見出し画像

#24 青天の霹靂

 彩世が再び目を覚ますと、目の前に諭の顔があった。彩世は思わず、ベッドから飛び起きた。その振動で諭が目を覚ました。彩世は諭の顔を凝視する。
「……何で、お前がびっくりした顔してるんだよ?家に帰ってきて、お前が寝てるから驚いたんだけど」
彩世は諭の顔を見たまま、黙っている。
「…どうした?まだ寝ぼけているのか?」
「……あんたに会うとは思ってなかったから。少しびっくりしただけだ」
「そうか。てっきり、俺を待ち伏せていたのかと思ったけどな」
「何で、俺があんたを待つんだ?」
諭は、彩世の顔に触れた。
「俺に会いたかったんじゃないのか?」
「そんなことは…」彩世の言葉を遮るように諭は彩世に口付けた。彩世は、咄嗟に諭を突き飛ばした。ベッドから出ようとして、腕を強く引っ張られた。その反動で彩世はベッドに倒れ込む。それを予測していたかのように諭が彩世の体を受け止めた。彩世の背中越しに諭の心臓の鼓動が伝わってくる。
「あんたは、俺をからかっているだけだろ?恋愛ごっこは、もうお終いだ」と言い、諭から離れた。
「どうして、俺がからかっていると思うんだ?」
彩世は、昨日の夜、諭が知らない男と話しながらエレベータに乗り込んでいく情景を思い出す。諭は自分と居る時よりも笑顔が多かったように感じる。いつも取り澄ましたような顔で、彩世を見ているようで何も見ていないような冷静な目つき、口元は笑みを浮かべているが、心から笑っているようには見えなかった。彩世は、諭の美しい顔の下に何か底知れない生き物を飼っているように感じた。諭と体を合わせた時のことを思い浮かべる。諭の熱っぽい視線、濡れた唇、その口から洩れる吐息、額に浮かぶ汗、その見た目の美しさと得体のしれない心の中のものが混ざり合い、仮面の下に隠し持った野性的なナイフが時折、ちらついているように見える。彩世は、諭の野性的なナイフが自分に向けられることを想像し、諭を無性に抱きたい衝動にかられた。彩世は、振り向いて諭の唇にキスをした。彩世は、諭の髪に触れ、その華奢な腰に手をかけてベッドに押し倒した。彩世は、諭を見つめながら、鎖骨に沿って舌を這わせた。諭の綺麗な顔が少し歪む。彩世は、そのまま首筋に舌を移動させた。諭の薄い唇から吐息が漏れる。諭の手が彩世の唇に触れる。
「……お前は、俺から逃れられない」と諭は言い、彩世の口に指を差し入れた。彩世の舌に諭の指があたり、舌の上で指が踊るように蠢いている。諭の指から彩世の唾液が滴り落ちる。諭は、彩世の口から指を外し、舌で先程、彩世の口に入れた指や指から滴り落ちる雫を舐めている。一滴も残さずに舐めとるしぐさに彩世の気持ちは、高ぶっていく。
「どうしたい?」と諭が聞いた。
「…あんたを抱きたい」
諭は、彩世の言葉に笑った。
「奇遇だな。俺もそう思ってた。来いよ」
その言葉への返事の代わりに彩世は、諭の唇を貪るようにキスをした。諭は舌を出し、彩世の舌に触れる。二人の舌が絡み合い、水音が部屋に響く。彩世は、諭の来ていたTシャツを捲り、乳首を指で弾いた。「んっ…」と諭の口から吐息が漏れる。諭と視線が合った。諭の目が潤み、頬が赤らんでいる。唇が艶やかに光り、彩世を欲しているように思える。しかし、それ以上に自分自身が諭に囚われていることを感じた。昨日の出来事を聞きたい気持ちはあるものの、それを聞くことで、この関係性を失いたくなかった。矛盾している。彩世は、そう思った。
「どうした?もう終わりか?」と諭の形の整った唇が動いた。
彩世は、笑みを浮かべ、「まだ、始まってもない」と言い、諭に口付けた。


 彩世は、ベッドの上で目を覚ました。時計を見ると昼の2時を過ぎたところだった。ベッドから起き上がり、Yシャツを着始めた。後ろで物音がして、彩世は振り返った。
「もう行くのか?」
「ああ」
「そうか」と諭は言い、ベッドから起き上がり、クローゼットを開けて封筒を取り出して、彩世に渡した。彩世が封筒の中を見ると、一万円札が数十枚入っていた。
「今日の御礼」と諭は言った。
諭の行為は、彩世を戸惑わせた。
「…俺は、お金のために、あんたと寝たんじゃない」
「そうか。俺は、その方がお前の都合に良いと思ったんだけどな」と諭は笑いながら言った。
「どういう…」
「俺とお前の関係は、ホストとお客。その方が剛にも言い訳ができるだろ?」
諭から突き放されるような言葉を受け、彩世の思考は現実に引き戻された。
「あんたは、剛から俺を離したかったんじゃないのか?」
「最初は、そう思っていた。でも、今はお前の気持ちを尊重したい」
彩世は、諭の確信に触れない話し方に苛立ちを覚えた。結局、諭が何を望んでいるのかが分からなかった。
「…俺が剛を選んでも良いのか?」
「全ては、お前次第だ」
「俺が剛を選んだ場合、あんたはどうする?」
諭は、笑いながら「どうもしない」と答えた。
彩世は、諭から聞きたいことが聞けずにイライラした。
「じゃあ、俺があんたを選んだら?」
「その時は、全身全霊でお前を愛してやるよ」
彩世は、諭に封筒を返した。
「これは、受け取れない」
彩世は、諭の耳元で囁いた。
「俺は、あんたを選ぶ」
諭は意地悪そうな目を彩世に向けて、「始めから分かっていた」と言い、彩世にキスをして両腕を彩世の首に回して、彩世をベッドに押し倒した。
「俺…6時には、出勤なんだけど」
「まだ時間はたっぷりある」と諭が笑いながら、彩世にキスをした。


いいなと思ったら応援しよう!