社会悪の根源は「今どきの若い女性のワガママ」と言われた1990年代、「働く母」としてKさんが歩んだ道のりとは?
「わぁ。素晴らしいわ。最近の若い女性は、みんな『自分の生き方を大事にしたい』とか言って、小さな子どもを残して仕事に行っているでしょう?
だから、社会がどんどん悪くなって、問題の多い子どもが増えているのよ。あなたのように若いのに主婦をしてくれる女性がもっと増えてくれれば、社会が良くなっていくのに。」
よく晴れたある日のこと、当時30代前半だったKさんがたまたま仕事を休んで外で洗濯物を干していたところ、そこを通りかかった60代とおぼしき宗教勧誘の女性から声をかけられた。
「あなた、主婦なの?」と聞かれ、実際は働いてはいたが正直に答えるのが面倒だったKさんが「はい」と答えると
その女性は「社会悪の根源はすべて今どきの若い女性のワガママが原因だ」という趣旨の話を唐突にし始めたのだった。
あっけに取られるKさんに宗教パンフレットを手渡すと、その女性は上機嫌で去っていった。
先日、Kさんから家父長制に縛られていた夫をどう変えていったのかというお話を伺いました。
Kさんが夫や社会と戦っていた1990年代、この時代が当時の女性にとってどういう時代だったのか、今回さらに詳しくお話を伺うことができました。
社会悪の根源はすべて「今どきの若い女性のワガママ」と言われた1990年代とは、どういう時代だったのか?
Kさんはどのようにして、その時代を「働く母親」として生きていたのか?
Kさんのお話をもとに紐解いていきたいと思います。
「クリスマスケーキ」と呼ばれた26歳の女性たち
私が「社会の刷り込み」という大きな敵と向き合って戦い続け、最後には、パートナーである夫を自分の元に引き寄せ、取り戻した…という壮大なお話をアツさんに聞いていただきました。
記事にしていただき、読み返しながら、当時(1990年代)のことを「昔はこうだったなぁ…」と鮮明に思い出しました。
私は1990年の春に大学を卒業して社会人になったのですが、当時は「結婚するのが当たり前」という時代でした。
今の若い人たちは信じられないでしょうが、当時は26歳の未婚の女性のことを「クリスマスケーキ」と呼んでいたんです。
これは「旬を過ぎて売れ残ってしまった」という意味なんですが、女性は遅くても25歳のうちに結婚を決めておかないと、社会から「売れ残り」という烙印を押されてしまうのです。
今なら炎上間違いなしの呼び方ですが、昔は社会全般で人権感覚は欠如していたので、こんな問題発言をしても、誰も目くじらを立てませんでした。
社会全体で男も女も関係なく、老若男女みんなが「そうだ」と信じて思い込まされていたんですよね。
ですので、24歳に近づくと「結婚しなくてはいけない」という圧力を感じるし、周囲から「どうなの?」としつこいくらい聞かれます。
これは男性も同様で、男性の場合だと30歳近い年齢でも独身でいると、職場でも地域でも肩身が狭くなり居づらかったと聞きます。
とにかく社会全体が「結婚しないといけない雰囲気」で染まっていて、独身者は欠陥者扱いだったし、完全なマイノリティだったんですよね。
しかも、トレンディドラマの影響があって、お見合い結婚よりも恋愛結婚に人気があったし、テレビでもカップルをつくる番組がもてはやされていて、みんなが結婚に夢を描いていたんです。
また、当時はどの地域でも「世話好きなおばさん」がまだ健在だったので、妙齢の男性と女性がいると「どうかしら?」と声をかけて出会いのきっかけを作っていました。
結婚は「二人の世界」ではなく、「夫方の家族」に組み込まれるものだった
ー「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」など恋愛ドラマが流行していた1990年代、多くの男女は恋愛や結婚に憧れを抱いていました。ですが、ドラマと現実は大きく食い違っていたのです。
だけど、いざ結婚してみると、ドラマだと「二人の世界」だったのに、そうではない…という現実を突きつけられます。
当時は家父長制度がまだ健在だったので、新婚のスタート時から夫の親や兄弟姉妹、親戚一同との付き合いが始まります。
二人だけの世界じゃなくて、いきなり「夫方の家族」の中に組み込まれてしまうのです。
夫婦だけの新生活を夢見ていても、夫の家族は「嫁をもらった」という感覚なので、若い夫婦の間にもガンガンと介入してきます。
「若い女性=未熟で世間知らず」というイメージが染みついているのか、夫とのコミュニケーションを図りたくても、その間にいつも夫の親が介入して立ちふさがり、「あなたはうちに嫁に来たんだから」という理由で、従順に仕えることを要求してきます。
しかも、子どもが生まれたら、夫婦の子どもではなく、「夫の家の跡取り」として扱われます。 母親である自分の意向より、夫の親の意見を立てて育てることを要求されます。
ところが、夫の親の子育て知識は、昭和時代のかなり古いものなので、今の時代には全くマッチしません。
だけど、そこで「それは今は違いますよ」と意見しようものなら、「嫁のくせに生意気だ」と頭ごなしに叱られる…という始末。
「おかしい...変だ...」と感じても、それを口に出すことは許されないので、我慢して従うしかないんですよね…
そんな状態の中で、夫の親と同居となると、息が詰まるほど大変です。
