#33 自分の存在証明
剛は彩世のマンションを出た後、後ろを振り返った。知多が剛の方に向かって走ってくるのが見えた。剛はその場に頽れた。
「剛…」
知多が剛の肩に触れようとしたが、剛はそれを払いのけた。
「俺のことはほっといてくれ」
「剛は彩世さんのことが好きだったの?それとも諭さんに彩世さんを盗られたことが悔しいの?」
「お前…人の傷を抉るよな」
「ごめん。でも、気休めな言葉をかけるべきじゃないと思って」
「そうかもしれないけど、言い方がさぁ・・・すごい傷付く」
「…ごめん」
「いいよ。知多らしい」
剛は立ち上がり、新宿西口公園へ歩き始めた。知多は剛の後をついてくる。剛は公園のベンチに腰を下ろした。知多も剛の隣に座った。剛は知多に構わず、目の前の風景を眺めながら、これまでの彩世とのやり取りを思い起こしていた。彩世がストレートに気持ちを伝えてくれていたけれど、自分からはっきりとした意思を示したことはなかった。今となると自分が彩世のことを好きなのかも分からなかった。彩世が自分に好意を抱いてくれているから、自分も彩世が好きだと思っていたのかもしれない。剛は知多の方を向いたが知多はいなかった。もし彩世さんが好きになる相手が兄さんじゃなくて知多だったら同じ気持ちになっただろうか?と剛は思った。その時、剛の目の前にお茶のペットボトルが現れた。
「良かったら、飲んで」と知多が言った。
「買ってきてくれたんだ。サンキュー」
剛は知多からペットボトルを受け取り、蓋を開けて飲んだ。
「…知多の言う通りかもしれない。俺は彩世さんが兄さんを好きになったことを許せなかったんだと思う」
「そう」
「彩世さんのことは好きだけど、それよりも俺を好きでいてくれる彩世さんが好きだった気がする」
「それは自分を認めてくれるからってこと?」
「…うん。彩世さんに認められることで自分の存在価値を証明できた気がしていたんだと思う」
「そういう風に思える人が居るのは羨ましい」
「いや、今回のことで人に依存してるだけだってよく分かったよ。自分で自分を認められるようにならないとダメだな」
「剛は強いなぁ。私も見習わないと」
「半分以上は強がりだけど。それにそういう人間になってないし」
「剛なら、なれるよ。」
「そうかな。そうなれればいいけど」
剛はベンチから立ち上がる。
「腹減ったな。なんか食っていくか」
「今日は私が奢るよ」
「いや、俺が奢るよ。結果的に迷惑かけたし」
剛と知多は顔を見合わせて笑った。