スタートアップにおける法務人材の採用について思うこと
昨日の日経新聞の社説に以下のような記載があったが、これは肌感にも合うところだ。
「スタートアップの成長には法務や財務などを担当する専門人材も欠かせない。米バブソン大学などが2月に公表した世界の起業環境の比較調査報告書によると、日本は市場参入の容易さなどで諸外国に先行する一方、専門人材の分野で大幅に劣っていた。人材育成や流動性の向上が急務だ。」
私自身、弁護士事務所からスタートアップに移籍したひとりなので、スタートアップの経営層から「1人目の法務をとりたいのだけど、どうすればいいか?」という趣旨の質問をもらうことはあるが、もにょもにょした回答しかできないことが多い。
これは、私の言語化力の低さの問題も大いにあろうが、「そのような人はなかなかいません」という求める人材とのマッチングの難しさの問題もある。
というのも、どういう人材が欲しいのかを聞いて、ディスカッションしてみると、かなり期待値が高いことが多い。
例えば、新規事業のルールメイキングを主導するとか、M&Aを主導するとか、重大なインシデント対応に関する経営判断を主導できるとか、経営層と経営執行体制やコーポレートガバナンスのあり方を議論できるとか、そういう人材が求められていたりする。
法務機能の重要性が認識されているということで喜ばしい反面、これらはなかなかハイレベルなことで、当然ながら自分だって手放しに「できまっせ」とはいえない。
しかし、スタートアップに限らず優秀な法務パーソンを求める組織は多く、優秀な法務パーソンというのは、選択肢に恵まれている。
大企業でも責任ある役割を任されて活躍できるだろうし、弁護士資格の保有者であれば法律事務所のキャリアもある。
キャリア形成の観点からも、大企業でM&Aの経験を積んだり、グローバル企業で国際的な仕事に携わる方が有利かもしれない。
優秀な法務人材を求めるスタートアップとしては、そのような中で「あえて」スタートアップを選ぶかという問題に向き合わざるを得ない。
事業/組織の動きが激しい、えてしてハードワークが求められる、給与水準は劣る傾向にある、スタートアップはどうしても水物である(成功するかはわからない)、そんなスタートアップにあえて行く人ばかりでない(むしろ少数派かもしれない)という現実は、悲しいかな存在する。
なお、念のため、私はそういう「あえて」スタートアップに行く人を素敵だと思うし、自分自身の経験からも、魅力的な機会やワクワクに恵まれる可能性も十分にあると思っている(が、誰しもがその選択をするわけでもないとも思っている)。
しかも、上記のような人材の即戦力採用を目指すとすれば、「経営やそれに近いレイヤーで判断した場数がどの程度あるか」が重要だったりするので、候補者は激減する。
その現実を受け止めて腰を据えてじっくり採用活動を行うというのも一案であるが、人材のニーズがあるから採用活動を行っているわけであり、必要なポジションが埋まらないことに伴うしんどさは当然ある。
この場合、採用できるまでは、外部の弁護士に深くコミットしてもらいつつ、あるいは定常的な業務を任せられる法務メンバーを採用しつつ、中の優秀な経営メンバーが重要なリスクマネジメントやガバナンスの意思決定をする役割を担うというのが現実解となろうか。
即戦力が難しいとすると、「中で活躍して、成長いただいて、上記のような役割をもてるようになっていただきたい」という期待で採用することも考えられる。
しかし、ハイレベルな視座を持つ法務人材への育成も簡単ではない。
まず前提として、法務は専門職なので、法務の専門性がない人が法務パーソンを育成することは相当難しい。
また、機会が人を育てる面はあろうが、難しい法務アジェンダがあったとしても、結局は経営レイヤーが外部の弁護士を起用しながら対応し、メンバークラスの法務担当者は体制に入らないといった場合も起こりうる(もちろん、事案や組織の性格等もあろうから一概には言えないが)。
だが、良い兆しもある。
というのも、スタートアップで法務人材が活躍することがここ10年ぐらいで増えている感があり、スタートアップで活躍した経験のある法務パーソンの「二周目」が近ごろ増えている印象がある
(「感であり」とか「印象がある」とか主観ベースですいません)。
「二周目」の人材のつよみは、とにもかくにも、スタートアップという事業体の特性をよく理解していることである。
スタートアップの中にいれば、スタートアップに求められる成長やその難しさ・苦しさを否が応でも理解するし、事業上の意思決定やエグゼキューション、組織づくりの成功例や失敗例を多く事例ベースで知ることになる。
この解像度の高さがあるからこそ、スタートアップという事業体の特性を踏まえた価値の出し方をイメージしやすいし、事業/組織が高速に変化する中で次にどのようなリスクが生じるかを先回りして経営レイヤーに問題提起したり、対応方針を考えることもしやすくなる。
これは、法務に関する専門性とはまた違ったつよみといえる。
採用活動を行うスタートアップの視点でいえば、組織風土にフィットした働き方をしてくれる可能性の高さや、即戦力として活躍いただける可能性の高さを推認させるものとなるが、エージェント経由などでそのような人材と出会える可能性は、前よりは高まっているように思う(なお、弊社は最近その機会に恵まれた。ありがたい)。
また、雇い入れることは難しくとも、そのような人材をパートタイムで法務受託として起用しつつ、じっくりといい人を待つこともしやすくなっている(ただし、その人材が弁護士資格を保有していないと弁護士法違反の問題はありうるが)。
ハイクラスな法務パーソンに法務委託できれば、経営レイヤーの問題意識にも応えるような、勘所をおさえたハイレベルな貢献も期待できる。さらにはポテンシャルのあるメンバーの育成までをも期待できるかもしれない(実際にそのような事例を見聞きすることもある)。
ただし、外部の法務パーソンがどのような価値を出せるかは、法務のスキルに加えて事業や組織、さらには経営に対する解像度によるところも大きい。そのため、「中の人」としてどのようなレイヤーで働いていたかも重要であり、上記のようなハイレベルの水準を求めるとなると、もはやCLO/GC経験者クラスに委託するようなケースかもしれない。
ということで、スタートアップの法務人材の採用はやっぱり大変で、その現実と向き合わざるを得ないけど、「二周目」の動きで少し状況は改善しているかもしれないね、という昨日の日経新聞の社説を読んでの感想でした。
非常に取り留めのない記事となってしまい、このとりとめのなさは、「やはり、質問に対してモニョモニョするのは貴殿の言語化力の低さが故ではないか」と言われそうであるが、しかし、スタートアップの視点で法務人材の採用が難しいことは実感値ベースで本当です。