だから、子どもがある程度大きくなると、子どもを預けて母親も仕事に出かけるようになります。
夫の親からすれば、嫁がいない分、気兼ねなく孫と一緒に過ごせるから賛成する義親もいました。
嫁の思いも、子どもの思いも、無いものとして扱われる「ちゃんとした家庭」
ー息が詰まるような義両親との暮らしの中で、Kさんは当時世間に広まっていた「ちゃんとした家庭像」に違和感を感じ始めました。その家庭像は、古い世代にとって都合のいい価値観で作られていたのです。
だけど、中には、「嫁が外で働くなんて世間体が悪い」とか「夫の稼ぎが悪いから嫁を外で働かせているんだ…」と、人から陰口を言われるからみっともないという理由で、嫁が働くことを嫌がる家もあったんですよね。
令和の今では信じられない話ですが、昔は、先の「結婚しなくてはいけない」と同様、なにかにつけて、世間体や外聞をものすごく気にしていて、「人から見て恥ずかしくないようにしなくてはいけない」と、みんな必死だったんです。
家父長制度をしっかり守っていれば、外向きには見栄えがします。「ちゃんとした家庭」「良い家庭」に見えます。
形だけ整えておけば、中身がどうであろうと良かったのです。
嫁の気持ちも、子供の思いも「無いもの」として扱われ、義親の意向に添う形にしていかないといけなかったのです。
また、こうした「世間体を良く見せるため」の手段として、「うちの跡取り息子に嫁をもらいたい」とか「息子夫婦と同居する」とか「孫が生まれて三世代同居の家庭」というのがあり、それが古い価値観の世代の人たちにとっての理想型・ドリームでした。
そんな古い世代の夢を叶えてあげなきゃいけないという責務まで、当時の若い嫁たちは担わされていたんですよね。
常に「自分以外の誰か」に獲られている夫
ー当時、妻が「ちゃんとした家庭」の息苦しさに苦しんでいても、夫が味方になってくれることはなかったといいます。夫はいつも「妻以外」の存在に奪われていたのです。
さらに、家父長制度が強かった頃の嫁の悩みは、夫は自分のパートナーであるはずなのに、パートナーとして自分に寄り添ってくれない。夫はいつも自分以外の存在に獲とられている…ということです。
せっかく結婚したのに、パートナーである夫が、妻である自分を軽んじる、自分としっかり関わってくれない、心が自分に向いていなくて、いつも他方を向いている、夫が居るのに非常に淋しい思いになる…ということがありました。
つまり、夫は妻である自分ではなく、夫の実家の家族・夫の職場・地域を優先していて、妻のことは後回し、もしくは無視している状態…ということです。
家父長制度では、家長である夫に権力が集中するので「男性優位の世界」というイメージの人が多いかもしれませんが
日本の場合だと、儒教の教えも付け加えられていて、「男性優位」だけでなく「年長者優位」という感じになっていました。
例えば三世代同居家庭だと、(日本の家父長制度だと)最年長の男性が一家の権力を握ります。つまり、夫の親と同居すると、夫の父親が家長になるんです。
ところが、昭和世代のご年配の男性を見ていると、大きく「頑固で自己主張が強いタイプ」と「全く意見を言わない空気みたいなタイプ」に分けられるように感じます。
「頑固で自己主張が強いタイプ」が舅(夫の父)だと、ワガママに振り回されて大変なことになるのですが、それとは逆に「全く意見を言わない空気みたいなタイプ」が舅(夫の父)だと、この舅の妻である姑(夫の母)が絶大な権力を掌握し、家族を振り回すのです。
しかも、息子である夫にべったりとくっつき、いつまでも大人になった息子を子ども扱いして世話を焼き、ベタベタと面倒を見たがります。
空気タイプの夫を持つと、何を言ってもしても、夫から何の反応もないため、その代わりを自分の息子に求めるのです。
もしかしたら、義親の親たちも、パートナーシップがうまく機能していない不満を、子どもを溺愛したり干渉したり支配することで解消してきたのかもしれません。
こうした家庭内の歪みが、家父長制度という形式の裏で、脈々と子孫に継承されてきたのでしょう。
そもそもの発端は、老親世代の夫婦関係が破綻していることであり、夫の両親が夫婦としてのパートナーシップをきちんと構築していないことが問題の核心なのですが
夫婦の関係がギクシャクしていて問題だらけでも、家父長制度で「家」を守り続けていれば、「いい夫婦」「いい家庭」に見えてしまいます。
そこに、息子の嫁が参入し、「いい家庭」に見せるための帳尻合わせに、同居と孫、更には介護まで要求されてきた…という訳です。
社会悪の根源は、すべて「今どきの若い女性たちがワガママだから」という理屈
ー家庭内における立場が低く、味方がいなかった女性たちですが、1990年当時、子を持つ女性たちは社会全体からも「社会問題の原因」として叩かれていたのです。
これは私が30代前半(1990年代後半)の頃の話ですが、平日に仕事を休んで家にいたとき、たまたま外で洗濯物を干していたら、そこを60代~70代くらいの年配の女性2人組が通りかかりました。
宗教の勧誘でこの辺りを歩いていた人のようですが、私を見るなり、
「あら、珍しい、若い方だわ。あなた主婦なの?」
と声をかけてきました。正直に答えるのが面倒だったので、「はい」と返事すると、
「わぁ。素晴らしいわ。最近の若い女性は、みんな『自分の生き方を大事にしたい』とか言って、小さな子供を残して仕事に行っているでしょう?
