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私は今、生きている――「避ける」ことでアトピーがここまで良くなる。

 私は工業部品を扱う商社に勤める43歳のサラリーマンです。

 アトピーとは幼少期から長く付き合ってきており、人生において何度か、アトピーによって廃人寸前の状態や、命を失うのではないかと感じる状態になったことがあります。しかし現在は、アトピーではありますが一般の人たちとは変わらない程度の日常生活を送れており、長らくの間その状態をキープできています。

 これまで苦しんだ経験から、自身のアトピーに重大な影響を及ぼす「アレルゲン」について把握できており、それを極力避けることで、そう簡単にひどい状態にならないようアトピーをコントロールできているのです。ステロイドなどの薬を使用せずに、です。

◆◇

 アトピーは、3歳の時には既に肘の裏と表に出ており、その後、幼稚園の頃も肘や膝の裏に軽い症状があったと記憶しています。ただ、当時はそれほどアトピーで苦しんでいたわけではありませんでした。

 それよりも当時苦しんだのは喘息です。気管がギュッと抑え込まれるように塞がってしまい、喉はヒューヒュー音をたて、呼吸をすることが難しい状態になります。その発作が出ると、床に四つん這いになり力づくで呼吸をしなければなりません。無意識にするものである呼吸を「意識的にしなければならない」ことの苦痛と恐怖は相当なものでした。発作が治まらず一睡もできない日もよくありました。

 思い返してみると、喘息の発作がほぼ確実に起こる状況があります。それは「家族旅行」です。初めて泊まる旅館やホテルでは、部屋に入り何時間かするとほぼ確実に喘息の発作が襲ってくるのです。ですから、家族旅行を「楽しめた」という記憶がほとんどありません。また、日常生活では、季節の変わり目に発作がよく出ていましたし、布団に入った途端に発作が出ることが多かったです。

 このように、喘息については、今思えば発作が起こる状況が割とはっきりしており、その状況において存在する何らか、たとえばダニや埃、花粉などが発作を引き起こすアレルゲンとなっていたことは間違いないと思われます(ちなみにダニについては、アレルギー検査でも高い数値が出ています)。

 そんな喘息ですが、小学校5年生くらいになると発作が出ることはほぼ無くなりました。「いつの間にかそうなった」という感じです。

 一方アトピーですが、小学3年生からの数年間、足指の付け根の関節(の甲側)の部分に出てきて、それにとても苦しみました。

 学校で掻きむしるわけにもいかず、靴の上から患部を踏みつけることでなんとか人に分からないようごまかしていました(とはいえ靴下に血が混じったリンパ液が流出し、靴下がピンク色に、グチャグチャに湿っていました)。しかし、体育館や水泳など裸足を強制させられる場面も多く、その時は後ろの方から「なにアレ」「かわいそう」「気持ち悪い」などといった囁き声が聴こえてきました。

 そんな状況に耐え切れず、母親に皮膚科へ連れて行ってもらい、そこで強めのステロイド剤を処方されました。それを塗ると、ほんの1週間ほどで症状は治まりました。

◆◇

 その後アトピーは、膝の裏や首など皮膚の柔らかい曲げ伸ばしする部分に少し出てはいましたが生活に支障はなく、喘息も鳴りを潜めた状態で中学生になりました。中学校では陸上部に入り、しばらくは平和な日々を送っていました。

 ところが、中学2年生の半ばに、今度は「顔」にアトピーが出始めます。いつもどおり風呂から上がると、顔がなぜか全体的にいつもより乾燥して粉を吹いたようになっており、かすかに痒みもあります。違和感を覚えながらもあまり気にしなかったのですが、次の日、また風呂上がりに、前日よりも少し悪化しており、顔全体が赤みを帯びたようになっています。そこから徐々に悪化していき、瞼の鼻寄りの部分の皮膚が鱗状にひび割れ、ボロボロに剥がれ落ちるようになりました。

 両親からは「野菜を嫌うから」「夜更かしするから」「炭酸飲料を飲んだから」、あげくの果てに、宗教に執心していた母親から「素直じゃなく屁理屈を言うから」などの叱責を受けます。まだ中学生である私は、両親の言うとおり甘いジュースなど飲まず野菜をたくさん食べ、早寝早起きをし、そして親の言うことに素直に逆らわず生活しました。しかし、やはり、というか勿論、改善することはありませんでした。

 アトピーはどんどん悪化し、顔全体、そして首を通り越して肩の部分まで広がってしまい、眉毛はすべて抜け落ち、顔じゅうがうろこ状にひび割れ汁が滲み出るといったとてもひどい状態になりました。幸いなことに、周りの友人たちは言葉に出さないでいてくれて、親身に心配もしてくれましたが、思春期ということもありとてもつらい毎日でした。

 両親は、病院へはできる限り行かない(行かせない)方針の人間なのですが、見るに見かねてぼくを皮膚科へ連れて行き、そこで処方されたステロイドを塗ることで症状はほぼ改善しました。時同じくして、両親の助言により「自然派」を謳う生活用品を使うようになり、シャンプーもそのようなものに変えました。いろいろなシャンプーを試す中で、(「自然派」を謳うシャンプーでも)アトピーが出るものと出ないものがあることに気づきました。

