豊島園日記4
駅の改札を出たらもう床は水浸しだった。酷い雨なのは知っていたけれど地下鉄に乗っていたから気づいてなくて、A2出口への階段には入り込んでくる雨水が、お洒落マンションのエントランスにあるオブジェのように絶え間なく流れている。
ようやく地上に出ると、外は真っ白く煙っている。大粒の雨がばりばりと屋根や軒先に降り注いでいて、今にも崩れてきそうだった。駅前の豊島園通りは左手がすぐ坂になっていてそのまま石神井川の方へ下っているけれど、道路を流れる雨水はざあざあとそちらへ猛烈に流れこんでいってるらしい。
しばらく様子をうかがっていたらなんとなく雨脚が弱まったように感じたから、覚悟を決め、傘を差し雨中へ入った。
坂道を滑るように川へと向かう水の流れに追い越されながら通りを下っていくと、後ろから来る雨水が踵に勢いよくぶつかってきて、下半身があっという間にびしょ濡れになった。厚い雨雲の色が少しだけ薄くなったかとおもうと、がらがら音がして、あまり遠くない距離で雷が鳴った。
石神井川に掛かる中之橋の前後には信号機があるけれど、地面に反射する赤や青がゆらゆらと波打っていて、もう下は水に浸かってしまっている。それでもくるぶしの少し上くらいまでだったし、もうこれ以上濡れて困ることもないから足を踏み入れた。
橋の上に立つと、どおどおと激しく流れる水で地面が少し震えている。ぎりぎりで越水はしていないらしく、川に流れ込もうとする雨水の順番待ちで、信号機のあたりが渋滞していただけなのだろう。
大昔に石神井川を掘り下げる工事をしているおかげで助かったに違いないけれど、それにしても石神井川のこんな上まで水があるのはめずらしかった。水面は橋のすぐ下まで来ていて、橋の下にあるはずの暗渠からの合流も全く見えない。暗い空が赤みかがった灰色に点滅して、今度はさっきよりも近くで雷が鳴った。
再び雨脚が強まりはじめたらしく、傘がばちばち音を立てだした。橋の反対側はどうなっているのかと振り返ろうとした時、あたりが眩しくなったかとおもうと間を置かずに雷鳴が響き渡って、周囲のあらゆる音をかき消した。
雷のせいで視界がハレーションを起こし、降り続く雨も水浸しの地面も、今にも溢れ出しそうな水の流れも白くなってしまった。しばらく瞬きしていると視界は元に戻ったけれど、川の濁流だけはずっと白いままにおもえた。
中之橋のあたりは窪んだ地形になっている。雨脚が強まったことで、豊島園通りの南北から流れてきている雨水もまた勢いを増したようだった。
もう川が溢れるのは時間の問題な気がして、家へ帰ろうと坂道を登りはじめたところ、下ってきている水の流れが一瞬とまったかとおもうとすぐに大きな水の塊がごろごろと車道を転がってきた。雷が落ちたあたりの雨水がダマになったらしい。
雨の塊は地面の水を撥ねながら転がってきて、信号を無視して通り過ぎ、少しだけ橋の欄干につっかえてからとぷんと石神井川に落っこちて、そのまま下流の運動公園の方へと浮き沈みしながら流れていった。