<第55話>外務省をぶっ壊す!~私、美賀市議会議員選挙に出ます!~
月曜日~金曜日更新
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
<第55話>
50過ぎて2日連続の徹夜は辛い。
ほとんど眠れず、夜が明けた。
卓谷と昨日会議で話した通り、自分の政見放送で「死なないで下さい」という中山へのメッセージを入れる事にした。
もう原稿は完成していて入れる隙なんかないのだが、しょうがない。
禁じ手を使う事にした。
「英霊の皆さま、どうぞお許し下さい。人の命が掛かっているのです。」
グジっとフタを捻じって2本目の滋養強壮ドリンク:カンケルを飲む。
今日、収録して地上波のNHKで放送されるのは5日後だ。
「それまでどうか生きていて下さい」と祈る。
NHKの駐車場に車を入れる。
狭いところだが私の駐車スペースにコーンを置いてくれている。
それを退けると「すいませーん」と言って、後からきた女性が車を入れてしまった。
やれやれと思い、奥の止めにくいジメジメした場所に自分の車を捻じ込む。
市役所と違って防犯カメラがちゃんと作動していて、仰々しくNHKの政見放送担当者がワラワラ出てきてお出迎えしてくれた。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」と頭を下げ、普通に挨拶をするが、やけにみんな丁寧である。
「ささ、ささ」っと手を差して、まるでお姫様に道案内でもするかのようだった。
このNHK職員の態度が、この放送局が県庁所在地にあるという事もあり、私が昨年に玄関前で「外務省の不祥事糾弾街宣」をしていたから、「私にビビッていた」と気が付いたのは、この収録の半年後だった。
初めて対面するNHKの職員はみなスマートでシュッとしていた。
開局79年だけあって、建物内は古くて、応接間のソファーもほとんどクッションが潰れて硬くなっていた。
そこへプロデューサーやアナウンサーや何だか分らない職員がドドっと入って来て、精神的にちょっと圧迫された。
「時間は5分です。時計は要りますか?」
「要ります」
「話し終わったあと、10秒間くらいはそのままじっとしていて下さい」
など簡単な説明を受けた。
次にNHKの建物の看板にさっき看板アナとして載っていた男性アナウンサーが「三重県選挙区 外務省から国民を守る党 門田マチルダ 51歳。高校を卒業してからOLをしたり、NPOに入ったり、大学に行ったりして日々、研鑽を重ねて来ました。 では、門田マチルダさんの政見放送です」と読み上げ、イントネーションのチェックが行われた。
そして、隣のうす暗い部屋でプロのメイクさんに簡単なメイクをしてもらう様促された。
髪をブローされながら「なんもしなくて良いです」とだけ言う。
化粧をしたところでどうにもならない事は半世紀前から分かっているからだ。
メイクさんは「はい」と微笑み、なんかキラキラした粉だけ顔にはたいてくれた。
いよいよスタジオに入る。
そこここにスタンバイするスタッフさんたちのオーラが私より緊迫している。
彼らにとってこれが仕事なのだ。
机と椅子のセッティングが何度も執拗に行われた。数センチを気にして座布団を置いたり、替えたり、足の踏み台を置いたり、外したりとものすごい気の使いようだった。
このスタッフさんたちに報いて、私は完膚なきまでの「外務省をぶっ壊す政見放送」をブチかまそう、そして中山さんに「生きて!」とメッセージを送るのだ。
おのずと手が3本目のカンケルに伸びていた。
気付け薬とよく言ったものだ。
素早くフタを捻じ切り、老体にカフェインを洪水の如く流し込む。
腹が燃え、目が冴える。
脳内の眠っていた血が波打ち暴れ出す。
さあ、やろうか!
何度も推敲を重ね、クタクタになった原稿だ。
しっかりと握りしめ、据えられた机に着く。
Let’s show time!
つづく。
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