旅の記:2023年7月のツアー㉕足羽神社<継体天皇>(福井県福井市)
【旅の記:2023年7月のツアー㉕足羽神社】
後に継体天皇となる男大迹王(ヲホドノオウ)が越前の治水事業を行った際に、事業の安全を祈願して足羽山に大宮地之霊(坐摩神)を勧請したのが始まりとされる。坐摩神(いかすりのかみ)は水の神である生井神・福井神・綱長井神と工事安全・交通安全の神である阿須波神、そして厄除けの神である波比岐神の5柱からなる皇居の地を守護する神。そしてご本殿には天皇即位のために越前を旅立つときに「末永くこの国の守り神とならん」と自らの生御霊を鎮めたそうで、継体天皇がお祀りされています。
領主であった朝倉氏から社領の寄進を受け、戦国の世に一度荒廃するが、柴田勝家が社殿を修理、江戸時代には福井藩松平家からも深い崇敬を受けた。
戦前は光明天皇ならびに仁孝天皇直筆の額字があり旧国宝に指定されていたが、先の大戦で宝物庫ごと焼失してしまったそうです。
継体天皇と言えば応神天皇の5世の子孫で、後嗣を残さずに崩御した(暴君としても有名な)武烈天皇の後継として、越前から呼ばれて即位した。そのため、実際は福井の地方豪族が実力で大和政権を掌握し、王位を奪ったのではないかという説がありますね。
越前にはかなり多くの古墳も残っていることから、強大な勢力が存在していたことは確かでしょう。また大陸とも近く、灌漑や鉄器生産など先進的な技術を持っていたことも考えられるとのことです。