黒部源流域を歩く5日間の記憶 ~伊藤新道をゆく~
4泊5日で黒部源流域を歩いた記録。紙のノートに毎日書いていた日記を、加筆、編集して書き起こしたもの。現像した写真とともに振り返る。
九月一三日(金)一日目
天気はぼちぼち。山荘で沢靴とヘルメットを借りて、あとはお菓子ばかりのザック。昼前にぼちぼちと出発。今日は水晶小屋まで。
今年、山のシーズンに入るときになんとなく思い描いていたテーマは「トレイルと交流」。とりあえず雲ノ平の近くの登山道はすべて歩いてみたい。そして、近くの小屋に泊まってどんな面白い方々がいるのか話してみたかった。
歩き始めた途中で、雲宿泊で自然解説のツアーに参加してくれた方とすれ違った。雲のことにいろいろと興味を持ってくれて、今度山へ行く約束をした。何度もこの言葉を文章に残しているが、自分の愛している場所を好きになってくれるのは、何よりの喜び。
水晶小屋に到着。八月に雲に来てくれた方々ばかりなので、最近の話をしながら昼ごはんをいただく。今日の寝させてもらう部屋は、ホシガラスという三畳ほどの小さな空間に布団が三つ。なかなか居心地がいい。
連日の仕事のせいか、低気圧か、身体は重め。長めの昼寝をとる。明日から雨に当たる山行になるかもしれないが、それはそれで。ゆっくり歩いて文章を書こう。
九月一四日(土)二日目
明日の天気が悪いことをうけて、下りで伊藤新道をゆくことにした。ナイス判断。鷲羽を通り三俣山荘に立ち寄る。顔見知りのみなさんに朝食をもてなしてもらう。しれっと朝のミーティングも遠くから聞く。水事情など共有する内容はさして変わらない。伊藤新道の登山届を出して八時ごろに出発。
山岳コースが思っているより長いが、緑がとても映える。沢に出てからは緊張が続く。硫黄成分が含まれているのでカメラが壊れる前にザックにしまう。
途中かなり危なかった。ルート取りにもう少し時間をかけて安全を取らなければならない。二度危なかった。落ちたら大怪我は確実。精神的に疲れながら、後半は渡渉のたびに憂鬱だった。
湯俣に無事到着。スタッフの方々に挨拶をして、同じ部屋に泊まっているお客さんとテラスで話し込む。かなりの強者ランナーに、ネパールに八年通って横断した方など、興味を惹かれる話ばかりだった。人生を捧げてる、好きなことに。
自分は誰と何に時間を捧げるか。
夜は焚き火にバーベキューをして眠りについた。湯俣山荘、素晴らしくいい場所。
九月一五日(日)三日目
しっかりとした雨。四時半に朝食を食べてすぐ出発。今日は竹村新道から三俣まで戻る。
等高線の密度がおかしい。よくぞ道にしたという感じ。途中、体温と食事管理が難しく、タフな朝だった。服を着て少しずつ回復していった。稜線に出てからは走るぐらいのテンション。
今日は修行だった。水晶でまたまたご馳走してもらい、三俣までタイムアタック。雨の日は早く駆けぬけることが多い。下りはわりと得意である。
三俣山荘に到着。カレーを食べて、スタッフやその友人と談笑タイム。みんな陽気によくしゃべる。明日はぼちぼち雲に帰って、荷物を整理して薬師沢に向かう。その次は大東新道を歩いてみようかな。
最近よく考えるのはオフシーズンのこと。かなりワクワクしている。仕事もエネルギーをぶつけたいし、行きたい場所もありすぎる。
もっと難しいテーマで文章を書けるようになりたい。社会のカウンターになる言葉。歴史と現在を構造的に理解しながら、書く練習をする。責任を持って書く。自然との関わり、その社会運動を広げる一員であることに高揚している。
九月一六日(月)四日目
朝三俣を出発。予報より天気良し。とりあえず雲に立ち寄る。着替えやらをすまして薬師沢へ。
沢の音が大きくなってくる。雲とはまったく異なる景色、音、風、色。
こんな場所が二時間ほどで着くのだからおもしろい。
小屋に到着してスタッフの方に挨拶。荷物を置いて沢に降りる。自分が沢でやるのはロックバランス。釣りはやらないが石は積む。
轟音のなかの静寂。バランスを取り重心が一つの軸に定まる瞬間、静寂が訪れる。完全に没頭していた。石を積んでいて集中できなかったことがない。それぐらいおもしろい。
夜は常連さんとスタッフ、一緒に食事をとった。前日からどんな話をしてくれるか楽しみだったらしい。自分の十代の経験や、今考えていることなど話しながら、みんなの半生の話で盛り上がった。消灯後も夜の集いは続いた。
一番いい夜だったかもしれない。
九月一七日(火)五日目
今日は大東新道を通って高天原へ。そして雲に帰る。朝食で雲にゆく方々とお話ししながら、五時半ごろに出発。
沢ゾーンは楽しいが、登りに入り、なかなかタフな登山道であると知る。道は狭くかなりの急登も続く。
邪道かもしれないが、自分は山のなかでしんどいときや、単調で退屈なときは好きな音楽を流す。激しい曲でテンションを上げる時もあれば、ゆったりと穏やかな曲で時間を進めるときもある。
今日繰り返し聴いていたのは、宇多田ヒカルの「荒野の狼」。宇多田を聴いていると、人生について考えさせられる。必ず。
高天原に立ち寄り、一人温泉に入る。早く帰りたいような帰りたくないような。でもみんなと話したいことばかり。五日間の旅の終わり。
自然に入り込んで五年ほど。自分なりの楽しみかたもわかってきて、今回も自分の好きなように歩き、立ち止まり、写真を撮った。いろんな場所で文章を残した。必死に、のびやかに、生きた時間。
最後に、旅の途中での殴り書きを残して、終えることにする。
あまりにも短い人生。あまりにも。十万年の大地の上に百年あまりの人間が立つ。会いたい人がたくさんいる。まだ死にたくない。人に会いに行くことに時間を捧げる。自然と人、創作。これ以外にいらない。最近会えていない人を思い浮かべながら、この文章を残す。
読んでいただきありがとうございます。「書くこと」を通して、なにか繋がりが生まれればうれしいです。サポート代は書籍の購入や旅の費用にあてさせていただきます。