顧客データのバラバラ管理は何が問題か<TIS共著コラム1>
近年、DX推進の一環として、多くの方がデータ利活用に取り組まれていると思います。
その中でも、CRMシステム上の顧客データのマーケティング・営業・サービス活用について、ご相談を受けることが多くありますが、顧客データ活用が進まない理由の一つに、社内に顧客データが分散していて統合することが難しくできていないというものがあります。さらに、顧客データを統合する必要性をお聞きすると「顧客データが分散していることは良くないため、統合が必要」とだけ考えられていて、目的が不明確な場合があります。
顧客データの統合は手段であり、 目的があるはずです。 例えば顧客データが分散されていることで、顧客の行動分析が出来ず、顧客理解に活用できないという分析現場の課題があれば、 顧客理解促進のための顧客データの統合を行うことになります。
これらの目的を定義することがプロジェクトを実行する際には必要になり、 効果的に利用され続ける顧客データ基盤を構築することにつながります。逆に、顧客データの統合が実現されたが活用されていないケースは、この目的の定義が曖昧であったことに起因することが多いように思います。
顧客データの分散の現状から、 どのような目的で統合を進めているのかについて、考えていきましょう。
データ管理の現状
何をやるべきか?それって何のため?が明示されない
そもそも顧客データは、どのような仕組みで収集・管理されているのでしょうか?例えば、店頭やECで販売しているような企業を例にして考えてみると、以下のような状況が考えられそうです。
店頭:
顧客カルテ等、重点顧客の詳細情報(購買履歴など)としてExcelや紙ベースで保有
EC:
氏名・メールアドレスなど、購買データとして情報を保有
アプリ:
詳細な顧客データとして年齢・性別・イベント参加履歴・好きなブランドなど属性情報をシステムで保有
CRMシステム:
事業・ブランドごとにそれぞれの顧客データをシステムで保有(横断管理・共有できていない、顧客が重複登録されている)
仮に上記の4つの顧客データの管理パターンがあった時に、何のデータを何に統合するのか?が不明確であったり、何のために統合するのかが明確になっていない状況では、実際にデータ統合を行う情報システム部門やDX推進部門は目的を把握することができないまま、顧客データ統合システムの構築プロジェクトを企画し、推進せざるを得ないのです。
そこで、顧客データを統合する目的を明確にするべく、統合できていない場合に、どのような影響があるのかを見ていきたいと思います。
顧客データ散在が及ぼす課題
「ブランドロイヤルティ」への影響
ブランドロイヤルティへの影響と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、一緒に考えてみましょう。
例えば、顧客をロイヤルカスタマー、一般顧客、離反顧客などに分類して、マーケティングをするという企業があるとします。
ロイヤルカスタマー:高い購入頻度・購入金額
一般顧客:標準的な購入頻度
離反顧客:購入期間が空いていて、購入金額も少ない
ロイヤルカスタマーへのアプローチと離反しそうな顧客へのアプローチでは、何をすべきかが異なる事は何となく想像できますね。
例えば、顧客データがバラバラに管理されている時に起こり得る弊害について、以下のような顧客を例にして考えてみましょう。
・店頭で頻度高く”A”という商品を購入している
・ECでは半年に1回程度”A”と同じ会社の“B”という商品を購入している
・アプリ会員になっているが、クーポン利用の実績はない
このような顧客に対して、顧客データを一元化せずにそれぞれで保持していると、以下のようなアプローチとなるのではないでしょうか。
・店頭:ロイヤルカスタマーとしてアプローチする
・EC:離反顧客としてアプローチする
・アプリ:新規顧客としてアプローチする
一人の顧客に対して、上記のような不整合を起こす可能性があります。
店頭でしばしば購入しているのに、スマホ上ではロイヤルカスタマーとなっておらず、ロイヤルカスタマー向けの特典が受けられないといった事が起こると、マイナスの印象を受けるはずです。最悪のケースでは、顧客に「マイナスの印象」を与えてしまい、離反されるリスクもあると考えられます。
「新規顧客獲得コスト」への影響
新規顧客獲得コストへの影響、というと飛躍があると思われるかもしれませんが、ここも一緒に考えてみたいと思います。
例えば、「A事業部門とB事業部門の製品は親和性が高く、クロスセルの相関が高い」状況である場合、初めてA事業部門の製品を購入頂いた顧客に対して、B事業部門としてアプローチをしたいと考えるのが通常でしょう。しかしながら、顧客データが統合されていないと、B事業部門はその顧客データを持っていないため、当然このようなアプローチは出来ません。
もう少し掘り下げて考えてみると、売上増加としては、新規顧客と既存顧客に分けれられます。一般的に高コストと言われる新規顧客獲得について、確度の高い顧客へアプローチすることができることになり、顧客の新規獲得コストの低減に繋げることができるのです。
つまり、顧客データが統合されていないことで、既存顧客のロイヤルティの低下リスクや、新規顧客の獲得コストに影響を及ぼし、結果として売上増にも繋がる施策が打てない、効果が創出されないリスクがあるのです。
課題解決の方向性
それでは、このようなリスクを低減させ、売上向上につながる施策を打ち、継続的な効果創出につなげている企業はあるのでしょうか。また、そのような企業ではどのような取組みをされているのでしょうか。事例を上げてみたいと思います。
顧客ロイヤルティの向上(株式会社ヤクルト球団)
ヤクルト球団では、チケット販売システムの刷新に合わせて導入した、ファンビジネス向けトータルCRMソリューション「Fan-Life Platform」を活用し、ファンの育成を実現しています。
まず、チケット販売システムにおいては、CRMから得られるチケットの購入動向データを分析し、ファンクラブ会員向けの割引や先行販売を可能とすることで、ファンの特別扱いを通したロイヤルティの向上につなげています。
