GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #21

休憩を終え、ここからずっと進路は東に向かっている。風は南から吹いているようだが、東向きに進むときも向かい風に感じるので、つまりここから先はずっと向かい風の区間を進むことになる。時刻は13時をまわり気温は天井知らずに上昇している。苦しい時間帯だが、森本はTTポジションを取ると向かい風を切り裂いて走りはじめた。彼もかなり疲労困憊の感があったが、先ほどの休憩で取り戻したのか俄然強さを発揮し僕の前を力強く引き続けてくれている。いま僕のサイクルコンピューターは125ワットの出力を示している。少しの負荷を感じつつペダルを回しているが、向かい風の中を前を引く森本は200ワット近いのではないかと思うのだが、彼は今TTポジションがバチっとハマっているようで、まるでダイナモのようだ。
ふと先に人だかりが見えて、僕たちは脚を緩めた。どうやら地元の人の私設エイドのようで、冷えた水をフィードしているようだ。僕たちもペダルを停め、水を貰おうとエイドステーションに近寄る。神やな、と森本が言った。確かにここで冷えた水を貰えるのは僥倖だし、多くの選手がその神のもとに集まっていったが、彼らは皆一様にエンジェル、エンジェルと言っていた。なるほど、僕たちが神とか気軽に言う、このワードは彼らにとってはエンジェルなのか、と文化的な気づきがあったりするのは旅の醍醐味である。僕はボトルに残った水をヘルメットの上から被って、そのエンジェルから水をもらった。止む気配の無い強風と、乾燥した地面が舞い上げる砂埃、容赦なく照らし続ける日光と地平線が支配する世界が、想像よりもはるかに冷えた水を飲むと、少しだけ怯んだ気がした。僕たちはまだ、走ることができる。
これまでと同様、丘を登っては下り、登っては下る。小高い丘のピークでは、僕たちはこれから走るであろうグラベルが何層にもなったアップダウンの遥か先まで見ることができる。写真や動画では絶対に伝わらないスケールだ。ここに来て、僕は森本に引いてもらって最適な強度でペダルを回すことより相当に回復し、いよいよ疲労が一定以上に到達したロングライド後半にしばしば感じる状況、身体の余分な力が抜けて最大効率のペダリングが可能なゾーンに到達した。逆に森本はこの暑さと向かい風の中、延々とTTポジションで引き続けてくれた代償か、ペダリングにパワーを感じなくなってきた。おそらく森本はもうすぐに踏めなくなるだろう。だけどここからは僕がゾーンに入って彼を引き続けることができる。残りはもう30kmほどだ。僕が森本の前に出ると、彼はTTポジションを解除して僕の顔を見た。その表情はいつもの彼の自信に満ちたそれではなく、彼の内面の弱さが、いつだったか、俺は自転車に傾向しすぎたナードだったよと語った彼の、その少年時代の眼差しだったのかもしれない。少し無理をさせてしまったな、そう思って僕は彼の目を見て、思いっきり笑って(口角を上げるのが苦手なので笑えていたかはわからない)こう言った。整ったからな、ここからはオレが引くわ。
UNBOUND Gravel終盤、僕のUNBOUNDから、ふたたび僕たちのUNBOUNDになった。それを分かち合える仲間がいるって幸福なことだよな、と思って右足にぐっと力を込めた。

 >>GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #22

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