しゃべるピアノ
さっきからずっと、僕はピアノに責められている。
「なんだよ、ピアノが喋っちゃ悪いのかよ」
「ごめん、中古屋の店員はそんな事教えてくれなかったものだから」
「そんな事ってなんだよ」
ああ、何を言っても機嫌を損ねてしまう。
前の持ち主の売れないピアニストが亡くなって、遺族が質に入れたピアノらしい。
レトロなフォルムに惚れて購入したのだが、いくら調律しても♭が取れない哀し気な音色を出す。
「中古はだめか」と溜め息をついたところ、いきなり喋り出したのだ。
「だめだとか、おしまいだとか、うんざりなんだよ」
ピアノは語尾を震わせた。
どこか♭な鍵盤の音と似ている。
ああそうか。
それは前の持ち主の口癖で。
このピアノは彼の事を忘れられないのだ。
「ねぇ。君のピアニストの好きだった曲を教えて。一緒に弾こう」
ピアノは急に静かになり、しばらくして曲名を告げた。
「僕も好きな曲だ」
僕を受け入れたピアノの音色は完璧だった。
相変わらず、おしゃべりピアノだけど。