あわせて、ファンクラブ限定のサービスとして、デジタルガイドブックの提供、応援選手の登録とその活躍によるポイント付与、メールマーケティングの運用などの機能をリリースし続けることで、試合以外でも球団とファンとの間にコミュニケーション機会を発生させています。「Fan-Life Platform」の導入で実現したこれらの施策によって、チケット販売の売上は目標を大幅に上回り(数百パーセント以上の達成率)、ファンクラブ会員募集への反応も格段に良化し、結果としてファンクラブ事業の黒字化を実現し続けています。
他にもスターバックスやナイキ、コストコなどにおいて、会員向けのアプリやプログラムを運用することで、パーソナライズされた特典やコンテンツ、サービスが提供されていることは有名です。
出典:https://www.hitachi-solutions.co.jp/digitalmarketing/sp/column/cl_vol01/
出典:https://www.synergy-marketing.co.jp/showcase/yakultswallows/
クロスセルによる新規顧客獲得コスト削減(日本通運株式会社)
日本通運では、2019年に名刺管理クラウドサービス「Sansan」を導入し、顧客データベースを整備していました。そして、蓄積した顧客データを活用すべく、2024年1月に、顧客データベースをSalesforceに連携させ、部門・拠点を横断して共有・活用できるようにし、顧客データの分析結果を基に自社と顧客との関係性を数値で可視化する「企業リレーションスコア」、人単位での接点状況から効果的なアプローチ対象を絞り込む「ヒートマップ」を構築しました。さらに、関係性の質を評価するため、決裁権限者や周辺のキーパーソンを体系的に把握するための人物相関図「パワーマップ」の作成にも着手されているようです。
これら顧客データの統合・共有を基盤とした取組みにより、既存顧客との関係性を深めつつ、部門横断でエンドツーエンドの物流サービスを提案し、クロスセルを実現し、売上を増加させ、同時に顧客獲得コストも削減させているようです。
多くの会社・部門においても、顧客ごとのアプローチに関する最新状況や経緯について部門・チーム横断で認識が合わず、コミュニケーションのすれ違いや確認・相談の手間がかかっています。当該事例のような情報基盤が構築・運用されていれば、情報を出している側が求めている側からの連絡・要望に対応する工数が不要になるなど、社内業務の効率化にもつながっていきます。
Amazonや楽天などBtoC向けのECサイトでは旧来から取り組まれ、最早当たり前になっているクロスセルですが、BtoBなど他業界においても顧客データを部門横断で統合し、共有することで有効な施策に活かすことができています。
出典:https://it.impress.co.jp/articles/-/26786
これらの事例に共通するのは、分かりやすいデータ統合の仕組みです。その仕組みとは、システム間/システム内で重複しないIDや番号を付与することで、個別顧客を一意に定義した上で、顧客データの管理と共有を行うというものです。これにより、データ利活用として効果を生み出すことができるのです。
ここで、複数の顧客データを管理するシステムが存在する場合、統合顧客基盤を構築した上で、最大公約数的なデータをそこで保持し、個別の詳細なデータは既存の各システムで紐づけ保持することが理想的かもしれません。
ただし、あくまで目的は各システムで管理している顧客を、同一の顧客として管理し、顧客ロイヤルティの向上や新規顧客獲得コストの削減といった活用につなげることです。
こういった目的が果たせるならば、統合顧客基盤を構築せずとも、紐づけのキー項目となるIDや番号を付与・連動させて、各システムで管理・活用する方策も取り得ます。(データメッシュと呼ばれる当方策については別の機会に触れたいと思います)
過去、事業部制などでバラバラに仕組みが構築され、情報が管理され、事業が推進され、成果も各事業部にて創出することが叶っていました。しかし、時代が変遷するに連れ、事業者側もグローバルに飽和し、顧客も飽和あるいは減少し始めている中、全体最適の視点・取組みが重要になっています。
最後に
ここまで、顧客データ統合の目的、活用法について触れてきましたが、実際に顧客のデータ統合を行うにあたり課題となる点として、顧客データの名寄せがあります。統合時にIDや番号を付与する際の名寄せ、運用中に発生してしまう重複データの名寄せなどです。これらが今回触れた、顧客を一意に特定し統合管理していくことに対して大きな課題となります。次回は、この顧客データの名寄せをどのような目的で、どのような取り組みを行っていくべきかについて整理していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。皆さんの気づきにつながる内容があれば何よりです。
投稿者:
TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 ファンクション&プロセスコンサルティング部
シニアマネージャー 柿沼 信孝
システム開発会社、コンサルティングファーム、マーケティング支援会社を経て、2023年よりTISに。コンサルティングとシステム開発の経験から主にシステム企画構想に従事。TISでは、デジタルマーケティング、人的資本経営や営業改革のテーマも担当。
アットストリームコンサルティング株式会社 シニアマネジャー 鷲野 真人
株式会社ワコールを経て、アットストリームコンサルティング株式会社へ参画。サプライチェーンマネジメントに関する業務改革やKPIマネジメント導入・定着支援に関するコンサルティングサービスを提供。
アットストリームコンサルティング株式会社 マネジャー 兵頭 卓
複数のコンサルティングファーム、DX/AIコンサルティングのベンチャーファームでのコンサルティングサービス事業部長、独立系ファームでの関西拠点責任者などを経て、アットストリームへ参画。顧客接点強化やAI活用などを中心としたコンサルティングサービスを提供。