【疑惑 #10】
「今…どこなの?」
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その日は、とても寒い朝でした。
私は、日帰りの東京出張のため、
早朝の新幹線に乗るべく…
自宅から最寄りのJRの駅に急いでいました。
早朝だったので、
路線バスもまだ運行されておらず…
いつものとおり、
自転車を駅まで走らせました。
普段は、バスに乗らず…
自転車で駅まで通勤。
その日は早朝だったので…
自転車で行くことは、
もちろん…妻も知っていました。
この自転車が…
後に疑惑のもととなるとは…
誰が予想したでしょうか。
出張については、
前の日の晩に、
妻にちゃんと説明していました。
そう…
夜9時の…
最終の新幹線で帰ることを。
だから…
自宅に着くのは…
深夜12時を過ぎることになる。
いつもなら…
そう告げていれば、
私がいつ帰ろうと…
彼女は先に、
床についているはずでした。
私は、
帰宅して…
そっと家に入って、
そっと寝るはずでした。
しかし…
その日は、違っていました。
午後6時…
私は既に…大阪にいました。
もう…
東京から戻っていました。
そして、
ある人と一緒に…いました。
飲み屋での楽しい時間は、
あっという間に過ぎていき…
気がつけば…
新幹線に乗る予定だった9時をとうに過ぎ…
時計の針は…
夜の12時を回ろうとしていました。
私は…
どうせ妻はもう寝ているだろうと…
そう思っていました。
その人と、
次の店に入って…
乾杯しようとした瞬間…
携帯電話が鳴りました…
妻からでした。
(今すぐ帰ったら何時になるだろう…)
(電車なら何時に家につく?電車はまだあるの?)
(タクシーなら…)
頭の中で…
時計の針がグルグル回っていました。
…
…
パニック…
鳴り続ける電話に…
しばらく出ることができませんでした。
「…もしもし…」
「…ねえ…今、新幹線?」
「いや…もう大阪に入ってるよ。」
歯切れの悪い会話が続きました。
「今…どこなの?」
「…えっ…新大阪かな…もうすぐ」
「そうなの…」
「だから。あと30分くらいで…家に着くから。」
「…ふ~ん…分かった。」
「…ごめんなぁ…」
(ガチャ! プーップーッ…)
私の頭の中は、
時間の数字でぐちゃぐちゃ…
だから…
30分なんて言ってしまった…
そこの飲み屋から家までは…
普通で帰って、
電車で帰って、
1時間は十分かかります。
私は…
自分で言った30分という時間に。
賭けました。
慌ててタクシーを拾い…
家に走らせました。
タクシーは…さすがに早い!
“約束”どおりの30分で帰宅…
約7000円かかりましたが、
…無駄な金だとは全く。
間に合ったこと…
それで十分でした。
約束が果たせたこと…
そのことに満足していました。
自己満足ですが…
「やれやれ。」
自宅のドアを開けると…
ホッとしたのもつかの間…
…
妻がまだ起きていました。
…
待っていました。
「…お帰り…」
「…ただいま…」
(沈黙)
「ねえ、電話かけたとき本当に電車に乗ってたの?」
「えっ?乗ってたよ…」
沈黙が続きました。
彼女は…
私の言動をじっと見ていました。
不安そうな目で…
じっと…。
「…おやすみ。」
そう素っ気なく言って…
彼女は寝室に消えていきました。
私は…
やっと落ち着きを取り戻し…
風呂につかっていました。
「あ…明日は自転車がないから…バスか。」
そう…
タクシーで自宅まで帰ってきていたので、
自転車は駅の駐輪場にとめたままだったことを思い出しました。
しかし、
そんなことなど全く気にすることもなく…
風呂につかりながら…
楽しかった時間の余韻に浸っていました。
妻が…
私の財布にあった…
タクシーのレシートを手にしているのも知らず…
二人に、
悲劇の影が近づいているとは知る由もなく…
(つづく)
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