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樹木希林最後のプロデュース作品『エリカ38』浅田美代子
樹木希林最後のプロデュース作品として注目されていた、浅田美代子主演『エリカ38』。
このタイトルを目にするたびに姫野カオルコ『ハルカ・エイティ』を思い出した。あれも読んで楽しい作品だった。
『エリカ38』は自称エリカが架空の投資話で大金を集めるというストーリー。まだ記憶に新しい、東南アジアで逮捕された、脚のきれいな女詐欺師が思い浮かぶ。
国内外のトンデモ事件を集めたバラエティ番組で再現されそうなこの作品、話はシンプルだし意外性は無いが、それを映画として成り立たせるだけの歪ませ方が良い。
時折あらわれるピンホールカメラで撮ったような画面は、のびのびと生きられなかった彼女の狭い視野と、その人生に横たわる万年床のような湿りけを感じさせる。
おバカな元アイドルみたいな浅田美代子像しか知らなかったわたしに、自分に自信が無い一辺倒な笑顔を糸口に男と金を握りしめるエリカを、浅田美代子が見せつける。その後ろにはもっと表情の見えない樹木希林がいる。この暗さ、和の湿度が魅力だ。
エリカの子ども時代、暴力をふるう父に怯えるだけの母とエリカが台所で笑う場面がある。とある小物がきっかけで、笑いあう女ふたり。
きっかけとなる物はお芝居の小道具としては白けてしまってもいいくらい都合のいい設定ではあったんだけど、それでも笑えるし泣きたくなるし変な画だし、気持ち悪くてぶっ刺さった。
そしてエンドロール。実際の事件の被害者肉声が流れる。生の声というのは、どうも怖い。劇中の美しく整えられた台詞と音量とは異なる、人間の生の感情。客電が点いてからもわたしを含む観客みなそれに圧倒されて、しばらく席から立てないでいた。
『エリカ38』、普段あまり映画を観ない人にはお勧めしない、じっとりとしてシンプルな作品ではある。
割り切れない、心にもやが残る、雨に濡れたままの靴であと半日過ごさなきゃいけない感覚、そんな気持ちで過ごしたい人にお勧めの作品だ。
そうだ、こんな梅雨の季節にぴったりの、心にカビが生えそうな…カビって顕微鏡で見ると意外と美しい。しかもカビがなければこの世界は成り立たない訳だし。
『エリカ38』はストーリーよりもその湿り気を感じる作品なのかもしれない。
それを味あわせてくれる浅田美代子は最高の容れ物である。
樹木希林からの、贈り物。
ー女の本性ってなんですか
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