#26 スペアな感情~ボーリングで繋がる二人~
『まもなく渋谷、渋谷、終点です。JR線、東急線、地下鉄線はお乗り換えです。出口は右側です。京王をご利用くださいまして、ありがとうございました』
電車のアナウンスが流れる。電車が渋谷駅のホームに入っていく。剛は知多の手を取り、電車を降りた。
「ほら。いくぞ」
「剛、待ってよ。もう少しゆっくり歩いて」
「ごめん」
剛は井の頭線の改札を抜けて、エスカレータを降り宮益坂方面に向かった。入り口にESTという看板があるところに入っていく。剛は受付で用紙を記入して、受付の人に渡すと、3階に行くよう案内された。
「知多。靴のサイズ何センチ?」
「23センチ」
剛はお金を入れ、ボタンを押し、シューズを取り出して、知多に渡した。剛は自分の分のシューズを取り出した後、知多と一緒にレーンに向かった。剛はカバンとシューズを置いた。
「ボール取ってくるから、知多は靴を履き替えて待ってて」
知多は剛に言われた通りに靴を履き替えていると、剛がボールを2つ持って、ボールリターンの上に置いた。
「俺が最初に見本見せるから、見てて」
剛はボールを取り、後ろに振りかぶって、レーンに向かってボールを投げた。ボールは次々にピンに当たり、1本だけ残った。
「おしい!」と剛は言った。
しばらくすると、ボールがボールリターンに戻ってきて、剛はもう一度、投げた。ボールはピンに向かったかと思ったが、途中で横に逸れて、ピンに当たらずに抜けていった。
「マジか~。次、知多の番な。やり方を教えるから、こっちに来て」
知多はボールリターンの傍に来る。
「初めてって聞いたから、軽めのボールを選んだんだけど、持ってみて」
知多は両手でボールを持ち上げる。
「重い」
「あ、ごめん。持ち方があるんだ。一回、降ろして」
剛は知多に見えるようにボールにある三つの穴を見せた。
「大きい穴に親指を入れて、上の2つの穴に人差し指と中指を入れて、ボールを掴むんだ。ほら、こんな風に」
剛はボールを持ち上げて、知多に見せた。
「やってみて」
知多は親指と人差し指、中指をボールの穴に入れて、持ち上げた。
「そうそう。それで、親指が体と平行になるようにして投げるんだけど、少しその場でボールを振ってみて」
「こう?」
「うん。そうそう。いい感じ。じゃあ、レーン行こうか。段差あるから、気を付けて」
剛は知多とレーンに立った。
「奥に白いピンが立っているけど、あそこじゃなくて、床の途中に三角の形の点が見えるんだけど、わかる?」
「うん」
「あの右側から二つ目を狙うんだ。えーと…投げる位置は真ん中より右からでいいよ」
「この辺でいい?」
「うん」
「ボールはどのタイミングで離せば良いの?」
「地面に一番近くなった時でいいよ。あと、あんまり力は入れなくて大丈夫だからね」
「わかった」
知多はボールを後ろに振りかぶり、投げた。ボールはのろのろと転がり、途中で曲がって真ん中に吸い込まれていく。ピンが7本倒れた。
「お~、知多すげぇ!」
剛は手を叩いて喜んでいる。もう1回投げると、1本だけ倒れた。知多が剛のところに戻ってくると、剛が笑顔で迎えてくれた。知多はボールを投げることに何が楽しいのかと思ったが、剛がちょっとしたことで褒めてくれて、嬉しくなった。その後、2人はボーリングを2ゲームやって、ボーリング場を出た。剛は時計を見た。
「6時過ぎだ。なんか、食って帰るか?」
「私…今日、お金がないんだけど」
「良いよ。俺が出すから」
「そんな…悪いよ。ボーリング代も出してもらってるし」
「じゃあさ、また今度、一緒にでかけようよ。その時に知多が出して」
「わかった」
二人はガストに入り、知多はグラタンを頼み、剛はハンバーグとライスを注文した。
「ボーリングどうだった?」
「楽しかった」
「だったら、良かった」
知多は水とおしぼりを取りに行って、戻ってきた。
「サンキュー。知多は…勇と居る時はあんまり自分の意見は言わないのか?」
「なんで、そんなことを聞くの?」
「今日、一緒に居て、お前からこうしたいっていうのが無かったからさ」
「…つまらないでしょ?」
「そうじゃなくて、俺が無理に付き合わせてるんじゃないかと思ったんだよ」
「そんなことないよ。一人だったら行かないし」
「知多は、美術館とか好きそうだよな」
「…行ったことないな。そういうことを考える余裕がなかったのかも」
「学生時代なんて一生に一度しかないんだから、もっと楽しもうぜ。なんか、やりたいことないの?」
「あれ、やってみたいかも」
「何?」
「ドライブ」
「それは俺、叶えられないな。免許もってないし」
剛と知多は顔を見合わせて、お互いに笑った。ちょうど、料理が来て、店員がグラタンとハンバーグとライスを置いて、伝票を置いていく。
「知多。それだけで足りる?俺のハンバーグ、少しあげようか?」
「いいよ。大丈夫」
剛と知多はご飯を食べて、お店を出た。
「知多は四ツ谷だったよな?夜遅いから、家まで送るよ」
「いいよ。このくらいの時間だったら一人で帰ることもあるから」
「いや、付き合わせたのは俺だし」
「剛は…さっきから気を使ってばかりだね。疲れない?」
「……俺はいつもこんな感じだから、意識したことなかったな。そう見える?」
「うん」
「俺も関心がない奴なら、ほっとくけどな。知多は友達だからな。ほら」
剛は手を差し出した。知多はその手を眺める。
「人が多いから別々に歩くとはぐれてしまうかもしれないだろ」
剛は知多の手を握り、歩き出す。自分の手よりも大きいその手を知多は握り返す。勇の手は握ると冷たいことが多かったが剛の手は温かかった。知多はその体温に心地よさを感じた。