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2/27-vol.30 心が豊かに育って良かった。

おはようございます!水澤敦史です!
今日も最高の一日にします!!

今日は、人によっては綺麗事に聞こえることを。

「金持ちで心が貧しい」より
「お金がなくても心が豊か」


幼い時、お世辞にもお金があるとは言えない家だった。ふりかけご飯・おさがりのみ・レジャーといえばザリガニ釣り。お金のなさという面では貧しかったけれど、自然と戯れたり、家族が常にそばにいる環境はとても「心が豊か」だった。

そんな僕には、今でも印象的な出来事がある。
不快感は後に心を豊かにしてくれた。

それは、人と同じであることの無力感を感じた体験だ。もしかしたら少し長くなるかもしれない。思い出した時に追記できるように、しっかりと書きます。笑

「メッシュの体操着」

遡るは中学の時、思春期真っ盛りの中2の頃。
僕の中学は体操着で生活するのが基本だった。
そして、僕の小さな人生の大イベントがきます。

綿生地の体操着からメッシュの体操着に変わった。

鼻で笑ってください。笑
当時の僕にとって、好きな人に振られるくらいに、印象に残っているイベントなんです。

みんなすぐにメッシュの体操着に変えてく中で、僕だけは綿のままだった。

強烈なコンプレックスだった。綿の体操着であることは、当時の僕にとって強烈なコンプレックスだったんです。笑

そんな「綿体操着のポイント
ぜひ、メモのご準備を。

1.黄ばみやすい
2.みんなメッシュ生地で真っ白
3.ちょうど夏だったから、絶賛汗染み。
4.特に、脇汗。
5.2年も着てるから、ヨレてた。

こんなの、今考えたら大したことないですよね。当時の僕にとってはきつかった…。なんかこう、「あ、僕の家は貧しいからメッシュ買えないんだなぁ」って。

モノを丁寧に長く使う大切さと、思春期特有のこだわりとのジレンマを感じていた。

でもね僕も衝動に耐えれず、勇気を出して言ってみたんです。

「お母さん、メッシュの体操着欲しい」

って言ってみたんです。お金ないって分かってるなかで、僕が当時求めた「贅沢」でした。

僕の贅沢なお願いに対し、母は至って冷静に、それでいて僕の心を理解することに徹してくれたのです。

母「どうして、メッシュの体操着が欲しい?」

僕「周りの人がみんなメッシュで、羨ましい」

母はそっか、の一言のほかには特に何も言わなかったです。けれど数日後にメッシュの体操着くれたんですよね。一枚だけ。

着回した「メッシュの体操着」

これはすごくすごく嬉しくて、一枚しかないのに洗濯最短サイクルで週3日は着てましたね。笑

結局、黄ばんじまった。

そりゃ週3で着込んでれば、結局中3の夏には綿のシャツと同じように黄ばんでしまったんすよ。

その時にはさすがに綿の方もボロボロだったんで持ってる体操着全部がメッシュの体操着に。

そんとき、感じたのは、どことない疑問でした。

「あれ、なんでおれメッシュの体操着欲しかったんだっけ?」

その時にはわからなかったけど、とにかく「周りと同じ」でいることが大事だったんですね。
別の言い方をすれば、「人からどう見られるか」が行動を決める判断基準だった。

メッシュの体操着=承認欲求

要するに、目の前に見えてる当時唯一のコミュニティで、自分への承認欲求が高まっていたんですね。

この体験、伝えたいことは、大人になっても承認欲求はあんまり変わらんってところ。どうせ承認欲求があるなら、うまく仕組みとして使った方がいい。

社会人で仕事してるときも、結局お客さんのためとかじゃなくて、お客さんからどう見られるか。上司から同僚からどう見られるか、なんですよ。

自分が得たいものを得ている環境に身を置くことができたら、自ずと承認欲求が働いてくれる。人間の脳や心の仕組みはきちんと理解して使うが吉です。

おわりに

周囲と同じでいようとする人間の「コミュニティ性」の感情って、上手く使えばすごくいい起爆剤になる。

高いレベルの環境にいると、合わせようと必死になる。不快だから。そう、不快なんです。
新しいコミュニティに入ると、まず自分を知ってもらう必要がある。
友達もいない。相手を理解し、自分を理解してもらう必要がある。

不快でしかない。笑

だから自分のレベル上げたければ、環境変えることですね。環境を変える。最近確信に変わってきています。

怖いところ、不快なところ、嫌なところに、
自分が成長する「きっかけ」がある。

今日も一日最高に生きましょう!!🔥

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