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妻にしか「分かち合う価値」がないこと。

たまらなく妻を愛おしく思う瞬間がある。

心の奥からあたかなものがあふれ出し、ぼくの胸を幸せで満たしてくれる。まるで、どこまでもふくらむシャボン玉のように。

この幸福感は、妻以外の人間に生まれることは決してない。

たとえ、絶世の美女から「あなたと朝まで一緒にいたい」と言われても、これほどまでの幸せは感じられないだろう。

なぜなら、この幸福感は「ぼくと妻が歩んできた歴史」が土台になっているからだ。

この幸福感が生まれる相手は妻とだけであり、この幸福感を感じ、その価値を理解することができるのも、ぼくと妻だけなのだ。

そして、その瞬間こそ、ぼくが生きる喜びを感じる瞬間でもある。

子どもを作ろうと決めてから、実際に赤子を授かるまで3年かかった。

人によっては、もっと長期間不妊治療をしているだろうから、長い期間だったとは言えないだろう。

だけど、ぼくらにとってはとてつもなく長く感じられた時間だった。

いくつもの絶望を経て、子どもを持つことを諦め始めていた頃、双子を妊娠していることがわかった。

それも、それぞれの赤ちゃんの部屋を隔てる壁が子宮内に存在しない、とてもリスクの高い妊娠であると、医師に言われたのだ。

「へその緒がお互いに絡まり合い、亡くなる可能性もある。安静にしているように」

医師からそう言われ、妻はとてもナーバスになっていた。

やっと授かった命に大きな危機が訪れている。このお腹にいるのに、こんなに近くにいるのに、助けてあげることもできない。

前日は雪だった。産婦人科から駅までの帰り道、アイスバーンとなった坂道を妻の手を引きながら、注意深くゆっくりと時間をかけて降りていった。

医師はこうも言った。

「双子のどちらかが消えることがある。栄養をお互いに奪い合っているからね。栄養が足りないと体は消滅し、片方に吸収される」

吸収される?片方がもう片方に?

SF映画のような話に現実感を感じられなかったが、少しずつ膨らんでいく妻のお腹を見ていると、子どもたちが生きようとしている力を感じられた。

しばらくして、ハイリスク出産を専門とする大学病院に妻は移り、そこで「子宮内に双子を分ける壁が存在する」ことが確認され、ぼくらは心底ホッとした。

だが、双子の片方が「消える」可能性はいまだ残っていた。

双子の片方はやらた元気でいつも動き回り、子宮内の成長も早かった。だけど、もう片方は大人しく動くことがないため、ぼくらは愛情を込めて彼を「お地蔵さん」と呼んでいた。

どうか、お地蔵さんが消えませんように。どうか、二人とも元気に生まれてきますように……。

妻が入院し、出産するまでの2ヶ月間。ぼくらはひたすらそう祈っていた。

あれから8年。

双子の長男次男はスクスク育ち、今では小学3年生だ。元気すぎる彼らは、毎日のようにケンカする。

「この子たち、お腹の中で栄養を取り合っていた頃と変わらないね。いつまでも競争してるよね」

「家にいるのが好きな次男は、やっぱりお地蔵さんだったね」

「病院で『双子です』って言われた時のこと覚えてる?本当にびっくりしたよね。これは運が向いてきた!と思って、宝くじ買ったけど当たらなかったね」

「子宮内に壁がないと言われた時は、本当に焦ったよね。この子たちが無事に生まれてきてくれて本当に良かったよね」

「片方が消えると言われた時は、本当に心配したよね。辛すぎるよね、そんなことが起こったら」

「入院している2ヶ月間、6人部屋で窓から遠いとこにベッドがあるから自然が恋しくて、あっちゃんに『木が見たい』と言って、車椅子で廊下の窓まで連れて行ってもらっていたね」

「ねぇ、覚えてる? 本当に、色々あったよね、あたしたち」

ベイブレードで遊ぶ彼らの後ろ姿を見ながら、Switchでポケモンゲームをしている姿を見ながら、テレビにつないだYoutubeで「信長の野望」の実況動画を見ている姿を見ながら、重そうなランドセルを背負って学校へと向かう後ろ姿を見つめながら、そして、彼らが寝静まった夜、二人でお酒を飲みながら、ぼくらはしんみりとそんな話をする。

子どもたちが無事に生まれてきてくれた奇跡、元気に育ってくれた喜び、子育てにまつわる葛藤はもちろんあるけれど、それらを埋め合わすには十分過ぎる幸福の数々。

じゅわっと染み入るような幸せをシャボン玉に吹き込み、空へと放つ。

虹色に輝くシャボン玉を見て、人はぼくらを仲の良い夫婦だと思うだろう。

だけど、ぼくらが感じている沁み入るような幸福感は、決して他の人には味わうことができない。

なぜなら、絶望と希望と勇気に満ちたぼくらの歴史は、ぼくと妻にしか共有することができないからだ。

いくら言葉を連ねても、いくら熱弁を振るっても、こればかりは誰かの心に届けることができない。

シャボン玉の中で、ぼくらの歴史が紡いだ幸福感が何度もこだまする。

ぼくには、人生でもっとも大切なことを共有できる相手がいる。

そんな人と出会えたことを、そんな関係をこの人と作れたことに、心から喜びを感じている。

人生の大いなる喜びを、心から分かち合える人が、ぼくの隣にいる。

その事実がぼくを幸せにしてくれる。


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