#42 Sweet night(前編)
彩世は、お店に来ていた最後の指名客を入り口で見送った後、スタッフルームに向かった。スタッフルームの真ん中にあるソファに諭が寝転んでいる。着替えたようで、いつも通り、白のTシャツにジーンズ姿だった
定期的に胸が上下に動き、寝ていることが分かった。彩世は、音を立てないように自分のロッカーを開けて、ネクタイを外し、丸めて置いた。そして、財布を取り出し、パンツの後ろポケットに入れた。その後、ソファに向かい、諭の肩を揺すった。
「あぁ…悪い。寝てしまったんだな。仕事は終わったのか?」
諭は目を覚まして、体を起こした。
「あんたに言われた通り、アフターはいれなかったよ」
「そうか。じゃあ、行こうか」
諭は彩世の腕をひいた。
「え?行くって、どこに」
諭は何も言わず、彩世の腕を掴んで、裏口のドアを出た。そのまま、靖国通りまで一緒に歩いた。靖国通りに着くと、道路の脇に立った。しばらくして、諭が手を上げると、タクシーが停車した。ドアが開き、彩世は諭に促されるままに乗って、続いて諭も隣に座った。
「パークハイアット東京までお願いします」と諭は運転手に言った。
彩世は驚いて、諭の方を見た。
「どうした?」
「いや…」
10分程度で、パークハイアット東京に到着し、彩世と諭はタクシーを降りた。彩世は、諭の後について階段を上がり、新宿パークタワーのエントランスに入った。真ん中によく分からない形のオブジェがあり、そこを抜けると石の壁面に鏡張りのエレベータが埋め込まれれていた。諭がエレベータのボタンを押した。
「…来た事があるのか?」と彩世が聞く。
「いや、初めてだ」
「え?そうなのか?」
「なんだ?」
諭は彩世の顔をじっと見る。彩世は、思わず顔を背けた。諭が笑みを浮かべながら彩世の背中に手を回す。
「素直じゃないな」
「…うるさいな」
その時、エレベータのドアが開いた。中は木製の壁に囲まれ、奥は鏡が貼られている。
「ほら、いくぞ」
諭は、彩世の背中に手を添えたまま、一緒にエレベータに乗り込んだ。諭は、41階のボタンを押す。扉が閉まり、エレベータが動き出した。
「あんたには、不甲斐ないところばかり、見られてるな」
「お互い様だろ」
「全然、違うよ。あんたと会って、俺は自分自身に自信が持てなくなった」
「なんで、そうなったか、わかるか?」
「いや、わからない」
「そうか。じゃあ、考えてみろよ」
彩世は、諭をじっと見つめた。
「悩むことに価値がある。もっと悩めよ」と諭が言った。
「…大人ぶって。本当にあんたって、全て見透かしている感じで嫌だな」
「お前が分かりやすいんだろ?」
エレベータのドアが開き、諭と彩世は降りた。天井が高く吹き抜けになっており、ガラス張りになっている。フロアの真ん中には緑が生い茂っていて。その外側にテーブルと椅子があった。流石に遅い時間だったため、誰も居なかった。窓の外から新宿の夜景が見えた。彩世がいつも見ている新宿とは全く異なる異空間に、彩世は思わず、息をのんだ。
「ほら、いくぞ」と諭に言われ、彩世は、諭の後をついていく。
ラウンジを抜けると、奥にスーツ姿の男性が立っているのが見えた。諭は男性に声を掛けられ、椅子に座り、宿泊シートに記入をしている。彩世は、諭が受付をしている間に、もう一度、辺りを見回した。証明が暗く落とされたカーペットに壁面には絵画が飾られている。
「いくぞ」と諭に声を掛けられ、彩世は、諭と一緒にエレベータホールに向かった。エレベータに乗り、諭は45のボタンを押した。しばらくすると、エレベータの扉が開き、二人は、エレベータを降りた。廊下はグレイのカーペットで敷き詰められ、光は足元から上に向けて申し訳程度に差し込んでいる。ここの壁にもたくさんの絵画が飾られていた。諭は、奥の角部屋の前で止まり、ドアを開ける。諭に続いて、彩世も中に入った。部屋には大きなベッドが一つ置かれており、奥にはテーブルと向かい合うように椅子が二脚並んでおり、その隣に一人掛けのソファとローテーブルが置かれている。カーテンが開いているので、窓から新宿の夜景が見えた。
「もっと、奥に入れば?」と諭に言われ、そのまま部屋の奥まで入る。奥の右手にバスルームが見えた。諭はバスルームに入り、バスタブにお湯を溜め始めた。彩世は、立ったまま、その姿を眺めていた。
「一緒に入る?」
「ん?…ああ」
「どうした?お酒を飲み過ぎたか?」
「いや。…その……彩乃と何を話したんだ?」
「う~ん、世間話?」
「あんたと彩乃が?」
「うん。たいした話はしてないよ。それより、こっちに来いよ。脱がせてやる」
諭は、腕を広げて、彩世が来るのを待っている。彩世は、面食らって、顔を背けた。
「いや…自分で脱ぐからいい」
「じゃあ、体を洗ってやろうか?」
「それも大丈夫」
諭はクスクスと笑った。
「俺は気まぐれだから、こんな提案することはなかなかないぞ」
彩世は、ベッドに座った。
「…じゃあ、お願いするわ」
諭は、バスルームからベッドに向かい、彩世のスーツのジャケットを脱がし始めた。その後、キスをしながらシャツのボタンを外す。諭は、彩世を押し倒してシャツから露わになった胸元や腹にキスを落とし、ベルトに手をかけ、ズボンとシャツを脱がす。彩世は、体中を愛撫されて、こらえきれず口元を手で抑えた。諭は、その手を外そうと腕をつかむ。
「声を押さえない方が気持ちよくなれるって前に言ったよな?」
「…っ、普通に脱がせよ」
諭は、口元を抑えていた彩世の手を外し、唇を甘噛みした。その刺激に彩世は思わず吐息を漏らした。
「はぁ…」
「かわいい」と諭が笑いながら、彩世に囁いた。
諭は彩世の足を持ち上げ、太ももにキスをする。彩世は、それを止めるように諭の腕を掴む。
「止めて良いのか?」
「これから風呂入るんだろ?」
「そうだけど」
彩世は、諭を押しのけて、ベッドから立ち上がった。
「後は、自分でやる」
彩世は、バスルームに向かいドアを閉めた。パンツと靴下を脱いで洗面所に置いた。バスタブとは別に透明なガラス張りの中にシャワーのヘッドが見えた。彩世は扉を開け、シャワーの蛇口を捻った。丁度良い温度とシャワーの圧力で、目が冴えてくる。髪と顔、体を洗い、バスタブに向かった。
お湯がちょうど良いくらいに溜まっていたので、蛇口を止めて、湯に浸かった。バスタブの壁面は、窓になっており、新宿の夜景が見える。
「夜景、綺麗だな。ここにして正解だった」と後ろから諭が言った。
彩世が振り向くと、髪を下ろしてバスローブを来た諭が居た。諭は、バスタブの横にあったバスソルトを取り、封を開けて、バスタブに入れた。辺りに柚子の香りが漂った。
「この方がリラックスできるだろ?俺もシャワー浴びてくるから」
諭は、そう言うと、バスローブを脱いで、シャワールームに入っていった。