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赤福を自分で買えない妻の話
「あっ、あっちゃん、買ってくれてんだね!買おうかどうしようか迷ってたの」
ぼくが新大阪駅のキオスクで買った赤福を見て、妻は嬉しそうにそう言った。
日曜日の16時、遅れが出ている東京への新幹線を待っていた時のこと。
待合室は混み合い、ぼくらは待合室前のスペースにリュックを降ろし、その上に座り込んで時間を潰していた。
ぼくの妻は自分で赤福を買えない。
だからぼくは、キオスクで水を買う時に目に入った赤福を迷わず手に取った。
ぼくにとって赤福とは、家族への思いやりに集中し過ぎるあまり、自分への思いやりを忘れてしまう妻の象徴でもある。
どういうことか詳しく書こうと思う。
◇
妻はいつも家族のことを考えてくれている。今なら春休み中の子供のお昼ご飯、習い事の送迎、水泳教室の進級具合、子供の体調を細かくチェックし早めに通院させる。最近はぼくの体調を気にかけてお弁当も作ってくれるようになった。
ぼくらのことを気にかけてくれるのは嬉しいのだけど、その反動なのか妻は自分への思いやりを忘れてしまう癖がある。
気がつけばお昼ご飯がペヤングだったり何も食べなかったり、風邪がなかなか治らなかったり、遅く帰るぼくに家事を残さまいと無理して家事をしてしまったり、家計を気にして、自分のためにお金を使えなかったりもする。
その時はそれでいいと本人は考えているのだけど、それらは小さなストレスとなり、彼女の中に少しづつ蓄積されていく。
ふとした瞬間に訪れるぼくら夫婦の葛藤の原因がそこにあることもある。そんな時彼女はこう言う。
「これは私の問題なの」
確かにそうかもしれない。他者への気遣いで心がいっぱいになり、自分への優しさを向けることができない。私にも思いやりが欲しいと、大きな声で表現することができない。
家族が大切だからつい頑張りすぎてしまう。母親だからやらなければと自分を追い込んでしまう。でも自分のことも大切にされたい。でも誰にもそう伝えていないのだから、求めてもしかたない。
そんな自分の特性に課題があるの。だから、これは、私の問題なの。
妻はたぶんそう思っている。
だから、ぼくは妻に赤福を買う。
彼女が自分への思いやりを大切にして欲しいから。いつも頑張りすぎてしまう彼女が、少しでも自分のために時間を使ったり、楽しみを感じて欲しいから。
生きている喜びを感じて欲しいから。
たかが赤福と思う人もいるかもしれない。だけど、違うんだ。
母親にとって、自分を大切にすることはとても難しい行為だ。家族への愛情からついつい自分以外を優先し、さらにそうすべきだと思い込んでしまう。
自分自身の本能、思い込み、社会からの圧力、そういったものに押しつぶされ、アイデンティティを見失い、自分への思いやりをないがしろにしてしまう。
そこに気がつき、妻が自分への思いやりを大切にできるよう支えるのが、ぼくら夫の役割りなのだと思う。
育児、家事、仕事、夫婦関係。いくつもの課題や葛藤に揉まれて、ぼくらはいつも自分を見失う。幸福な親子関係も、幸福な夫婦関係も、すべては自分への思いやりがあってこそできる行為だ。
これは妻が言う「わたしの問題」じゃない。「ぼくら」の課題なんだ。
柔らかな甘さに包まれた赤福は、いつもぼくにそれを思い出させてくれる。
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