『平均的な家庭』
2020年2月に道草の家、下窪さん主催の文章教室に参加したときに出した文章をこちらに。ここからもっと長く書こうとして、でもいったんこのサイズで書いたものをつぎたし、つぎたしで伸ばすのは意外とかんたんにはいかなくて、ゼロから書いたほうがいいのかもしれないと思っています。
わたしは自分の家を平均的な家庭だと認識していた。
会社勤めをする両親に育てられ、姉がいる。クリスマスには両親が本当のサンタクロースを呼んでくれた。本当なので、わたしは見たことがない。
三歳上の姉はある頃から喋らなくなったが、着なくなった服やつけなくなった香水をくれる。姉が捨てたもので、わたしはできている。
不審者に電車でつきまとわれる高校生活を送った姉は、卒業後、正義のひととなった。朝七時から九時までランダムに選ぶ路線に乗り、痴漢や盗撮者を探す。動画撮影し、手をつかんで、しかるべき機関に引き渡す。九時を過ぎたら渋谷駅に向かう。カフェやファーストフード店のトイレでウィッグを取り服を着替えメイクを落とし黒目の大きくなるコンタクトレンズを外し、誰かに似ていそうで誰にも似ていない姉の姿に戻り、帰宅する。帰宅後、ヨーガで心と体のバランスを整え、昼寝の時間を少し取り、夕方から塾へ出勤する。姉の手帳にはそう記録されていた。
わたしは大学を卒業後、寺のバザーで出会ったスペイン男と結婚するつもりだった。バイトをしては貯めたお金でバルセロナへ飛び、帰国後またバイトという生活をしばらく続けていたが、ニッテレケー、それは最初は甘くて最後は苦い恋に終わった。スペイン男は情熱的と言えば情熱的だったのかもしれないが、探せば日本にも同程度の情熱的な男はいる。そして日本地図をぐるぐるとまわして煮つめたような奥深いところにいそうなほどに、その男は男尊女卑男だった、ちゃりん。元々がかみ合わないお互いの語学力に恋のエッセンスをふりかけてふわりとさせ、価値観の違いでフランベする。汚く燃えて大失敗。
「バルセロナはもう行かないのか、ぷしゅ、スペイン坊やももう来ないんだな」
「お父さんてば、結局一度も名前で呼ばなかったんじゃない。娘がスペイン行ってしまわなくて本当によかったよねぇ、ぴろろろぴろ」
父は寂しそうなふりをして笑い、母はバルセロナのガイドブックをちらりちらりと見た。実家の居心地は良い。わたしは早く両親のような家庭をもちたくて、友人に紹介をねだった。いまどきバイト暮らしの女性は選ばれないと口うるさい友人に言われ、ダダンドドン、就職もした。ヨーロッパの食品を扱う会社で営業職として働き始めると、口うるさいあの友人が婚活してんのに営業なんてやってどうすんのよもうちょっと忙しくなさそうな仕事しなさいよとなぜか怒る。働き始めた会社では営業職も営業事務職も総務も経理も簡易倉庫のおじさんも忙しそうで、そんなふうに怒られても、ぴぃぽぅぴぃぽぅ、困る。それに結婚と職種選択とがどう関わってくるのかわからないがあの友人が怒っていることはわかるので、結婚への姿勢について彼女と語ることはやめにしたまま夏が過ぎる。
柚子ジャムの季節に口うるさいあの友人がやさしい目をした男性を紹介してくれたので、休日をともに過ごしてみる。三度目の休日、やさしい目がぽつり尋ねる。
「そういえばミワさんはいつもそうなんですか、その、喋っているときに聞こえてくる音をくりかえす」
今まで誰も教えてくれなかった。帰宅すると父と母がジュビュシュやぽんっなど発していた。わたしは自分の家を平均的な家庭だと認識していた。