愛着スタイルに向き合うことが、なぜ夫婦関係を改善させるのか?
夫婦関係に悩む人の話を聞いていると、ある共通点があることに気がつく。それは2人のうちのどちらか、もしくは両方が愛着の傷を抱えているということだ。パートナーとの距離を縮めることが怖かったり、葛藤を避けたり、依存的になりすぎてしまったり、そういった愛着の傷が二人の関係性に大きな影響を与えている。
愛着の傷を持つことにその人に責任はない。みんな人それぞれ違う。その人の世界を、パートナーの世界を理解する必要があるんだ。だけど、多くの人はこの愛着の存在について知らない。ただ相手が甘えていると認識したり、夫婦だから分かってくれるはず、そんなことまで言う必要はないと思っている。
もしくは、そこに発達障害の問題が絡んでいることもある。ASDと呼ばれる発達障害を持ってる場合、他者の気持ちに共感的になることが難しいため、パートナーの愛着の傷に対して理解を示そうとしないかもしれない。
また、自分たちが恋愛感情で繋がっているという幻想を抱いているケースもある。付き合いたての恋人ならば、相手から冷たい仕打ちをされたり、お互い理解し合おうとする努力をしなくても通じ合っているような感覚を覚えることがあるだろう。だが、恋人時代に分泌されていたドーパミンはもう出ることはない。だからオキシトシンによって繋がり合う必要がある。では、どうすれば夫婦はお互いにオキシトシンを分泌されることができるのか?
それは「愛着スタイル毎の付き合い方」に関する知識を手に入れ、実行し、継続することだ。オキシトシンが出始めれば夫婦間の葛藤に関する妥協など考える必要はなくなる。脳の仕組み自体が変わり、お互いに思いやりの気持ちを持ち合いやすくなるからだ。そしてこれこそがアタッチメントとコンパッションによって繋がった関係性そのものだ。
今回のアツの夫婦関係学ラジオはこちら。
👇Spotify
👇Voicy
幼少期の虐待によるトラウマ
夫婦関係の傷を深掘りすると、意外と出てくるのが幼少期の虐待だ。肉体的もしくは精神的な虐待体験が強いトラウマ となり、愛着障害や複雑性 PTSD などの症状を呈しているケースがある。こういった場合は夫婦だけで解決することは難しいため、専門のカウンセラーに頼った方がいいだろう。
子供の数は減少し続けているのに関わらず、児童虐待件数は年々増えている。安定型愛着スタイルを持つ人間は年々減少している理由もここにあるかもしれない。
複雑性PTSDとは、幼少期の長期に渡る虐待によるトラウマ体験によって脳や人格を変えてしまうほどの心の傷を指している。繰り返し体験することがない災害などによるトラウマは単回性トラウマと呼ばれ、複雑性トラウマと区別されている。
複雑性PTSDの治療には、STAIR Narrative Therapy (STAIR-NT)と呼ばれる心理療法が有効だと言われている。STAIR-NTとは、トラウマやストレス関連の問題を抱える人々を支援するために設計された心理療法の一種であり、感情と人間関係の調整におけるスキルトレーニングだ。
NTは「Narrative Therapy(ナラティブセラピー)を指し、この治療法は、トラウマによって生じる感情的な困難と人間関係の問題に対処するための具体的なスキルを教えることに焦点を当てている。
ナラティブセラピーは以下の四つのプロセスに分かれている。
物語の特定: セラピーの初期段階では、クライアントが自分自身や自分の人生についてどのように話しているかを特定する。これには、問題や困難をどのように語っているか、そしてそれが自己認識にどのように影響しているかを理解することが含まれる。
物語の分離: クライアントは、自分のアイデンティティを形成する物語と問題を区別するようになる。このプロセスでは、「問題は人ではない」という考え方が強調される。つまり、個人は問題を所有しているわけではなく、問題が個人を定義するものでもない。
代替物語の探求: クライアントとセラピストは、ネガティブな物語に挑戦し、それに代わる新しい物語を構築する。この新しい物語は、クライアントの強み、価値、希望、達成を強調するものであり、よりポジティブな自己認識と人生の見方を促進する。
新しい物語の統合: クライアントは、新しく構築された物語を自分の人生に統合し始める。これにより、彼らの行動、関係、そして自己認識においてよりポジティブな変化がもたらされる。
このように、ナラティブセラピーは、クライアントが自分自身と自分の人生について語る方法を変えることで、よりポジティブな変化を生み出すことを目指している。物語を再構築することで、個人は自己受容、回復力、そして人生の目的について新たな視点を得られるようになるのだ。
