掌編小説『適正』(1074文字)
「デュアルモニター、PC、ヘッドセット。複数のデバイス全部レイザーだ。デスク周りは要塞さながらのコンポーネント。さすが人気ストリーマーですね」
失踪人のワンルームに入るなり、新米刑事の月森は感嘆した。横文字の多さに私は嘆息する。ストリーマーというのが、ゲームの実況配信を生業にしている人間だと言う事だけは、ゲームに詳しい月森に教わった。
「事件性は無さそうだし、状況確認だけして帰るぞ」
「え、何言ってるんですか関さん。ストリーマーが配信中に突然消えたんですよ。多くの視聴者が目撃してるんです。彼のお兄さんもちょうど実家から見てて、すぐ本人に連絡を取ったけど全く繋がらなくて――」
バカらしい話だったが、さすがに肉親からの通報は無視できず、所轄の私たちが現場に回されたのだった。
「関さん、デマか何かだと思ってるんでしょ。でも今回だけじゃなくて『Xホリック』のプレイ中にチームメンバーが居なくなったっていうネット上の書き込み、前から沢山あって、今回初めて目撃されたわけです。eスポーツ界初の怪だって、SNSでも大騒ぎですよ」
興奮気味に話す月森は、まるでただのオタクだ。
「よくある都市伝説の一種だろ。警察がそんなのに乗せられてどうする。見ろよ、このゲーム部屋のどこに人間が消える要素がある。ゲームなんかを仕事にしてるような男だ。どうせドッキリを仕掛けて遊んでるんだろ」
月森は「酷いな」とこぼしたが、何度部屋を検証しても荒らされた様子は無く、当然血痕なども確認できない。モニター画面の荒野がチラチラ動いているだけだ。
「関さんは非科学的なことは頭っから全否定ですもんね」月森は床を確かめながら、また小さくぼやく。
「当たり前だろ。やれ幽霊だのポルターガイストだの、そんなの相手にして刑事が務まるわけない。…なあ、これ電源ボタンだよな。電気の無駄遣いだから消すぞ」
「あ、モニター切っちゃだめですよ関さん。データに何かプレイヤー消失の手がかりがあるかもしれないし」
消失じゃなくて失踪だろ、と言いかけたところで背筋が凍り付いた。モニターの荒野の映像の左下から、人間の顔がぬっと覗いたのだ。苦痛に歪んだ蒼白なその顔は、まさしく失踪した青年のものだ。
「関さんって結局怖がりなんですよ。超常現象信じない人は大概そうだって心理学者が言ってました」
月森の軽口も耳に入らない。画面から青白い腕が伸びてきたところで私は堪らず電源をオフにした。
「あれ、なんでモニター消えちゃった?」月森が訊く。
「ひとつ分かった事がある」
「え?」
「怖がりの私は、刑事には向いてないかもしれない」
《「eスポーツ」というお題で書いたSSです。》