GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #10

2021年6月5日、5時30分にモーテルを出発した。朝食をしっかりと摂るつもりだったが周辺には開いている店がなく、やむを得ず日本でもおなじみのハンバーガーチェーンでソーセージ・エッグ・マフィンのセットを注文した。アメリカで食べるのは初めてなのだが、日本でのそれと違いは無いといってよく、グローバル規模で統一された品質に関心した。グローバル規模のファストフードチェーンは国によってその好みに合わせて味を調整すると聞いていたが、こと日本とアメリカ間においては差がほぼないことは発見ではあったが、とくに歓迎するものではない。美しい朝焼けの中、エンポーリアに向かって車を走らせていると、森本は写真や動画を共有するソーシャル・ネットワーキング・サービスでライブ配信を行った。約15時間の時差で日本ではプライムタイムあたりのちょうど良い時間帯での配信となり、多くの視聴者のコメントを受け配信は大いに盛り上がったので、助手席に座る僕もなんだかインフルエンサーのようなものになったような気分になった。
エンポーリアに到着するとまず、どこに駐車すべき場所かわからなかった。昨日のエントリー時に貰った書類に記載されていたかもしれないが、僕も森本も目を通していない。レースは長時間に及ぶのでトラブルがあってはいけないが、街中の駐車場にはサイクルキャリアを装着した車が多く駐車されていたので、空いているスペースに一旦停めて他のライダーに聞いてみると、知らんけど大丈夫やろ、といういような返事だったので、駐車場問題はすぐに解決した。そして車を降りると、イベントらしいテンション高めなアナウンスの声が聞こえた。花形クラスの200マイルは6時スタートで、それは今から30分前だ。200マイルのスタートを見送った人たちが100マイルのスタートはまだかと待っているのだろう。街のボルテージは昨日よりも高まっていて、それに呼応するように僕の心も高まっていく。早く走りたい。バイクを組み立てて昨日と同じ手順でGPSデータをロードした。2つのボトルに水をいっぱいに入れてボトルケージに、ペットボトルをステム横のスナックポーチにセットした。昨夜準備したキットに着替えて、シューズを履き、ヘルメットをかぶった。忘れ物がないか確認して、SUVのドアを閉めると、ロックがかかる。森本は動画の撮影をしている。森本は不意に僕の方を見て、いつものように目を細めて、さぁいこか、と言った。
僕たちはスタート地点の目抜き通りへと自転車を進める。スタートラインはかなり前方だが選手で埋まっていて行けない。ここでいいやろ、オレらガチちゃうしな。そう言う森本と一緒に写真を撮った。必要以上に大きな音量でアメリカ国歌が流れると、選手たちは左胸に手を置いた。自分がいま立っている空間にリアリティが無い。だってそうだろう?ここは日本から1万キロメートルも離れた小さな田舎町で、いまから100マイルのグラベルレースが始まろうとしていて、日本人なんて誰もいない。アメリカ国歌はもうすぐに終わるだろう。そうすると、僕たちはスタートする。あの白くたなびく飛行機雲に向かって飛ぶ渡り鳥の群れのように。

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