だから、社会がどんどん悪くなって、問題の多い子どもが増えているのよ。あなたのように若いのに主婦をしてくれる女性がもっと増えてくれれば、社会が良くなっていくのに。」
と言うんです。私は「はぁ?」と思いましたが、この女性たちは、ニコニコして宗教の冊子を私に渡して去っていきました。
この話も、今の若い世代は驚くかもしれませんが、当時は、「少子化」も「未婚率の上昇」も「学級崩壊」も「子どものトラブル」もすべて、若い女性のせいにされていました。
「若い女性が、結婚より仕事がいいというから、未婚率が上昇しているのだ」
「若い女性が、子供を産みたくないというから、少子化に歯止めがかからないのだ」
「若い女性が結婚後、まだ首が座らぬ赤ん坊を他人様に預けてすぐに働きたがるから、子供が淋しがって問題児になってしまうんだ」
…といった思考が渦巻いていたんですよね。
社会悪の根源は、すべて「今どきの若い女性たちがワガママだから」という理屈になっていたんです。
令和の時代から見たら、別に「ワガママ」ではなく、ごく自然な欲求ばかりですが、当時は全て「女のワガママ」として処理されてきたのです。
こうして、厄介なことはすべて若い女性に背負わせて、だれかの犠牲の上で「家の体裁」や「国家の体制」を維持してきたのが、この昭和から平成にかけてだったと思います。
自分は本当はどうしたいのか?どうしてほしいのか?
ー変わり続ける時代の中で、「夫婦」はどのように自分たちと向き合っていけばいいのか?そのためのヒントは、「社会の刷り込み」からの脱却と「自分自身を見つめ直す」ことにあるのではと、Kさんはおっしゃいます。
こんな過酷な社会の中でも、歯を食いしばって社会で働き続けて信用を勝ち取ってきた女性たちや、家庭内でレジスタンスを起こし古き悪しき伝統を変えていこうと奮闘した女性たちがいたからこそ、今は昔と比べて、ずいぶん風通しが良い世界になってきたと思うのです。
そして今は、男性の育休を求めるくらいにまで、現役世代の価値観が大きく変わってきました。
家父長制度や社会に獲とられていた男性を、パートナーのもとに引き寄せ連れ戻す形へと変化しつつあります。
みんな、一度「社会からの刷り込み」を手放して、「自分は本当はどうしたいのか?どうしてほしいのか?」を見つめ直す時なのかもしれません。
体裁を取り繕うことにエネルギーを使い、大切な人の心を傷つけて歪ませるのではなく、自分の本当の気持ちに素直になって、正直に自分の気持ちを表明していくことが大切なのだと思います。
同居や結婚や跡取りという「かたち」に異常なほどこだわり、権力を持つものが家族を治めて支配していく…というスタイルではなく、皆が平等意識を持ち、適度な距離間で心地よく暮らせる家庭環境を作ること…。
これが、これらの新しい家族のかたちになっていくといいなぁ…と思います。
◇
Kさんが結婚され子育てに翻弄されていた1990年代、それは専業主婦世帯と共働き世帯の比率が逆転した時代であり、大きく人々の価値観が揺さぶられていた時代でもありました。
※出典:厚生労働省
古い価値観から抜け出すことができず、世間体やしきたりを新しい世代に課す親世代の存在は、当時の子育て世代にとっては大きな重みだったのだと思います。
2020年代を生きるぼくら子育て世代は、1990年代当時の子育て世代とまったく同じ苦しみはほとんどありませんが、それでもそこに流れる源流は同じだと思うんです。
社会の常識に縛られて、自分のパートナーを、自分の家庭を、そして自分自身を苦しめていないか?
本当は自分はどうしたいのか?どうされたいのか?
それを自分自身に問い続けることは、いつの時代においても、夫婦が幸せを感じられるためにはとても大切なことだと思うんです。
Kさんのお話を伺うことができ、しみじみとそんなことを感じました。
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