<第50話>外務省をぶっ壊す!~私、美賀市議会議員選挙に出ます!~
月曜日~金曜日更新
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
<第50話>
「刑法 第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」
近畿大学の先生が「刑法に人を殺してはいけないという条文はないんですよ」と授業で得意気に言ってたのを思い出す。
それは「その代わり、やった以上は責任を取りなさいよ」という意味だと。
大卒と言いたいが為だけに苦労して卒業した大学ではあるが、記憶に残っているのはこの事だけだ。
「あえて禁止規定にしてない」事については賢い方々がいろいろ説明してくれているが詳しく知りたいとも思わないので読まない。
もうすぐ夜が明ける。
「中山は井戸を殺した」
これは「殺人は殺人であり」、「正義の行動」として肯定してはいけないという真っ当な思考回路を、これからいざ決戦に向かう興奮が遮断していた。
第25回参議院議員選挙 立候補届出会場は、県庁左の三重県議会議事堂一階で行われていた。
着慣れないスーツに身を固め、久しぶりに履いたパンプスでゴツゴツしたヒールに優しくない石畳の上を歩く。
提出する封印された封筒と相棒の拡声器を積んだショッピングカートを押しながらヨイショヨイショとやって来た。
こんな候補者は前代未聞だと自分でも思う。超ダサい。
三重選挙区からの立候補者はもう分かっている。
与党一人、野党一人と外務省から国民を守る党から私の3人である。
オバハンの私が一人で乗り込んできたというのに、与野党の候補者は来ておらず、柄の悪い大男たちが大挙して来ていた。
マスコミではない。
候補者の身代わりで禊を受けにきた党のスタッフである。
名簿に自分の名前を書く。
既に3番目だった。
他陣営は候補者本人でも無い奴が来て早々に記名していた事になる。
それにしても2人の新聞記者らしき男性が挨拶に来ただけで、与野党の連中は誰も挨拶に来やしない。
私の周りに所狭しと陣取りながら、端から私を落選必至のイロモノ泡沫候補だと踏んであからさまに無視していやがる。
緊張して何度もトイレに行くが、その場合だって私は長椅子に座る木偶の坊たちに「失礼します」くらいの声はかけている。
疎外感で窒息死寸前の完全アウェーである。
「こちらで順番を決めるクジを引きます」と居直る私に親切に声をかけてくれたのは、県庁の女性職員だった。
どうせ3人しかおらず、私以外の候補者は敵前逃亡というか、テメーの出馬届けすら人任せにするヘタレである。
厳格に行う必要性などまったく感じないが、これが我が国の作法なのだ。
クジを引くのは3番目だった。
まず「届け出順を決めるために引くクジを引く順番」をクジで引く。
白い封筒に入れられた鉛筆みたいな変な棒を引いた。
2番めだった。
私の前に大男が引いて1番を出し、私の後に別の大男が引いて3番を出した。
大した事ではないと思うが、いちいち周りの大男たちが「お~~!」と声を上げていた。
2番目に私の順番がやってきてまた白い封筒に入れられた鉛筆みたいな変な棒を引いた。
また2番だった。
白い封筒に入れられた鉛筆みたいな変な棒が国会議員と同等の国立大学出身の優秀な県庁職員たちが頭を突っつき合わせながら丹精込めて手作りしたのかと思うと感慨深い。
実際はどうなのかは分らないが、そんな事を思いながら私の掲示板に貼るポスターの番号は2番という事が決定した。
左から3番の野党候補者、1番の与党候補者、その下に3番の私のポスターが貼られる格好だ。
さっさと帰りたいのだが、これから事前審査で封をされた書類を提出する儀式が始まる。
体育館ほどの広い会場に長テーブルが左、真ん中、右と手続き順に置かれていた。
入口で自分の番を待つ。
これも親切な女性職員が教えてくれた。
重厚なドアに沿ってぽつんと立つ。
大勢の黒ずくめの男たちが後ろにワンサカいて威圧感で押しつぶされそうになる。
前の与党候補の様子を見ると、大男8人掛かりで書類を審査する県庁職員一人に睨みを効かせている。
「なんだぁ~ヤクザの出入りかよ!」と見紛うばかりであり、初めて鈍臭いと思っていた県庁職員に憐憫の情が沸いた。
自分の番がやってきた。
封を開けてない書類を渡すのだから、慌てる事はなく、変更もやり直しも無い。
これは他陣営も同じだ。
ただ、職員が確認するのを待ってるだけの時間をやり過ごす退屈な時間だ。
こんな事に党スタッフの大男を大勢派遣して職員一人に睨みを効かせる連中って心底バカじゃないのか?と思っていたら、後の野党候補陣営も同じ事をやっていた。
「では、よろしくお願いしますっ」
なんとか届出用紙、押印を確認した職員からドスンと最後の紙袋を渡された。
立候補にかかる手続きが全て終ったのだ。
会場にいる職員たちに深々と頭を下げる。
「やったー!」
「終わった――!」
「持ち逃げ又は立候補しなかった場合は10倍の3000万円にして弁償する事」この悪魔の規約からやっと解放された瞬間だった。
頭の中でファンファーレが鳴る。
「警察のバカめ!」
「今捕まえたって遅いんや~、や~いや~い!」
ニタニタして帰ろうとした所、お爺さんと若い女性スタッフがいる小さなブースに寄るように言われた。
なんかの協会が選挙がある度、恒例として行っている行事のようだった。
爺さんも女性もスーツでビシっと決めている。
おっかなびっくりお爺さんの前に進むと大きなガラスの額縁を渡された。
「あなたは民主主義のどうのこうので、公正な選挙をするなんとかかんとか」とその上品な背の高い爺さんが読み上げた。
なんだか表彰されているようだ。
まったくチンプンカンプンとはこの事だ。
さらに祝賀会なんかでよく見られる大きな紅白のリボンの胸章まで箱入りでくれた。
一体、何が起きているのか?
何もめでたくも祝われる事も起きてないのに。
否、めでたい!3000万円払わずに済んだ!警察にも勝った!
最後には残り少ない人生でこのイベントを生き甲斐に過ごしておられるお爺さんがこんな私を讃えてくれている!
そう実感して自然に有難く頭を垂れていた。
つづく。
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