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妻と何かをするのではなく、一緒に空間を楽しむということがなぜ重要なのか?
こんにちは。
ぼくは妻と一緒になにか(スポーツをしたり、Netflixを見たり、ただ散歩をしたり)をするのが好きなのですが、最近思うことがありまして
それは、ぼくは妻と一緒にするその「なにか」が好きなのではなくて、妻と一緒の空間を「共有すること」が好きなんだなということです。
妻と一緒にスポーツをしたり、共通の趣味を持ったり、なにかしらやろうと思っているけど、どうすればうまくいくのか?
今日はそんなことについて書こうと思います。
妻との関係に悩んでいる方の参考になれば幸いです。
※この記事は最後の「日記」以外は無料です。このマガジンでは男性向けに、産後の夫婦関係改善、セックスレス解消に関する話、ぼく個人の日記(子どもがいるパパは参考になるかも。具体的な家事や育児の様子を書いています)などを書いています。
妻と一緒の空間を共有するということ
ぼくらが結婚する前の同棲し始めたばかりの頃のこと、たぶん初めて一緒に過ごすクリスマスだったと思います。
妻(当時は結婚前だったので彼女ですね)は、クリスマス料理をいっぱい作ってくれて、なにかDVDでも見ながら食べようとなりました。
当時、ぼくらが住んでいた2Kの小さなマンションの近くにTSUTAYAがあり、そこまで歩いてDVDを借りに行きました。
今となっては懐かしさでいっぱいですが、当時はNetflixなんてなかったので、TSUTAYAでDVDディスクを借りてたんですよね。
そして、その日ぼくが借りたのは、ジャッキー・チェンの「ポリス・ストーリー」でした。
完全な選択ミスで、クリスマス料理を前に、妻のテンションはだだ下がりでした。
(「ポリス・ストーリー」を再生することを許してくれた妻はすごいですが、さすがに冒頭で「見たくない」とあっさり言われました。)
自分が楽しめるものをぼくは選んだわけですが(ぼくは香港映画とアクション映画とコメディ映画が大好きで、ポリス・ストーリーはそのいいとこ取りなのです)、2人で同じ時間を過ごすのならば、2人が楽しめるものでないと意味がなかったんですよね。
子どもが生まれる前は、ぼくは妻と一緒に、ランニングをしたり、映画を観に行ったり、演劇を観に行ったり、落語を聞きに行ったり、登山をしたり(下山に6時間かかったことも)色々なところに行きました。
ですが、だいたい妻の趣味だったりします。
登山も演劇も落語も。
自分が知らない世界を知ることは単純に刺激的だったのですが、それ以上に感じたのは、「妻と一緒にいるという体験を楽しむ」ことが、さらに楽しみの濃度を上げてくれるということでした。
妻と一緒になにかをするということは、妻と一緒にいること自体を楽しむということだったのです。
妻と同じ瞬間を共有することの喜びを感じる
一つの映画を一緒に観て、同じシーンで笑い、泣き、その瞬間に流れる2人の感情を味わう。
バドミントンの羽を追って走り、ラケットを振り、妻とぼくの間を弧を描いて飛ぶ羽を、同時に見上げる。
近所のちょっとした自然の中を散歩し、鳥の鳴き声を聞き、草木を踏みして小枝が折れる音を聞く。
前を歩く妻の揺れる髪の毛に朝日があたり、髪の隙間から眩しい光が網膜に飛び込み、セロトニンが分泌されるのを感じる。
その瞬間、そこにしか存在しない「いま、ここ」という感触。
ぼくらが、いま、ここに存在すること、2人でこうして生きているという喜び。ただ、それだけを感じる。
おおげさに聞こえるかもしれないけれど、妻と同じ空間を共有することの喜びを感じることで、一緒にいる時間は比べるものがないほどに、かけがえのないものに変わっていく。
オキシトシン、バソプレシン、エンドルフィンなどの、心を穏やかにする神経伝達物質が脳内に分泌され、2人の関係はより強固なものに変わっていく。
妻が楽しむことで、喜びを感じる
これは、夫も妻も同じかもしれないけれど、ぼくは妻が楽しんでくれたり、喜んでくれたりした時に喜びを感じることがある。
毎朝のスクランブルエッグだったり、たまに作るグリルドチーズトーストだったり、生地から作る手作りタコスだったり(食べ物ばかりですね)、妻が心から喜んでくれることが喜びになる。
だから、ぼくは、ぼくが体験したことのないことであっても、妻が一緒にやりたい、行きたいという時には、賛成することにしている。
新しい発見や出会いがあるのはもちろんだけど、喜ぶ妻が見たいからだ。
笑顔は伝染するけれど、幸せな気持ちも伝染するのだと思う。
ぼくがこう思うようになったのは、呉服屋で働いていた経験もあるかもしれない。
呉服の販売というのは、ホストみたいなもので、販売員自体が気に入られないと買ってもらうことができない。(ホストのように大口のお客様を太客と呼ぶ人もいる)
そして、お客様との関係を強くさせるためには、お客様に「この人と一緒にいると楽しい」と思わせなくてはならない。
そのためには、その人の幸せについて、誰よりも深く考えなければならない。
どうすれば、この人は楽しいと感じるのか?
どういう時に喜びを感じるのか?
なにを言えば楽しんでくれるのか?
単にお世辞を言えばいいのではなく(そういう販売員は自分がなぜ売れないのかに気づけない)、その人の心の奥に手を伸ばさなければならない。
なにに自信を持っているのか?
なにを恥ずかしいと感じているのか?
これからどうしたいと思っているのか?
それは、つまり、その人が幸せになるためのお手伝いでもある。
妻を楽しませることは、なにも卑屈になれと言っているのではなく、ただ妻の幸せを考えるということなのだ。
どうすれば、妻が幸せを感じられるのか?楽しいと思えるのか?
それを考えることは、回り回って、自分自身の幸せにつながっていく。そんな風に思うのです。
ボランティアや寄付をする人は、しない人と比べて幸福度が高いという研究結果もあります。
妻の幸せを考えることで、自分自身の幸福度が上がるというのは、そういったことも関係しているのかもしれません。
妻との関係の悩む方の参考になれば幸いです。
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ぼくもそうですが、男性はなかなか辛いときに辛いと言えないし、それを許されない風潮もありますよね。相談先もないですし。
ぼくも同じような悩みに悩んでいましたので、なにもお気兼ねなく、辛いと思うことをいつでもご相談ください。
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