#ぐるぐる話:第7話【裸族】@2387
柚が木綿子のもとへ鼻息荒く出かけていったあの日。
柚が木綿子にスマホの件で麻子を説得してほしいと頼んだその日、柚が自宅に戻ると麻子は台所で夕食の支度をしている最中だった。
スマホのことで言い合いになり、何も言わずに家を飛び出した柚が出かけた先が木綿子のもとだということを麻子は知っていた。
柚が家を飛び出してすぐに、麻子は木綿子に電話をかけた。
言い合いをして柚が家を飛び出した、おそらくは木綿子のところへ行くだろうけれど、今からちょうど5分経っても柚が現れなかったらこちらに電話をしてほしい・・・その時は柚を探しに出るから・・・そう木綿子に頼んでおいたのだ。
柚が来るのを待っていた木綿子は、5分以内に来るかどうか気が気ではなかったけれど、麻子の予想通りに柚は5分も経たないうち真っ赤にぶんむくれた顔をしてやってきた。
柚が来たことを麻子に知らせてあげようかと思ったけれど、小学4年生になった柚にだって、電話をすればその相手が麻子だと気づくだろう。
電話したい気持ちをぐっとこらえて、木綿子はできるだけ自然に柚の話を聞いた。
そして柚が帰ったあと、群馬県のつむぎ荘に一泊二日の予約を入れたのだ。
久しぶりの旅行にワクワクしながら・・・。
木綿子のもとで機嫌をとってもらい、柚が帰ってきたときには、麻子のほうもすっかりいつも通り、「今日は杏と柚の好物コロッケ作るからね・・・」と普段とまったく変わらない声で柚に話しかけた。
柚のほうも・・・
いずれ銭湯へ出かければ木綿子が麻子を説得してくれるだろう・・・スマホを買ってもらえるのも時間の問題だ・・・そんなことを考えていたから、麻子の呼びかけにも素直に応じることができた。
「お風呂・・・沸いてるから先に入っておいで!」
麻子の言葉にだまってうなずき、少し早めの風呂に入ろうとしているところへ杏が帰ってきた。
杏は柚に向かってニコッと微笑むと、「ただいま」も言わずに2階の自室へ向かい階段を上がっていってしまう。
一瞬だけ気まずい雰囲気になるが、麻子も柚もできるだけそこには触れないように、それぞれがそれぞれのすべきことに気持ちを集中したかった。
湯船に浸かりながら、柚は不在の父、龍之介のことを思った。
こんな時にパパがいてくれたら、ぎくしゃくした空気をどうにかしてくれるはずなのに・・・もう!パパのバカ!と心の中で悪態をついた。
夕飯の支度をしていた麻子も、そのとき同じようなことを考えていた。
最近の杏は、どうにも手がつけられないくらいに神経質に尖っていた。
何かというと麻子に向かって突っかかってくる。
何をそんなにイライラしているのか、麻子には見当がつかなかったから、時々かける言葉で余計に杏を怒らせたりすることもあった。
あーあ・・・こんな時に龍ちゃんがいてくれたらな・・・こんなに糸がこんがらがったような状況だって、きっと龍ちゃんならワケもなくほどいてくれるだろうに・・・そう思うと自然と深いため息がもれる。
せめて、何が原因で毎日毎日そんなに不機嫌なのか・・・その理由がわかってさえいれば、少しはなんとか手の打ちようがあるだろうに・・・とにかく、何も手がかりがないのだから、母親として何もできないことが悔しかった。
あれこれ考えながらも手を動かしているうちに、夕飯の支度はすっかり済んでしまった。
柚が風呂から出てきた。バスマットの上で適当に体を拭くといつものごとく全裸で台所にやってくる。
小学4年生と言っても、柚の身長は150センチにもなる。発育もまあまあの柚の体は女の子から女になる準備を着々とはじめている最中だ。それなのに平気な顔をして全裸で歩き回る。
とは言っても、杏も同じように全裸でうろちょろしているから、この家の女たち全員が裸族なのだ。
もちろん、龍之介がいるときは違う。全裸は全裸でも、体にはバスタオルがちゃんと巻かれて、隠すべきところはちゃんと隠している。
けれど、龍之介が家を留守にするときは、女子全員が裸族になってしまう。
まあ、母親の麻子がそんな具合だから、自然と娘たちも同じようなことになるのだろう。
「風邪ひくから早くパジャマ着ちゃいなさい!」
そう言ったとき、麻子の携帯に木綿子から電話が入った。
すぐに話し出した麻子は、一瞬、口論になりかけるのを自分で制したような口ぶりで話を続け間もなく電話を切った。
そして、電話を切ったあとこう言った。
「木綿子さんが、群馬の旅館を予約してくれたから、明日から一泊二日で温泉行くことになったわ・・・もう・・・なんでそんな大事なことを勝手に決めるのかしら・・・ホントに自分勝手なんだから・・・」
銭湯へ行ったあと話をつけてくれると思っていた柚は、温泉に行くことになったことを麻子から聞かされて飛び跳ねて喜んだ。
温泉へ行って旅館で美味しいものたくさん食べれば、きっと、いや、絶対にスマホを買ってくれることになるはずだ!
考えれば考えるほど、柚の口元はゆるんでいき、今にも高笑いしそうなほどに気持ちが晴れ晴れしていくのだった。
ところがその日の夜中・・・ふたたび麻子の携帯に着信が。
夜中の電話はいつでもドキッとする。それはまるで悪いニュースを運んでくる不幸の電話のような気がするから。
ドキドキしながらスマホを手にする。
相手は木綿子だった。なんでも予約していた群馬の温泉宿「つむぎ荘」がボイラーの故障で宿泊ができなくなったから、行き先を栃木の旅館に変えた・・・だから高速は関越ではなくて東北道になるよ!とのことだった。
そんなことはどっちでもいい。関越だろうと東北だろうと、高速道路には変わりないし、温泉に入って旅館に泊まる・・・これだって栃木でも群馬でもどっちだってかまわない。
どっちだってかまわなくないのは、これを書いている誰かだけなのだ・・・イライラを隠さず麻子は手早く用件だけを確認したのち電話を切った。
第8話へつづく
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