#ぐるぐる話:第1話【木綿子の台所】
こちらは「#ぐるぐる話」です。
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それでは、皆でつくる物語「#ぐるぐる話 第1話」どうぞお楽しみください。
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【 第1話 】
「なにをそんなにぶんむくれた顔してんの?可愛い顔が台無しじゃないか。ほら・・・なかにお入り・・・まったく・・・そんな顔を赤くして怒る必要があるかね・・・ほーら・・・そんなとこに突っ立ってないで、中におはいりってば・・・」
ぎゅっと握ったドアノブを勢いよく開けたその先には、台所しごとをしている木綿子(ゆうこ)の姿があった。
ぶんむくれた顔・・・
そう言われても柚(ゆず)にはその顔をどうすることもできなかった。
木綿子(ゆうこ)は手を止めずに、ちらっと柚の様子を見やる。
いかにも運動ができそうな筋肉質な両足は、今どきの子ども独特の細さと長さで木綿子の目には眩しいくらいだった。
そのカモシカのように引き締まった足を大きく開いて、地面から力いっぱい引っ張られているようにして立っている凛とした立ち姿が、柚の芯の強さを表している。
ずいぶんと大きくなったもんだ。あんなに小さかったのが、ほんと孫というのは手放しで可愛いというけれど、その通りだね・・・と水の冷たさとはうらはらに、木綿子は心の中に温かさが広がっていくのを感じていた。
銀色のボールの中に張った水の中に沈んでいる、泥だらけの里芋はあとふたつ。どうせなら、1度にやっつけてしまいたい里芋だ。
木綿子にとっては目に入れても痛くないほど可愛い孫の柚だった。
けれど、自分の生活のあれこれを孫のためにどうにかしなければならなくなるのは、好きではなかったし、今までもこれからも、そんな羽目にあうのはまっぴらゴメンだと思っていた。
里芋についた泥をタワシでこそげ落としている手の動きは止めずに木綿子は続けて言った。
「上着も着ないで・・・風邪をひくよ・・・おいで・・・こっちへ・・・中におはいり・・・今あとふたつで里芋終わるから・・・ちょっとそこでお待ち・・・ね!」
色白で顔のあちこちが皺だらけの顔を、いっそう皺くちゃにして優しい笑みを浮かべながら、相変わらず玄関の外に突っ立ったまんまの柚の顔を見ながら優しく話しかける。
そう言われて、ようやく突っ張っていた両足の力を抜いて、柚は勢いよくあけたドアを後ろ手に閉めた。そして木綿子が次に言う一言を待っていた。
「いい子だね・・・じゃあさ・・・そこに畳んである椅子を広げておすわんなさい・・・ね・・・」
玄関の下駄箱の脇に置いてあるそれは、椅子といういうよりは花台のようなものだった。いつか世田谷のボロ市へ木綿子に連れていってもらったときに、柚がおねだりして買ってもらったものだ。
柚の専用というわけではなかったが、小さな椅子だから自然と使うのは柚と杏(あん)の姉妹だけ・・・それでも木綿子は毎日その椅子をからぶきして、いつ姉妹がやって来てもいいように、玄関の片隅にその丸椅子を静かに立てかけておいた。
柚はさっそく言われた通り、そこにある丸椅子を広げて腰掛ける。
途端にさっきまでぐずぐずと心の中で渦を巻いていたような嫌な気持ちが、音もなく引いていくように感じる。と同時にほっとする。
けれど、どうしても木綿子に片棒を担いでもらう約束をとりつけたかった柚は、わざと口をきゅっと結んで睨みつけるように木綿子を見た。
「ねえ・・・木綿子さんからママに言ってよ!だってクラスでひとりだけなのよ!私ひとりだけなのよ!みんな持ってるの!スマホ!みんなよ!月曜日の話題についていかれたら、もっと皆とも仲良くできるのに・・・いつだって置いてけぼりなのよ!ねえ!わかる?!木綿子さん?だから・・・ママに言ってほしいの・・・スマホをね・・・買ってあげてって・・木綿子さんから言われれば、ママだってきっとあたしの言うこと聞いて買ってくれると思うの・・・だから・・・ね!お願い!木綿子さん・・・ママにお話してください!一生のお願い!」
そう言いながら柚は顔の前でパンッ!と両手を合わせて大げさに頭を下げて見せた。
そういうことか・・・と木綿子は合点した。
孫は可愛い・・・実際に目に入れても痛くないほど可愛がってもいる。
娘の麻子(あさこ)の幸せを願う温度より、少しだけ低い温度ではあるだろうけれど、ふたりの孫の幸せを心から願っているし、またそのために自分ができることがあるなら是が非でもしてあげたい・・・そう思っているのは事実だった。
けれど、子育てについてのことは別だ。
当たり前の事だけれど、柚と杏を産んで育てている母親は麻子だ。
子どもをどうやって育てるか・・・これは人間ひとりをどうやってつくり上げていくか・・・に繋がる大きな責任をともなう仕事だと木綿子は考えている。だから、麻子に教えを乞われたとき以外はできるだけ子育てに関する話題にはふれないようにしている。
もちろん、訊かれれば自分なりの見解を伝える。どうすればいいのか、真剣に考えて自分の経験を押し付けるのではなく、一緒に悩んで解決の道を探るだけの柔軟さは持っているつもりだった。
でも出しゃばりたくはなかったし、何より時代は刻一刻と移ろっていく。
木綿子自身が麻子を育てていた時代とは、比べ物にならないくらい社会は大きく変化している。
だから、無責任に時々可愛がるくらいの間柄がちょうどいいような気がしていたし、自分が味わい尽くした子育ての醍醐味を、娘の麻子にも味わわせてあげたかった。
それでも、柚も麻子も自分に似て頑固なところがある。
誰かが間に入って丸く治めることが必要かもしれないな・・・とも思えた。どうなるかわからないけれど、まあなるようになるか・・・そう考えた木綿子は相変わらずの皺くちゃな笑顔で言った。
「そうかい・・・わかったよ・・・あたしから麻子にスマホの話をすればいいんだね?そんなこと・・・お安い御用だよ・・・じゃあ、次のお休みの日にでも、みんなで銭湯にいこうじゃないか?その時にその話をするっていうのはどうだい?」
一瞬で柚の表情が明るくなる。
「ほんと?!ほんとにいいの?!うれしい!!!だから木綿子さん大好き!やっぱりここに来てよかった!」
そう言いながら柚は立ち上がると、里芋を終えて、そこに正座していた木綿子の首に両手をくるりとまわすと、くしゃくしゃの笑顔で白い割烹着の胸に顔をうずめた。
【 つづく 】
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