「物語の語り直し」とは耳慣れない言葉かもしれないが、何度か触れているコンパッション・フォーキャスト・セラピーと似通った考え方でもある。
ナラティブセラピーはポストモダン哲学(人のアイデンティティ形成は、単一の事実を元に生まれるのではなく、個人の多様な経験や文脈によってなされるという哲学思考)に基づき、コンパッション・フォーキャスト・セラピーは進化心理学や仏教の考えを取り込んだ自他への慈悲の促進に基づいた思想であるという違いはあるが、そのどちらもが自分自身が抱いている物語を再考、再構築し、よりポジティブで自己慈悲的な視点を取り入れることを奨励する点で似通っている。
コンパッションの専門家によるワークショップをいくつか受けたが、多くの心理士の方が複雑性PTSDに対するコンパッション・フォーキャスト・セラピーの有効性を指摘している。その理由は自他への慈悲によって可能となる「物語の語り直し」にあるのだろう。
もし、愛着障害へのケアについてもっと深く知りたいならば、「愛着トラウマケアガイド」という本がおすすめだ。心理士など対人援助者向けの本だが、僕らのような一般の人間にも分かりやすく書かれており、愛着トラウマに対してどうケアをすればいいのか理解できる素晴らしい本だ。もし、あなたの夫婦間の葛藤の背景に幼少期の虐待体験があるならば、きっと役立つはず。
ただ、虐待による複雑性PTSDに素人が立ち向かうことは困難だ。ぜひトラウマ専門家の治療を受けて欲しい。
下のリンク先の放送はトラウマ治療専門家の矢野裕之さんにお話を伺ったものだ。トラウマの正体とその治療方法がわかる内容になっている。
子供が安定型アタッチメントを身につけるために重要なもの
愛着トラウマケアガイドに書かれているもの中で特に印象的だったものをいくつかあげてみよう。1つは、「子供が安定型アタッチメントを身につけるために重要なもの」としてイギリスの認証心理学者ピーター・フォギナーが提唱した考え方だ。
それは、「養育者が子供の苦悩に対して共感し、対処し、子供は養育者である自分とは別の心を持った存在として認めること」だ。
もし、夫婦がお互いの愛着の傷に向かい合うならばこの考え方は避けられない。この話はそのまま夫婦関係にも応用することができるからだ。自分のパートナーの苦悩に共感し、その苦悩を取り除くために対処し、そしてパートナーを自分とは別の心を持った存在として認め、尊重する。これができれば回避型や不安型など愛着の傷を負ったパートナーも、安定型アタッチメントへと変容させられる可能性がある。
実際、僕のまわりでも回避型愛着スタイルを持つ人間が、パートナーからのケアにより安定した愛着スタイルへと変わったケースがある。僕自身も回避型の傾向が高かったが、妻を始めとする多くの信頼できる人間への自己開示を通して、愛着スタイルを安定させることに成功した。僕の場合は東京成徳大学大学院 准教授 石村郁夫先生が行うコンパッショネイト・マインド・トレーニングも大きな役割を果たしてくれた。
石村先生には夫婦関係学ラジオにもご出演いただいた。ぜひ、こちらも聴いて欲しい。夫婦間にコンパッションをどう持ち込むかについてお話しいただいている。先生が反響を知りたいとおっしゃっているので、ぜひ質問やコメントを送って欲しい。次回ご出演時にお答えいただけるはずだ。
👇ご質問はこちらにお願いします。
https://docs.google.com/forms/d/1K4lHQsT4thTdC7mpbqoLEEvh0sCQdYFHR7BGV9Ft1bc/edit
パートナーを理解することは自分の視野を広げること
また愛着トラウマケアガイドにはこうも書かれている。
これは夫婦関係において重要な視点になる。夫婦間の葛藤に向き合う時、どうしても僕らは葛藤の原因を相手に求めることが多い。「君が心を開かないから」「君が物をはっきりと言わないから」そう相手を責めたり責められた喧嘩がいくつもあったと思う。僕にだって心当たりがある。口には出さずとも、そう思っていたこともある。
しかし、なぜ相手がそう思うのか?なぜそういった行動をとってしまうのか?
パートナーの考えや感情の背景のあるものを深く理解しようとする時、感情に反応せずパートナーの人間性を深いレベルで理解することができるはずだ。そしてその時、相手の視点を自分の視点に加えることによって、新たな視点を手に入れることができ、物事を広い範囲で俯瞰して見つめられるようになるのだ。
夫婦はお互いにとって大切な存在であるため、相手に対する期待が生まれ(期待は悪いことじゃない。ネガティブな感情に巻き込まれずに素直に伝えれば何の問題もない)、感情に反応せず相手の視点を自分に取り込むことが難しく感じることもあるだろう。