Marlboro
11月上旬。22時を回る。
田舎によくある駐車場だけがやけに広いコンビニ。
あたりは冷たく駐車場にはトラック数台と大学生の頭に響く笑い声。
何もできなかったけど、と彼女は言う。
「たばこだけはせめてやめてね。これだけ約束して。」
大学の喫煙所は幼さと大人の間で揺れ動く感情が入り混ざっている。
大学生がたばこを吸うのは暇だから、もしくはカッコつけたいから。
若さというのは本当に無知であって、勢いがあるなんとも愛おしいものである。
その愛おしさはたまに一生の後悔を生む。
「たばこはかっこいいけど吸ってない方がいい」
教室から聞こえてくる女子の声に誰しもが一度はドキッとしたことがあるだろう。
大学の喫煙所が閉鎖されてからわざわざ駅前の公衆喫煙所まで行かなくてはならなかった。
中毒というものは一般人の領域では考えられないものでわざわざそこに行ってまで吸いに行く。
そしてそのことをわざわざエピソードトークとして口に出す。
・
たばこを見ると、なぜか祖父が車のハンドルを握っている時のことを思い出す。
幼かったながらも「かっこいい」という感情を覚えている。
「吸ってなさそうな人が吸ってるとギャップでいいよ」
喫煙者だった頃というのはつまりあの子といたことを思い出すことになるのだ。
まだ若いのに一生の後悔って、とは思わない。
この人と一生いるわけでもなかったのに何故か「この人になら誰にも話していないことを話しても」と思考回路がショートしてしまう。
車内には愛を伝えたいようなアーティストの曲が流れていた。
「ライブ当たった」
喜ぶ彼女の顔は忘れることができない。
「たばこだけはせめてやめてね。約束しよ」
別れを言い出したのは君のほうなのになぜ辛そうな顔をしているのだろうか。
そこで捨てるから、とだけ言ってからそのアーティストは聴いていない。
マリーゴールドの意味だけは知っている。
川端康成
掌の小説
化粧の天使たち
「花は毎年同じ季節に咲きます。 その花の名前を恋人に覚えさせます。 そうすると、どうでしょう。 もし別れてしまっても、その花が毎年咲くたびに教えてくれた人(自分)のことを思い出し、忘れることができなくなるではありませんか。」