ヘンコに恋をした
十三歳だった。
ほぼ毎日一緒に帰宅していた幼なじみを、彼女の部室前で待つ。彼女の部活は放送部。「帰宅しましょう」というアナウンスをビートルズの『Let It Be』にのせて放送するまで帰れない。
わたしは放送部員ではなかったけれど、そんな理由で時々、夕方まで放送部員とどうでもいいことを喋っていた。その中にいたのがYくんだ。
放送部の男子というあまり表に出てこないタイプの生徒で、それにしてはYくんはサッカー部やバスケ部ともつるんでいる、周りから「ヘンコ」と呼ばれる人だった。ヘンコ、とは変な子の意味である。
ヘンコのYくんのどこに恋に落ちたのか今となっては曖昧だ。でもそのへらへらした姿勢や、学校生活にありがちな何々クラスタというものも超えるようなキャラクターはとても魅力的で、放送室の前で喋りかけると、詩のように訳のわからない返事をしてくれた。
この気持ちを伝えなければおさまらなくなったんだろう。十四歳の冬にわたしはYくんに告白をした。
近所の大学の西門。
冬の太陽はあっという間に落ちて夜でもないのにあたりは暗く。
「好きな人がいるから、ごめんね」
そうYくんは言って、ぎゅ、とわたしをハグした。うれしい、そう思ってわたしもぎゅうっとハグを返した。
Yくんは優しくてずるい。
あの冬の夕暮れのひんやりした空気と、あの数秒、あの恋を忘れられない。
そんな振られ方をしたものだからわたしの記憶の中でずっとYくんは特別な人だ。
今でもInstagramのアカウントをのぞきにいってしまう。コンタクトは絶対に取らない、フォローしていないしLIKEも押さない。ただ時々ちらっと見てそそくさと閉じるだけ。
ある日の投稿で彼は、杵と臼でコーヒー豆を挽いていた。やっぱりヘンコで、すてきだ。
十三歳のわたしさん、きみ見る目あるよ。