梱した。
僕は満足し再びベンチに腰をおろすと、スマートウォッチが通知を知らせるために短く振動した。スマートフォンをポケットから取り出し確認すると、白魚の軍艦巻きが大写しになった写真と、今から国際線ターミナルに向かうとのメッセージが表示されていた。送信者は森本だ。どうやら国内線ターミナルで寿司を食べているらしい。森本は最近でこそ動画配信者としてめっぽう存在感を示しているが、彼のビジネスは自転車にまつわる海外製品のディストリビューターだ。仕事と趣味の接点として年に何度も海外出張をこなしているだけあって空港での立ち回りは洗練されている。これからは僕も国内線ターミナルで寿司を食べてから国際線ターミナルにいくことにしようと思った。いよいよ手持ち無沙汰になった僕はポケットからアトランタ経由カンザスシティ行きのエアチケットを取り出し、どこを確認するでもなく眺めた。僕と森本の目的地はカンザスだった。そこで僕たちは世界最大のグラベルレース、GARMIN UNBOUND Gravelの100マイルクラスに出走する。

>>GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #2

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