#45 ディズニーランド編(1)
剛は、図書室の入り口から図書室の様子を観察した。机には本を読んでいる人や勉強している人がチラホラと居て、その中に知多がいるのを見つけた。剛は知多の方に向かって歩を進めた。知多の目の前に手をかざした。
知多が本から目線を外し、剛の方を見た。
「…剛、どうしたの?」
「柴咲からここに居るって聞いて。何を読んでるんだ?」
知多は答える代わりに本の表紙を剛に見せた。本のタイトルは、『生霊は存在するのか』と書かれている。
「なんか方向性が違う気がする…」
「他に思いつかなくて…」
「確かにな。とりあえず、どっか、いかないか?」
「うん。本、戻してくるね」
「ああ、外で待ってる」
剛は図書室を出て、廊下で知多が出てくるのを待った。しばらくすると、知多が図書室から出てきた。二人は並んで歩き、校門を出ようとする。門の左側に長身の男が立っているのが見えた。男は緑のメッシュが入った黒髪に花柄のシャツに革のパンツを履いている。
「夢幻さん…どうして、ここに?」
「久しぶりだな」
夢幻は、二人に近づき、知多の前に立った。
「…こないだ会った時から君のことが気になっていたんだ。少し時間を貰えないかな?」と夢幻は言った。
知多は、夢幻を見つめたまま動かない。
「夢幻さん!何が目的なんだ?」と剛は夢幻に聞いた。
「いや~ほんと、知多ちゃんに会いたかっただけで」
「あんた…ゲイだろ?」
剛の言葉に夢幻が吹き出した。
「くくっ…お前もそう思っていたんだな。あれはホストのキャラづくりだから」
「でも…男とも付き合っていたことがあるって…」
「そうだな。まぁ正確に言えば、バイセクシャルだな。好きになれば、男だろうと女だろうと関係ない」
「そうなんですね」
「…あなたとほとんど話したことがないので、気になる…と言われても」と知多は言った。
「俺も知多ちゃんのことをもっと知りたいって思ったから、会いに来たんだよね。だから、そんなに警戒しないでよ」
知多は剛の方を見た。
「心配なら剛も一緒で構わないよ」夢幻は微笑みながら言った。
「わかりました」
「え?知多?断ってもいいんだぞ?」
「今、ここで断っても、また来ますよね?」と知多は夢幻に聞いた。
「その通り!今日がダメなら、また来るつもりだよ」
「…」
三人は、井の頭通りに向かって歩き、信号を渡り、目の前にあるジョナサンに入った。店員は窓際のボックス席に案内する。知多の隣に剛が座り、夢幻は知多と向かい合うように座った。店員がお水とおしぼりを持ってきた。
「お姉さん、ドリンクバーを3つね」と夢幻は言った。
「ドリンクバーが3つですね。かしこまりました。グラスとカップはあちらにご用意しております」と店員が言い、店内の奥にあるドリンクマシンやグラスが置かれている場所を指し示した。
「何が知りたいんですか?」と知多は聞いた。
「はは…単刀直入だな。今日は、もっとお互いのことを知る機会になればと思っているんだけど。知多ちゃんは、何が飲みたい?」
「…烏龍茶です」
「じゃあ、俺がドリンク取ってくるよ」
「あ、俺のも!」と剛が言った。
「剛は、俺の特製スペシャルドリンクな」と言い、夢幻はドリンクバーに向かって行った。
「…知多、なんかごめん…。俺が彩世さんと付き合っていたばかりに、お前まで巻き込んでしまって」
「夢幻さん…普段、私たちが見かけないような恰好をしてるけど、悪い人じゃないと思う」
「俺もたぶんとしか言えない。夢幻さんのことは、よく知らないから」
二人が話していると、夢幻がトレイにグラスを2つとコーヒーカップを1つ載せて戻ってきた。
「はい、どうぞ」と夢幻は、知多の前に烏龍茶の入ったグラスとストローを置いた。
「剛は、これな」
夢幻は、黄緑色の液体が入ったグラスとストローを置いた。
「なんですか?コレ?」と剛は夢幻に聞いた。
「飲んでからのお楽しみ」
夢幻はホットコーヒーを置いて席に座った。剛はストローの封を開けてグラスに入れると、ストローを咥えて、おそるおそる飲んだ。喉に炭酸の泡が広がり、メロンの味とかすかにカルピスの味がした。
「…おいしい」
「だろ?」
夢幻は、したり顔で剛を見た。
「夢幻さんは、いつからホストをしているんですか?」と知多は、烏龍茶を飲みながら聞いた。
「あ~、そこから聞いちゃう?えーと…ちょうどもうすぐ一年だったかな?」
夢幻は、ドリンクバーから持ってきたコーヒーミルクフレッシュを上に積み重ねながら答えた。
「あれ?夢幻さんっていくつでしたっけ?」と剛が聞く。
「なんか、俺が尋問受けてない?いくつに見える?」と夢幻が言った。
「…20代前半ですか?」と知多が答えた。
「当たり。22歳」と夢幻は言いながら、並べていたコーヒーミルクフレッシュを手で倒した。
「ホストの前は何をしていたんですか?」
「…美容師」
「美容師からホストに転職されたんですか?」と知多は聞いた。
「うわ~昼のホストから夜のホストですかぁ?」と剛が知多に続いて言う。
「なんか、悪いイメージを持たれた気がするんだけど。知多ちゃん」
夢幻は手で弄んでいたコーヒーミルクフレッシュから手を放して、知多を見た。
「はい」
「この後ってなんか予定ある?」
「勉強します」と知多が答えた。
「それ以外はない?」
「…そうですね」
「じゃあ、お兄さんが良いところに連れて行ってあげるよ」
「ちょっと待ってください!どこに連れていこうとしてます?」と剛が聞いた。
「どこって、夢の国」
「え?」
「夢の国ってどこですか?」と知多が言う。
「え?夢の国って言えば、一つしかないでしょ?」
「まさか…ねずみの国?」と剛が言う。
「高校生は、そういう場所好きでしょ?」
「…行ったことがないです」
夢幻が口を大きく開けて、知多を眺めた。
「東京に住んでいて一回もないの?珍しいね」
夢幻は知多の手を掴んで立ち上がった。
「じゃあ、知多ちゃんの、はじめてを貰うね」とにんまりと笑った。
「何を言ってるんですか?俺も行きますよ!」と剛が立ち上がりながら言った。
「え~お前も来るの?少しは空気を読めよ」と夢幻はいかにも迷惑そうな顔をした。
「空気を読んでいるから一緒に行くんですけど」
夢幻は知多の腕を掴んで、出入り口に向かった。剛も二人の後を追った。
夢幻は、レジでお会計をしながら、二人に外に出るように指で出入り口を指し示した。剛と知多は、夢幻の指示に従ってお店の外に出た。