#29 痣と隠された真実
放課後、剛は知多の家に向かっていた。マンションのオートロックで知多の部屋番号を押した。
「今、開けるね」とインターフォンごしに知多の声が聞こえ、オートロックが解除される。剛はエレベータに乗り、知多の部屋へと向かった。ドアを開けると、知多が出迎えてくれた。
「どうぞ。上がって」
剛は靴を脱いで、知多に続いてリビングへと向かった。
「カバンは適当に置いて大丈夫だから。上を脱いで、ソファに横になって」
剛は知多に言われるままにカバンを置いて、ソファに座った。
「あのさ…。知多は平気なの?」
「何が?」
「俺、男じゃん。部屋に二人っきりで怖くない?」
「剛なら、大丈夫」
「そう。俺…脱ぐの恥ずかしいんだけど。あんまり見られたくない」
「タオルケットあるから、良かったら使って」
知多は剛にタオルケットを手渡した。
「ありがと」
知多はキッチンに向かい、冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに注いで、ソファの近くにあるテーブルに2つ置いた。剛はソファに横になり、タオルケットを被っている。知多はテーブルから歯ブラシを取り、剛の首筋にあてて軽くこすった。
「え…?知多?痣を早く消す方法ってこれ?」
「歯ブラシでこすると血行が良くなって、痣が早く消えるみたい」
知多は歯ブラシで剛の肌をこすり始めた。剛は全身がくすぐったくなり、たまらず声を上げた。
「いや…くすぐったくて、無理なんだけど」
知多は剛の言葉を聞いていないかのように、動きを止めない。剛は上半身を起こして、知多が持っていた歯ブラシを奪った。
「…ごめん。気持ちは嬉しいけど、自分でやるよ」
剛は知多に背中を見せる。
「後ろは痕ついてないよな?」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあ、洗面所、借りていい?鏡見ながら、やるよ」
「それ、全部、一人でやると時間かかると思うけど」
「時間かかってもいいよ。これ以上、情けない姿をお前に見せたくない。それに…」
「それに?」
「…これを続けられると、お前に抱きついてしまうかも」
「いいよ」と知多は答えた。
「え?」剛は、驚いて、知多を見た。
「剛ならいいよ」
「お前、自分が何言ってるのか、分かってるのか?」
「分かってるよ」
「お前、勇のこと、好きじゃないのか?」
「好きだよ」
「じゃあ、何でそんなこと言うんだよ?」
知多はYシャツのボタンに手をかけ、脱ぎ始めた。剛は知多を止めようと腕を掴んだ。知多はそれを制してYシャツを脱ぎ、タンクトップ姿となった。露わになった白い肌には火傷の痕や傷跡が見えた。剛はタオルケットを知多にかけて抱き寄せた。
「ひどいでしょ?」
「俺が見ちゃダメだろ。勇がいるのに…」
「勇には見せたんだけど……引かれてしまって…」
「え?どういうことだ?」
「ホテルに入った時に脱いだら…黙ってしまって、『今日はやめよう』って言われたの」
「なんだよ。それ」
剛はタオルケットを取った。知多の腕には無数の火傷や傷跡がついている。剛は、知多の腕にある傷跡に触れた。
「お前の体は綺麗だ」
「そう言ってくれるのは、剛だけだよ」
「そんなことねぇよ」
剛は知多の体を強く抱きしめた。知多の腕に触れて冷たさを感じる。剛の熱が知多の肌に移動するように次第に自身の体温と知多の体温が交わるのを感じて、心地よさを感じる。
「怖くないか?」
「うん。平気」
「そうか、じゃあ、しばらくこのままでも良いか?」
「うん」
知多が剛の背中に腕を回す。知多の胸が洋服越しに押し付けられ、剛は心拍数が上がるのを感じた。
「お前が困っている時は助けてやりたいと思ってるから、困った時は言えよ」
「うん。ありがとう」
しばらくして剛は知多から離れて、近くにあるYシャツを渡した。知多はYシャツを着た。
「じゃあ、洗面所借りるな」
剛は洗面所に入り、鏡で自分の姿を見た。既に二日経っているが、色は薄くなっている感じはなかった。剛は鏡を見ながら、痣の上を歯ブラシであててこすり始める。どうして俺はこんなことをやってるんだろうという思いが浮かび、必死でキスマークを落とそうとしている自分が惨めで悲しくなった。剛はポケットから携帯を取り出して、受信ボックスを確認した。彩世からの連絡はない。剛は深いため息をついた。その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「剛?来ているのか?」
諭が帰ってきたことが分かり、剛は急いでYシャツを着る。諭がリビングに向かう足音がする。剛はリビングへ向かった。
「兄さん」
「連絡なく、来ているのは珍しいな?」
「うん。知多と一緒に勉強しようと思って」
「そうか。じゃあ、夕飯、食ってくか?」
「え?いいの?」
「ああ。何がいい?」
「そうだな~生姜焼きとか?」
「わかった」
諭は冷蔵庫を開けて食材を確認し、買い物に出かけて行った。剛はソファに座っている知多に声をかける。
「知多、一緒に勉強しよ」
「うん」
剛は数学の問題集とノートを机の上に広げ、知多は部屋から日本史の参考書とノートを持ってきた。知多はソファの近くにあったお茶の入ったグラスをリビングの机の上に置いた。
「サンキュー」
二人は勉強を始めた。しばらくすると、諭が買い物から戻ってきて、ご飯を作り始めた。生姜焼きの焼ける音と共に匂いもリビングに漂ってくる。
「いい匂いだな~。兄さんはホントに何でもできて、すごいよな~」
「まぁ一人で生活してたから、それなりにはできるよ。もうすぐ、ご飯できるから、準備手伝ってくれよな」
「了解」
剛と知多は勉強を止めて、夕ご飯の準備を手伝った。机にはご飯と味噌汁と生姜焼きとキャベツの千切りが並ぶ。3人は手を合わせ、ご飯を食べ始めた。
「母さんは、ご飯作ってくれているのか?」
「仕事で会うことが少ないけど、作り置きしてくれてるよ。あ、今日の分は明日の朝に食べるから大丈夫」
「そうか。二人とも、勉強の進み具合は順調か?」
「この時期は皆が勉強しているから、抜かされないようにするので精一杯な感じです」
「俺なんて、二年の時は、あんま授業出てないから、追いつくのでやっとな感じだな」
「後でノート見せてみろ」
「え?教えてくれるの?」
「いや、アドバイスするだけだ」
「それでも、ありがたいよ」
3人は食事を早々と済ませた。剛は諭に問題書とノートを見せた。
「…お前は基礎が出来ていないな。もっと基礎レベルの問題を解いた方が良い。基礎が出来ない奴が応用をやっても意味がないからな」
「分かった。ありがとう」
諭は知多のノートを見る。
「貴子は赤本を始めても良いと思うよ」
「ありがとうございます」
「もう9時前か。剛は帰るなら送っていくぞ」
「でも、兄さんも仕事から帰ってきて疲れてるんじゃ…」
「明日は休みだから、大丈夫だ」
「じゃあ、お願いしようかな。知多、また明日な」