GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #24

右ふくらはぎの激痛に耐えインナー・ローでペダルを回す。ここで自転車を降りる訳にはいかなかった。これまで多くの選手が路面が荒れたところや川の洗い越し、強め登りなどで自転車を押していた。僕と森本はそのすべてを乗車でクリアしてきたのに、このほんのちょっとの舗装の坂道で押しを入れる訳にはいかなかった。森本はすぐに登りきって右折をして見えなくなった。ロードレース中に大逃げした選手が攣った脚に安全ピンを刺して走っただの、競技中に脚が攣る対策を聞かれ攣ってないことにしろとアドバイスしただの、根性論的な逸話を聞いたことがあるが、果たしてそれは正しかった。ここまで来て、攣ったとかどうとかはもう些細なことである。レース中に走行不能にならないようにマネジメントすることは重要だが、最後の最後はペダルを回せば自転車は前へと進むという事実、それ以外は何もない。168km走って、あと2kmのところで、何が僕を止められるというのか。
登りきって右に曲がる。なぜか短い下り坂だ。勘弁してくれ、そう思いながらサドルから腰を上げ、ふくらはぎを伸ばすと痙攣はすんなりと収まった。前方に森本が見える。いよいよ大学の構内を抜けるとエンポーリアの目抜き通りで、ゴールがあるはずだ。森本はゴールの瞬間に備えて撮影を開始していた。通りに入るとパイロン(日本のそれよりもだいぶ細くて長い)が2本づつ均等にならび、コースを作っていた。あとはもう、まっすぐだ。1km先にゴールが見えると、観客の声援が聞こえた。人だかりができている。徐々に音楽やテンションの高いMCの声が聞こえてくる。僕はゴールの瞬間を動画で撮影して残しておこうと思いカーゴ・ビブショーツからスマートフォンを取り出した。
ゴールゲートが近づくにつれ、パイロンは金属のフェンスになり、観客の数も増えていく。そして、そこにいるすべての人が、僕たちに向けて大きな拍手を、大きな声援をかけてくれる。まるで勝者のようで、胸が熱くなった。いよいよ左右のフェンスに様々なスポンサーのバナーが掲げられると、中継で見る海外の自転車レースのゴール地点そのままで、左右とも途切れることなく観客に埋め尽くされ、拍手と口笛と声援が鳴り止まない。僕はスマートフォンの撮影を中止した。この観客からの祝福を、UNBOUND Gravelのフィニッシャーとして、この埃だらけのバイクと身体で受け止めないと失礼だと思った。カーゴ・ビブショーツのポケットにスマートフォンをしまうと、僕は真っ直ぐにハンドルを握って前を見た。ゴールが近づいて声援がひときわ大きくなると、それに比例して感情も高まる。慣れない日本語の発音でMCが僕の名前を叫んだ。自分への肯定をこんなにも強く感じたことはこれまでになかった。いよいよ僕はゴールする。いま、好奇心と衝動のままの1万キロメートルの旅が、グラベルだけが確かだった100マイルの旅が、終わる。そこでずっと、僕は自転車への愛だけを携えていた。

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