 ステロイドの使用とシャンプーの選別により、ほぼ普通の生活に戻ることができた一方、ステロイドを塗ることに慣れてしまった私は、日常的にそれを使用するようになりました。アトピーが少し出ただけでもすぐに塗るようになり、いつの間にかまるで風呂上がりにフェイスクリームを塗るような感覚で使用するようになっていました。

 私が通院していた皮膚科は、受付で症状に変化がない旨を伝えると診察もしないままステロイドの処方だけをしてくれていましたが、そのことも安易な常用に拍車をかけていたと思います。

◆◇

 高校に入った頃から、胸や脚、腕などほぼ全身にアトピーが出るようになっていましたが、それに伴い当たり前のように全身にステロイドを塗りたくるようになり、それにより、途中までは高校生活を一応普通に送れていました。

 しかしある日、右足のふくらはぎの部分の湿疹が、ステロイドを塗っても快癒しないことに気づきました。そのうち治るだろうと軽く考えていましたが、どれほど塗っても良くなることはありません。それでも、いつもどおり風呂上がりのステロイドを日課とし、いつか治ると勝手に信じていました。ところが、治らないどころかどんどん悪化していきます。そのうち、患部にできた水疱から漏れ出す汁によって、学生服の黒ズボンがヒタヒタになり、それが乾燥し白い汚れになって目立つほど悪化してしまいます。

 それに加え、風邪をひいているわけではないのに体がだるく、毎日「体調が悪い」と感じるようになりました。そのような日々を過ごす中で、特にしんどい日があり、学校の休憩時間に机に伏していました。すると、身体が勝手にブルブル、いや、ガクガクと強く震え出し、「これはおかしい」と思い、周りの友人へ伝え早退することにしました。自転車で1時間ほどの通学路を何度も途中で座り込みながらなんとか家に帰りつき、意識がしっかりとしないまま倒れるように眠りにつきます。

 夜になって目が覚めると、お尻にいくつもの痛みを伴う膿のデキモノがあることに気づきました。すぐに父親を呼んで見てもらいましたが、先に述べたとおり基本的に病院に行かない(行かせない)方針であるためか「2、3日学校を休んで様子を見よう」ということに。

 先の膿のデキモノは、たった一晩で身体全体に広がってできてしまいました(なぜか首から上にはできませんでした)。特に四肢がひどく、どのような姿勢をとっても肘や脚にできている膿の塊を圧迫してしまい、痛みで横になることもできません。

 体中にできた膿の塊、それによる痛みと苦痛、熱は40度を超えた状態で意識が朦朧(もうろう)とする中、なんとなく「このまま自分は死ぬのだな」という考えがよぎりはじめた時、ようやく父は(なぜか泣きながら)「病院へ行く」と言い出し、私を車に乗せ大学病院へ連れて行きました。

 診察の結果は「アトピー性皮膚炎による二次感染」。厳密には「ステロイドによる免疫力低下に伴う細菌感染」です。要するに、ステロイドを常用しすぎた結果、身体の免疫力が下がりに下がってしまい、(本来ならば重症化しない程度の)細菌感染によって重症化した症状です。細菌感染ですから、抗生物質を処方され約1週間入院する中で、症状はあっさりと快方へ向かいました。体中にできていた膿の塊は3日もするうちに全部が瘡(かさ)蓋(ぶた)となり、剥がれ落ちました。布団のシーツを変えるとき、それをザーっとごみ箱へ流し込んだことを覚えています。

 “死”がちらついたこの出来事により、私は極度にステロイドを恐れるようになり、これ以降、一切使用しなくなりました。

◆◇

 その後、なんとなく受験をし、なんとなく合格した大学では、恥ずかしながら殆ど学校へは行かず、簡単にあぶく銭を手にすることができるパチスロにばかり行っておりました(ちなみにアトピーはあいかわらずパッとしないものの、特に大きな苦しみはなかったように思います)。しかし、そんな私も就職活動の時期を迎えることになります。とはいえ、3回も留年をしているため入学時に同学年であった人たちは周りにおらず、「就職活動」と言っても何をすればよいのかさっぱり分かりません。結局、バイト先であるコンビニを経営する会社へそのまま就職しました。そして、お店でアルバイトをしていた女性と恋仲となり、賃貸マンションの一室で同棲生活を送ることとなったのです。

 同棲生活を始めるにあたり、生活用品や家電品を新しく買い揃え、慣れないながらも二人で幸せな生活を送っておりました。しかし、またここでアトピーが悪化します。今度は全身が真っ赤にただれ、皮膚がうろこ状に剥がれていきました。彼女も気にかけてくれ、石鹸やシャンプー、食べ物などを自然由来のものにしてくれましたが、症状はまったく改善しません。入院するほどではないにしろ、毎日が怠く、熱っぽく、とても苦しい日々です。

 ステロイドも使用できず、苦しみの中で考え続けていた私は、ふと、昔・・・

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アトピーは、本当は『完治』する。
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