父との思い出、「食べ過ぎ」で緊急外来に運ばれた日のこと。
あれはぼくが小学校5、6年生の頃だったと思います。
夕飯後に急にお腹が痛くなったぼくは、お腹を抱えてうんうん唸ってたんです。
なかなか痛みが消えないぼくを心配した父は「病院に行くぞ!」と言い、無理やりぼくを車に乗せました。
「ただの食べ過ぎでしょ」
と、呆れた顔をする母に「なにかあったらどうするんだ!」と父はめずらしく怒り、ぼくを連れて緊急外来に車を走らせたんです。
車の中でぼくは、痛みが治らないお腹を抱えてうずくまっていました。
◇
父がここまでぼくを心配することはめずらしくて、いつもは「勉強しろ」くらいしか言わず、一緒に遊んでくれることもなく、なにかぼくが言うと「口答えするな!」と怒鳴ってばかりだったんですね。
小さい頃、ぼくはよくトイレにマンガを持ち込んでたんですが、「痔になるぞ!」とよく父に怒られていて、ある日ぼくがまた漫画を持ち込んでいることが父にバレたことがあったんですね。
部屋に帰ったら父が仁王立ちでぼくを待ち構えていて「分かってるだろうな」と一言いうと、ぼくを叩いたんですね。
大人なので加減していたとは思うんですが、当時のぼくにとっては思いっきり叩かれた記憶があって、ずいぶんイヤな思い出になっています。
なにかあるとすぐに引っ叩かれたり、怒鳴られたりするので、ぼくにとって父はずっと怖い存在だったわけです。
そんな父がめずらしくぼくを本気で心配しているので、すごくびっくりしたんです。
台所でお腹が痛くなったことも、玄関で呆れた顔をしている母も、母と父の会話も、車の中でぼくを心配する父の姿も、いまでもはっきりと覚えています。
「大丈夫か?もうすぐだからな!」と父は車のなかでぼくに声をかけながら運転し、車は緊急外来に到着しました。
父には申し訳ないのですが、その頃にはぼくの腹痛はすっかり治ってたんですね。
こんなに父を一生懸命にさせてしまって、なんだか悪いことをしたような気持ちになって、なかなか父に「もうお腹、痛くないよ」とは言えなかったんです。
診察した医師はぼくのお腹に聴診器をあてて、「食べ過ぎですね」と一言だけ言いました。
そう。母が正しかったんです。呆れた顔でぼくらを見送った母が正しかったんです。
ぼくは単なる食べ過ぎだったんです。
夕飯のカレーライスがおいしすぎて、5杯もおかわりしたのが悪かったんです。
医師から「食べ過ぎですね」と言われ、父はポカンとした表情を浮かべていました。
その後のことはあまり覚えていませんが、父がそのことで怒ることはなく、「よかったな。気をつけような」と穏やかな会話をして家に帰ったことを覚えています。
◇
単なる食べ過ぎだったので、母としては迷惑な話だったと思うのですが、ぼくにとっては父がめずらしくぼくを心配してくれたので、いい思い出として記憶に残っているんです。
父は本気でぼくを心配していたんですが、たぶんぼくのことを母ほどは普段から見ていなかったんだと思うんですね。
普段からぼくを見ていた母は、お腹を抱えているぼくを見て「食べ過ぎ」だとすぐにわかったけど、父はなにかとんでもない病気なんじゃないかって心配したんです。
父とは小さい頃から会話をすることが少なくて、なにを考えているのかわからないことが多かったけれど、意外にも子どものことを心配していたんですよね。
こないだ、うちの3歳の三男のくちびるが腫れて、妻が病院に連れていったんですが、ヘルペスだと言われ薬を渡されたんですね。
その薬を飲んだ日から、顔や足に湿疹のようなものができたんですね。
ものすごく心配したぼくは妻に「その医者はヤブ医者なんじゃないか?薬飲んでからあちこち腫れてきたぞ」と感情的に言い、別な病院に連れていったんです。
今にも倒れそうなおじいちゃん先生から「虫刺されですね。軟膏出します」とだけ言われ、(虫刺されでこんなに腫れるのか?)と疑ったぼくは、翌日、最初の病院に三男を連れていきました。
そこでも「くちびるはヘルペスだけど、あとは虫刺されですよ」と言われたんですね。
「虫って言ったって、長ズボンはいてたし、あの薬飲んでからこんなに腫れたんですよ」とぼくが食ってかかると、医師はめんどくさそうにため息をつきながら、虫刺され症状本みたいな本を取り出しました。
「ほら、この写真と似ているんでしょ。長ズボンって言ったってそんなに薄いんじゃ上から刺されますよ」と呆れながらも色々と教えてくれたんです。
結局、その先生が処方したちょっと強めのステロイドを塗ったら、スゥーっと湿疹は治ったんです。そもそも湿疹じゃなくて、ただ蚊に刺されただけだったんですよね。
ぼくも父と同じで大騒ぎしてたわけです。
なんでぼくがこんなに大騒ぎして、2件も病院に行ったのかというと、単純に子どものことが心配だったんですよね。
(この湿疹がなにかとんでもない病気なんじゃないか…)
(ヘルペスの薬の副作用なんじゃないか…)
と心配になっていたんです。
思えば、ぼくの父も「食べ過ぎ」でお腹を抱えていたぼくを本気で心配していたんだと思うんです。
いつも怒ってばかりの父だったけど、自分も親になると、あのときの父の気持ちがよくよくわかるんです。
なんだか似たもの同士だなって、そんなことを思い出した父の日でした。
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